兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

兵庫保険医新聞

2026年8月05日(2139号) ピックアップニュース

[政策研究会講演録] 今必要な経済政策と日本経済再生のマクロ戦略とは--
積極財政で経済成長し地域医療を守ろう
会田(あいだ) 卓司(たくじ) クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト

2139_07.jpg

98年スワースモア大学(米国)経済学部及び数学部卒業。2000年ジョンズ・ホプキンス大学(米国)経済学博士課程単位取得後、さまざまな金融機関で、エコノミストとして広い経験と豊富な実績を積み、2022年から現職。2025年11月より、高市政権が設置した日本成長戦略会議の構成員に就任。主著は『日本経済の新しい見方』(金融財政事情研究会)、『日本経済の勝算』(経営科学出版)

 協会が5月31日、政府の日本成長戦略会議委員でクレディ・アグリコル証券チーフエコノミストの会田卓司氏を講師に招き、開催した政策研究会。講演の要旨を紹介する。

日本経済は長期停滞から脱したのか
 日本経済は30年にわたる構造的停滞から脱したのか。私の診断では、見かけ上は脱したようにみえるが、まだ完全な脱却には至っていない。
 名目GDPは日本経済全体の規模、いわばビジネスのパイを示す(図1)。コロナ禍以前は20年近く平均525兆円程度にとどまっていた。私たちは、その原因を少子高齢化に求め、人口が減る以上、経済は成長しないと思い込んできた。政府も経済規模を拡大する責務を果たさず、緊縮財政と財政健全化を優先してきた。
 ところが、コロナ対策として100兆円規模の財政支出を行ったことなどを背景に、名目GDPは670兆円程度まで拡大した。少子高齢化はむしろ進んでいるのに経済規模が拡大した事実は、経済が人口動態だけで決まるのではなく、財政政策にも左右されることを示している。
 それでも構造的停滞から完全に脱していないのは、企業の国内支出不足という「悪い力」が残っているためだ。それを示すのが企業貯蓄率である(図2)。
 企業は本来、金融機関などから資金を調達し、設備投資や事業拡大に充てる部門である。したがって企業貯蓄率は、マイナスの投資超過にあるのが正常な姿だ。ところが、バブル崩壊後、とりわけ1998年の金融危機を境に、企業は賃金と設備投資を切り詰め、借金返済を優先するコストカット型経営へ転じた。その結果、企業貯蓄率はプラスとなり、投資不足、貯蓄超過という状態が続いている。
 企業が国内で賃金を十分に支払わず、投資もしなければ、家計所得も需要も伸びない。これが総需要を弱め、日本経済の長期停滞とデフレを生んだ。現在は企業貯蓄率がなおプラスにある一方、物価だけが上昇している。これは内需の力強い回復ではなく、原油価格や海外物価の上昇による輸入インフレの影響が大きい。
 物価が上がっただけでは、デフレ構造から脱したとはいえない。企業の賃金と投資を増やし、企業貯蓄率を再びマイナスの投資超過へ戻す必要がある。
30年ぶりに動き始めた設備投資
 設備投資がGDPに占める割合を「国内設備投資サイクル」と呼ぶ(図3)。バブル崩壊後、この割合は17%台後半、18%付近まで上昇するたびに低下してきた。30年以上にわたり、18%という低くて硬い天井の下で低迷したのである。
 しかし近年、設備投資には三つの追い風がある。
 第一は名目GDPの拡大だ。市場が拡大しなければ、企業は既存需要を奪い合い、競争の中心はリストラとコスト削減になる。経済規模が拡大すれば、企業は新しい市場を取るために投資しなければならない。
 第二は円安である。円安によって国内生産の価格競争力が高まり、海外生産を国内へ戻す余地が広がった。
 第三は経済安全保障への意識の高まりだ。米中対立や国際的な分断で供給網が途絶えるリスクを考え、重要製品は多少コストが高くても国内で生産すべきだとの判断が広がっている。
 こうした追い風により、設備投資サイクルは長年の天井だった18%を突破した。企業から市場へのメッセージも、「将来の成長には期待していない」から「将来の収益と成長を見込み、事業を拡大する」へ変わる。これが現在の日本株が強い理由の一つである。
 今、政府は官民連携によって設備投資サイクルを18%から19%へ引き上げようとしている。民間だけでは短期的な収益が優先されるため、政府が資金面、政策面から関与し、中長期投資を可能にする。
 投資は先に動く。設備投資が増えれば生産性が高まり、遅れて賃金と実質賃金が上昇する。投資と賃金という企業の国内支出が増えれば、企業貯蓄率はプラスの貯蓄超過からマイナスの投資超過へ向かう。この循環を実現することが、日本経済再生のマクロ戦略として必要である。
高圧経済と家計支援
 第一の政策軸は、景気を良好な状態に保つ「高圧経済」だ。従来の政府は、需給ギャップが0%付近まで改善すれば景気回復は十分だと考え、日銀は利上げ、政府は増税や歳出削減へ向かった。しかし、需給ギャップ0%とは、経済が過去の弱い成長トレンドへ戻ったにすぎない。
 しかも0%は日本経済全体の平均である。輸出企業、大企業、東京がプラスでも、内需企業、中小企業、地方はマイナスということがあり得る。多くの国民が働く中小企業や地方まで景気回復が広がらなければ、企業全体の投資や賃金は増えない。
 そこで需給ギャップを2%程度まで高め、景気回復を内需企業や地方へ波及させる。批判されるような現金給付中心の政策ではない。政策の中心は投資である。工場や建物を建設している間は、雇用、賃金、資材購入を生むため、投資は短期的には需要となる。完成後は物やサービスを供給する能力となり、潜在GDPを高め、将来のインフレを安定させる。
 ただし、投資が生産性や実質賃金の上昇として実を結ぶまでには時間がかかる。その間、家計負担が重すぎれば消費と内需が弱まり、企業の投資意欲も損なわれる。所得税の基礎控除引き上げ、ガソリン暫定税率の廃止、授業料・給食費の無償化、エネルギー対策、食料品の消費税率引き下げなどは、投資の効果が賃金に表れるまでの時限的な家計支援と位置づけられる。
 金融政策との整合性も重要だ。金利を急速に引き上げれば資金調達コストが増え、設備投資を弱める。日銀には物価の安定だけでなく、成長率や設備投資、国内需要も見ながら慎重に政策を運営することが求められる。
 円安是正のために利上げを求める議論もある。しかし、一時的に円高になっても、投資が減って将来の供給力が弱まれば、長期的には通貨への信認を損なうおそれがある。目先の為替だけでなく、国内投資と供給能力を高めることを優先すべきである。積極財政、官民連携の成長投資、慎重な金融政策を組み合わせることが、「サナエノミクス」の全体像となる。
新自由主義から産業政策へ
 第二の政策軸は、新自由主義から官民連携の産業政策への転換である(図4)。
 新自由主義は「政府は民間の経済活動を邪魔するな」という思想で、規制緩和、法人減税、民営化、補助金削減を進めた。競争による効率化やグローバル化には成果もあったが、大きな問題も生んだ。
 第一に、短期的な利益が重視され、中長期的な研究開発、設備、人材への投資と賃金が抑えられた。第二に、生産拠点を失った地域が疲弊し、格差と社会の分断が広がった。第三に、米中対立やウクライナ戦争によって、広げすぎた供給網が途絶える経済安全保障上のリスクが顕在化した。
 そこで世界の経済政策は、政府も関与して中長期投資を進め、社会経済上の課題を解決する方向へ移っている。量を安く作る成長から、投資によって物やサービスの質を高める付加価値型の成長への転換だ。
 中国は官民一体の投資を長年拡大してきた。米国も防衛、宇宙、情報通信、医薬品などで、政府の需要と研究開発支出を基盤とする巨大な官民・産学連携を持つ。日本だけが従来の政策にとどまれば、国際競争から取り残される。
 投資対象はAI・半導体、サイバーセキュリティ、造船、航空・宇宙、量子、エネルギー、食料安全保障、創薬・医療、防災、人材育成などである。政府が長期的な方向性を示し、民間だけでは負担できない初期リスクを分担することで、中長期投資を促す。
 各国が産業政策への支出を拡大する一方、日本では財政収支の改善やプライマリーバランスの黒字化が成果とされてきた。しかし、将来の成長や所得を生む投資まで現在の税収の範囲内で行うことを求めれば、必要な規模と速度で投資できない。世界各国が政府支出で産業競争力を高めるなか、日本だけが財政目標で手足を縛れば、経済の衰退を進めかねない。単年度の収支だけではなく、中長期的な経済効果を踏まえて成長投資を判断する、より柔軟な財政運営が必要である。
総負債ではなく純負債で見る
 こうした投資を提起すると、日本には財政余力がないとの反論が出る。日本の一般政府総負債はGDP比210%で、世界でも最悪の財政状況だと説明される。しかし、負債だけでなく金融資産も見る必要がある。
 日本の一般政府はGDP比143%の金融資産を保有する。総負債210%から差し引けば、純負債は67%となり、米国の104%を下回り、ユーロ圏と大きく変わらない。純負債比率は一時125%程度まで上昇したが、名目GDPの拡大と金融資産の評価額上昇で67%まで低下した(図5)。
 過去の純負債比率と国債格付けの関係から見れば、日本の財政状況は一般に受け止められている以上に改善している。純負債比率が50%を下回っていた時期、日本国債は最高位のトリプルAだった。今後、経済規模と政府資産を拡大し、純負債比率をさらに引き下げれば、国際的な財政評価が変わる可能性もある。
 財政を改善するには、単に政府支出を削ればよいわけではない。長期間、名目GDPが横ばいだったため、GDPに対する債務比率はむしろ悪化した。
 反対に、コロナ後は財政支出を拡大したにもかかわらず、経済規模がそれ以上に拡大したことで純負債比率が改善した。
 今後必要なのは、単発の給付ではなく、設備、研究開発、人材、医療、防災、エネルギーなど、将来の所得や供給力を生む投資である。成長投資によって名目GDPと税収が増えれば、債務残高が増えてもGDP比や純負債比率は改善し得る。必要な投資を行わず、経済規模を再び停滞させることこそ財政上のリスクである。
社会保障をマクロ経済から考える
 財務省が財政健全化を重視してきた背景には、少子高齢化で社会保障費が際限なく増えるとの懸念がある。しかし、年金財政は一般に考えられているほど脆弱ではない。
 厚生年金の「積立度合い」は、年間給付額の何年分の積立金を持つかを示す。現在は約5倍あり、100年かけて1倍まで低下させる計画である(図6)。日本の公的年金は現役世代の保険料で給付を賄う賦課方式が基本であり、100年後にも年間給付額に相当する積立金が残る。
 しかも、この見通しは、実質経済成長率が長期にわたりマイナス0.1%、運用利回りが3%程度という悲観的な前提に立つ。それでも100年後に1倍残る。悲観的な前提で保険料を引き上げれば、現役世代の可処分所得、消費、企業収益、投資が弱くなり、本当に低成長を招く。悲観的な見通しに備えた政策が、その見通し自体を実現する悪循環である。
 実質成長率が1%程度となり、運用利回りも実績に近い水準なら、積立金は大幅に増える可能性がある。社会保険料を引き下げる余地や、医療・介護へ財源を振り向ける余地も生まれる。
 消費税率は2014年に5%から8%へ、2019年に8%から10%へ引き上げられたが、消費税収の伸びは社会保障費の伸びを大きく上回る(図7)。増収分が十分に社会保障へ充てられているか、検証が必要である。
 また、社会保障関係費のGDP比の前年差は、将来もおおむねマイナス圏で推移すると推計される(図8)。
 医療給付費も、団塊ジュニア世代が高齢期に入る時期に一時的な増加が見込まれるが、その後は再び低下する。医療費が際限なく膨張するという見方は実態に即しておらず、人口動態から必要とされる水準以上に抑制されている。
 高齢化による増加要因とは別に、社会保障関係費の伸びを押し下げる力が働いている。
 高齢化率が変わらなければ、社会保障費のGDP比はおおむね横ばいでよいはずだ。それにもかかわらず将来推計がマイナス圏にあることは、高齢化による自然増を抑える以上に、社会保障費が抑制されてきたことを示す。
 日本の税や社会保険料の負担率は、表面的には他の先進国より低くみえる。しかし、負担感は賃金上昇率、家計貯蓄率、年金の所得代替率によって変わる。日本では賃金上昇率と家計貯蓄率が低く、年金給付への不安もあるため、統計上の負担率以上に重い負担を感じる(図9)。
 同じ負担率でも、賃金が十分に上昇していれば負担感は小さい。家計が将来に向けて貯蓄でき、支払った保険料に見合う年金を受け取れるなら納得感も高まる。反対に、賃金が上がらず、貯蓄もできず、将来給付への不安が強い状況では、表面的な負担率が低くても生活実感としての負担は重い。財務省が示す数字と国民の実感の間には大きな乖離がある。
 必要なのは、官民の投資を拡大し、生産性と賃金を高め、家計が将来に向けて貯蓄できる経済環境をつくる。そのうえで、年金積立金、消費税収、医療費のあり方を、マクロ経済全体のなかで見直すべきである。
 社会保障を「財源が足りないから負担を増やす」という発想だけで考えてはならない。投資を拡大して経済を成長させ、賃金と家計の基盤を強くすることで、国民がより豊かになる社会保障のあり方を模索する余地は十分にある。
 財政健全化と社会保障の安定は、経済を縮小させて実現するものではない。経済規模を持続的に拡大し、その成果を国民生活へ還元する政策への転換が必要である。


質疑応答
Q 積極財政路線は高市政権後も続くのか。
A 自民党内には財政健全化へ戻ろうとする力もあり、継続しないリスクはある。ただ、選挙結果をみれば、30年間の財政健全化で国民生活が豊かにならなかった以上、別の方法を試してほしいという国民の意思が示されている。積極財政へ転換し、国民が豊かになるかを検証する必要がある。
Q 基盤的な地域医療は成長戦略でどう位置づけられるか。

A まず名目GDPを持続的に拡大することが重要だ。経済成長が生まれれば、直接政策の対象になりにくい基盤的分野にも資金が循環する余地が生まれる。また、少子高齢化への制度や技術に投資し、日本が世界に先駆けて解決策をつくれば、各国へノウハウやビジネスモデルを提供できる。製造業や研究開発が地方へ戻り、地域経済が成長すれば、地域医療の基盤を拡充する余地も生まれる。

2139_08.jpg
バックナンバー 兵庫保険医新聞PDF 購読ご希望の方