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兵庫保険医新聞

2017年4月25日(1844号) ピックアップニュース

政策研究会 講演録「『アベノミクス』を検証する」
労働環境改善と社会保障充実を

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暮らしと経済研究室主宰 山家悠紀夫
【やんべ ゆきお】1940年生。64年神戸大学経済学部卒、第一銀行に入行。虎ノ門支店副支店長、第一勧業銀行調査部長などを経て、94年から第一勧銀総合研究所専務理事。その後、神戸大学大学院経済学研究科教授を経て現職。主な著書に、『アベノミクスと暮らしのゆくえ』(岩波書店、2014年)、『消費税増税の大ウソ−「財政破綻」論の真実』(大月書店、2012年)など

 協会が昨年11月26日に開催した政策研究会「『アベノミクス』を検証する−異次元の金融緩和を中心に−」(講師:山家悠紀夫・暮らしと経済研究室主宰、元第一勧銀総合研究所専務理事、元神戸大学大学院経済学研究科教授)の講演録を掲載する。

日本経済の長期停滞は98年から
 日本経済は二つの大きな問題を抱えている。一つは景気が長期にわたり停滞状態にあるということ、もう一つは、国民生活が非常に苦しくなっているということだ。
 この二つは相互に関係している。景気が良くならないから国民の生活が厳しくなり、国民の生活が厳しく購買力が高くならないから景気が良くならないという関係だ。
 日本経済の長期停滞はいつから始まったのか。一般には1990年にバブル経済が崩壊してからだといわれる。ただ、私はもう少し日本経済の状況をくわしく分析し、98年からだと思っている。
 名目GDPをみると、バブルが崩壊した90年から97年までは増えている。減少に転じたのは98年からである。名目GDPから物価の影響を除いた実質GDPも、90年からだんだん成長率が低くはなっているものの、マイナスになったのは98年である。
 つまり90年代前半は、それなりに日本の実際の経済活動は成長しており、98年に落ち込んだのだ。直近の統計でみても2015年の名目GDPは499兆円で、過去最高となった97年の水準を回復していない。
 この背景には何があるのか。GDP統計上の概念である雇用者報酬の総額の推移を見てみる。雇用者報酬は働いている人が1年間に得た給与や賞与、その他使用者が負担した保険料などをすべて合計したものだ。この雇用者報酬も97年までは増えており、初めて減少に転じたのが98年だ。その影響で消費が落ち込み、GDPにおける消費支出の割合は6割なので、GDPもマイナスに転じてしまったという因果関係が読み取れる。
不況の理由はグローバル化?
 なぜ98年にこうした転換が起こったのか。一般にはグローバル化に根拠を求める説明が多い。
 つまり、グローバル化の進行により、日本の労働者が中国など発展途上国の労働者との競争に晒されるようになり、日本の労働者の賃金が引き下がったというものだ。「なるほど」と思われるかもしれないが、これではなぜ98年に急にこの転換が起こったのか、説明がつかない。中国の経済成長が本格化したのは90年代初頭であり、グローバル化の影響は日本だけが受けるわけではない。他の先進国でも同様のはずだ。
 例えばヨーロッパでは、ソ連崩壊で市場経済を導入したハンガリーなど東欧の労働者とドイツやフランスの労働者が、アメリカでもNAFTAなどによってメキシコの労働者とアメリカの労働者が競争に晒されるはずだ。しかしヨーロッパでもアメリカでも労働者の報酬は下がっていない。トヨタが賃金を引き下げる中、フォルクスワーゲンやGMは賃上げを行っている。
 さらに、グローバル化により日本経済が競争に晒されているというが、そうだとすれば企業も儲からなくなるはずだ。しかし、日本の大企業はこの時期に大きく儲けを増やしている。
原因は「構造改革」
 私は日本の政策に原因があるのではないかと考えた。その政策とは「構造改革」だ。
 90年にバブル経済が崩壊し、景気が悪くなり、その後3〜4年経っても回復しなかった。今から思えば3〜4年の経済停滞など大したことではないように思うが、戦後日本が初めて経験した長期にわたる経済停滞だった。
 そこで「日本の経済が良くならないのは日本の経済構造に問題がある」と考えられるようになり、始められたのが橋本内閣による6大改革と呼ばれた「構造改革」だ。この改革は96年から行われ、この影響が98年から出てきた。
 当時、「企業が儲からないから設備投資や事業拡大をしようとしない」という考えに基づき、企業を儲けさせれば経済が回復していくだろうと考えられ、規制緩和が行われた。例えば、人件費を抑えるため非正規雇用が大幅に解禁された。
 この構造改革で日本がどう変わったのか。確かに企業の経常利益は97年の28兆円から15年には68兆円となり、企業は儲かるようになった。
 しかし、日本の経済は良くなっていない。企業が儲けを拡大する反面、正規社員の数はこの間に500万人も減らされ、派遣やパートといった非正規雇用に置き換えられた。働いている人の平均給与は470万円から420万円に下がった。正規社員が少なくなり、賃金の低い非正規社員が増えたことで、平均が下がったのだ。その賃金の落ち込みが寄与してGDPが落ち込んだのだ。
アベノミクスで経済は改善していない
 安倍内閣はこれを何とかするとアベノミクスを掲げ、日本経済を再生すると言っていた。しかし、政権発足からすでに4年が経っているが、日本経済は全く再生していない。
 安倍政権発足から約3年半の平均成長率は0.6%だ。その前の98年から2012年までの平均成長率も0.6%で、全く成長率は変わっていないことが分かる。デフレからの脱却も安倍政権のめざすところだが、消費者物価指数も足下、前年比マイナス0.4%で安倍内閣発足前と変わっていない。
 先の参議院選挙で、安倍首相はこの状況について「道半ば」だと言った。つまり、うまくいっていないと認めたということだ。これから日本経済が良くなるという兆しも見えていない。
 政府が作成している景気動向指数をみると、安倍内閣の発足当初1年間、2013年末までは、指数は上昇している。しかし、この指数は安倍内閣発足前の12年から改善しており、その勢いでその後の1年間も上昇したとみるべきである。14年に入ると下落し、そのまま横ばいとなっている。今後景気が良くなるかどうかを示す先行指数は、横ばいどころか下落が続いている(図1)。だから、これから景気が悪くなる可能性はあっても、良くなる可能性は低いのではないだろうか。
 IMFやOECDなど国際機関の見通しでも、17年の日本の実質経済成長率はそれぞれ0.7%、0.6%と予測されており、アメリカやユーロ圏に比べてかなり低い数字になっている。これがアベノミクスの実績だ。
一段と苦しくなる国民生活
 経済が上向かないことに加え、もう一つの問題は国民の暮らしが一段と苦しくなっているということだ。
 まず、雇用の非正規化が一段と進んでいる。安倍内閣の発足前である12年と15年の数字を比べると正規雇用は36万人減り、非正規雇用が167万人増えている。
 安倍首相は盛んに「アベノミクスで100万人の雇用が増えた」というが、実態は非正規が増えただけだ。12年と15年を比べると1年間の収入が200万円以下の人が41万人増えた。
 また、この3年間で月額定例給与は1人あたり1.4%下がったが、一方で消費税増税により消費者物価指数は3.9%上昇しており、実質賃金は5%ほど下がっている。つまり、勤労世帯では生活レベルが5%ほど下がっているわけだ。
 貯蓄を保有していない世帯も、12年と16年を比較すると26%から30.9%へ上昇し、10世帯に3世帯が、仕事がなくなれば明日から生活できない世帯になっている。
 図2はエンゲル係数の伸び率を表したものだ。エンゲル係数というのは家計支出に占める食費の割合で、私が学生の頃に人々の生活水準を示す指標として使われていたが、最近はほとんど使われなかった。しかし、再び注目されている。安倍内閣のもとで、この指標が跳ね上がったからだ。
 次に、生活が苦しくなる中で、人々が何を切り詰めているのか見てみる。
 図3は12年と15年の支出を比較したものだが、全世帯で医療費を切り詰めていることが分かる。この3年間でいきなり日本国民が健康になったとは考えられないから、病気になっても医療機関に受診しない人が増えたということが分かる。特に所得を5階層に分けたうち、最も低い層を示す「第1分位」の層では医療費の落ち込みが大きく、さらに教育費も切り詰めていることが分かる。
 つまり、アベノミクスのもとで、所得格差が命の格差、教育の格差になっているのだ。景気同様、くらしも良くなっているとは決していえない。
アベノミクス失敗の理由は
 なぜこうなってしまったのか。一つは日本経済の長期停滞の原因を深く考えることなく、アベノミクスという政策を行ったからだ。
 二つ目に、そもそも、政策目標として人々の暮らしを良くするということを設定しなかったからだ。
 首相の演説を聞いても、日本経済が厳しいので何とかしなければとは言うが、国民の生活が苦しいということには全く触れない。国民の生活が苦しいという危機意識がないから簡単に消費税増税を行い、人々の暮らしを厳しくし、景気にブレーキをかけてしまった。
 国民は医療費を切り詰めているから、医療費の自己負担を減らさなければいけないはずなのに、負担を引き上げてしまった。低所得層はますます医療機関にかかれなくなり、中間層も「もしもの時」に備え貯蓄を増やした。それで消費が落ち込んでしまったのだ。
 三つ目は、「トリクルダウン」といって「企業が儲かれば、働く人の賃金も増える」という理論的根拠のない、思いつきを信じたからだ。企業が儲かれば、働く人の賃金が増えるというのは間違いで、働く人の賃金が下がったから、企業が儲かったというのが正しい認識だ。
マイナス金利で何が起こるか
 こうした中、アベノミクスの3本の矢の1本目である金融緩和は、これまで以上に強化され、マイナス金利が導入された。
 一般の人は銀行に普通預金を持ち、そこに給与などが入ってきて、さまざまな支払いを行っている。企業は当座預金を持っていて、売り上げがそこに入り、経費がそこから出ていく。
 では銀行はどうか。銀行は日本銀行にそれぞれ当座預金を持ち、その口座を使って、他の銀行への支払いなどを行っている。
 この預金にはいくつか種類がある。一つは法律で定められた準備預金制度に従って、銀行がもつ預金残高に併せて一定の割合のお金を預けているものだ。これは、万一、銀行の経営が悪化した際の預金の支払いを担保するためのものである。もう一つは、日銀がそれぞれの銀行から国債を購入した資金などを振り込む口座である。それぞれ、準備預金の利率は0%、国債の代金などが入っている口座の金利は0.1%とされている。
 マイナス金利とは、今後日銀が国債を購入して支払った代金については0.1%を、日銀に対し、民間銀行に支払わせるというものだ。これまで、日銀は民間銀行から毎年60兆円から70兆円の国債を買い上げてきた。
 なぜ、それほど多くの国債を民間銀行が保有していたのか。銀行は本来、民間から預かった預金を民間に貸し出し、それぞれの利率の差額を得るという商売だ。しかし、景気の低迷で借り手が少なくなってしまった。それで、何とか利益を得ようと預かった預金で国債を買った。それで大量の国債を保有していたのだ。
 日銀はマイナス金利によって、銀行に貸し出しを行わせようとしているが、銀行は借り手がいないから国債を買っていたのに、日銀に買い上げられて現金化されてしまうことになる。それを貸し出せと言われても、借り手がいない限りできない。だからマイナス金利政策で景気が上向くとはとても思えない。実際、マイナス金利を導入して約1年経ったが、貸し出しは全く増えていない。
 日銀のこの間の金融緩和策は見事に失敗している。当初、日銀は14年にはインフレ率を1.4%に、15年には1.9%にするとしていたが、実績は14年0.8%、15年0.0%と全く見通しが外れた。こうして日銀は2%のインフレ目標の達成時期をずるずると先送りし、今ではいつになるのか分からない状況になってしまった。
 結局、マイナス金利で経営が圧迫された銀行は、普通預金の金利を引き下げ、各種の手数料の引き上げを行っている。
 さすがに預金金利をマイナスにすることはできないので、今後、一定額以下の預金しかない口座に口座維持手数料を課すことになるのではないか。実際、アメリカの銀行では多くが口座維持手数料を取っている。以前、アメリカのシティバンクが日本国内で支店を開設したとき、たしか30万円以下の預金口座から口座維持手数料を取っていた。
 クリントン政権時代、米国はそれまで小切手を郵送して高齢者に年金を支払っていたのを、銀行振り込みにしようとした。郵送料などの経費削減が理由だったが、国民の反対で実施できなかった。国民が反対したのは、口座維持手数料を払ってまで銀行に口座を持っていない人が多く、年金振込だけでは口座維持手数料が取られてしまうからだ。
 日銀はマイナス金利を導入しても、まだ金融緩和には「のりしろ」があると言っている。ヨーロッパに比べれば日本のマイナス0.1%という金利はそれほど低くないからだ。ユーロ圏ではマイナス0.4%だし、その周辺のスイスやスウェーデンも日本よりも低い金利だ。
 ユーロ圏は景気がよくないのでマイナス金利にするのは分かるが、それほど景気が悪くない周辺国でもマイナス金利なのはなぜだろうか。それは、ユーロ圏がマイナス金利政策をとっているため、周辺国の自国通貨がユーロに対して高くなるためだ。自国通貨が高くなれば輸出産業が打撃を受けるため、ユーロ圏に合わせて、周辺国もマイナス金利にしているのである。
 ヨーロッパではマイナス金利のために、一部の銀行が大口の個人口座の預金利率をマイナスにし始めた。日本でもマイナス金利がさらに低く設定されれば、同じようなことが起こるかもしれない。銀行からのマイナス金利政策への批判も強くなっている。これは明らかにアベノミクスの失敗の現れである。
暮らし改善の処方せんは
 では、どうすればいいのだろうか。中長期的には、日本経済の二つの課題である景気低迷からの回復と国民の暮らしの改善を行う必要があり、まずは国民の暮らしから手を付けるべきだ。そもそも日本の景気悪化の原因は人々の賃金が下がり、消費が低迷したことにあるからだ。
 まずは労働環境をよくすることが必要だ。賃金の引き上げや残業の規制による正規雇用の創出などだ。
 二つ目は、社会保障の充実だ。低所得者層にとって医療や介護が受けられやすくなるというだけでなく、一定の所得を持つ層にとっても、社会保障の充実によって将来不安を解消すれば、その分貯蓄が消費に回ることになる。
賃上げはできる
 これらが、政府が採るべき政策だが、一方で現在のように景気が上向いていないのに、賃上げが本当にできるのかと思われるかもしれない。
 しかし、企業には賃上げを行う余裕が十分にある。15年度の日本企業の経常利益の合計は68兆円。税金や97年に比べて5倍になった配当を引いても、29兆円の内部留保が残っている。
 現在、日本の全労働者が受け取っている賃金の合計は約200兆円だから、5%賃金を引き上げるために必要な額は10兆円だ。企業の経費は増え、利益は減るが、それでも使い道のない内部留保は19兆円も残る。97年の内部留保は3兆円だったから、賃金を5%引き上げても、6倍の内部留保が残ることになる。
 今年の春闘における連合の要求は、2%の賃上げだと報道されるが、企業の財務状況からすれば、非常にじれったく感じる。当然、この計算はマクロ的なものなので、個々の業績の良くない企業にとっては厳しいかもしれない。しかし、それをうまくあんばいするのが、政府の仕事ではないだろうか。
社会保障の財源はある
 日本は現在、社会保障に120兆円使っている。非常に大きく見えるが、実はまだまだ少ない。
 図4のように日本は先進国の中で高齢化が最も進んでいる国だが、社会保障費はそれほど多くない。OECD各国の高齢化率と社会保障費は相関関係にある。日本は高齢化率が23%と最も高いが、社会保障費は回帰直線よりかなり下に位置している。つまり、高齢化率に比べて社会保障費が少ないのだ。他国に合わせようとすれば、GDP比であと8%ほど社会保障費を引き上げるべきだ。つまり40兆円程度増やす必要がある。そうして、やっとヨーロッパ並みの社会保障サービスを行うことができる。
 しかし政府は、このままでは財政的に社会保障を維持できないとして、給付引き下げや国民負担引き上げを行っている。これは間違いだ。
 日本は税金や保険料などを引き上げる余地はまだまだある。国民所得に対する、税や社会保険料の割合である国民負担率を他の国と比較すると、日本は個人と企業を合わせて44%、フランスは66%だ。仮に日本の国民負担率をフランス並みに引き上げれば、80兆円の財源ができる。
 それに、確かに日本では政府にはお金がないが、国内にはお金が余っている。政府は655兆円の純債務を抱えているが、家計は1361兆円のお金を貯めこんでおり、相殺すれば日本には347兆円が余っている計算になる(図5)。世界第2位のドイツや第3位の中国を100兆円以上引き離して世界第1位の額だ。
 この余っているお金をどう活用すればいいのだろうか。消費税で税収を増やそうとすると、景気に悪影響を及ぼしてしまう。
 まずは、社会保障をよくする必要がある。現在、政府は年金積立金を株式市場で運用しているが、取り崩して年金給付額を増やせばいい。現在、年金の年間給付額は56兆円だが、10兆円増やしても、積立金は130兆円あるため、これから先数年は問題ない。
 年金以外の社会保障充実は、国債発行で賄えばよい。すでにマイナス金利でも日本国債は人気商品だ。それで集めたお金で社会保障の充実を行える。
 しかし、これらは一時的な財源だ。年金積立金の取り崩しも国債発行も無限には行えないから、これらの財源を恒久的な財源に置き換える必要がある。
 まずは安倍政権になって増え続けている防衛予算などから不要不急な支出を削り、財源を確保する。
 また、法人税の増税や富裕層への増税として所得税の最高税率の引き上げや現在一律20%の税率となっている金融所得課税も強化するべきだ。これらの増税を行えばマクロ的には十分な財源となる。  それでも足りないようであれば、所得税の増税で賄えばよい。
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