兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2018年3月15日(1872号) ピックアップニュース

新春政策研究会「自民党改憲案の危険性」講演録
自民党改憲案は「壊憲」案
京都大学大学院法学研究科 髙山佳奈子教授

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【たかやま かなこ】1968年東京都生まれ。91年東京大学法学部第II類(公法コース)卒業。93年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(民刑事法専攻)修了、同助手。成城大学法学部助教授などを経て2005年より現職。06年ドイツ連邦共和国功労十字勲章小綬章受章、17年より日本学術会議会員。主な著書に『故意と違法性の意識』(有斐閣、99年)、『共謀罪の何が問題か』(岩波ブックレット、17年)、共著に『たのしい刑法Ⅱ各論』島伸一編(弘文堂、11年)など多数

 協会が1月13日に開催した新春政策研究会「自民党改憲案の危険性」(講師:京都大学大学院 髙山佳奈子教授)の講演録を掲載する。

自衛隊を憲法に書く必要はあるか
 今年は改憲、とりわけ9条の改定が焦点となっている。
9条は憲法典の第2章「戦争の放棄」の章に含まれる唯一の条文で、1項で戦争放棄をうたっている。こうした規定は軍隊を持つ他国の憲法にも同様のものがある。日本国憲法に特徴的な規定は2項の戦力不保持の原則だ。
 2012年に出された自民党の日本国憲法改正草案(以降改憲案)は、現行の9条2項を削除し、国防軍を創設するという、戦力不保持の原則そのものを放棄する内容だった。この改憲案に対しては、国民の抵抗感が強く、あまり議論が進まなかった。
 そこで昨年6月21日、自民党は9条を現行のままにして、その後に自衛隊の根拠規定を加えるという加憲案を出してきた。この案では、「必要最小限度の実力組織としての自衛隊」を明記し、「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有」すると規定している。
 これだけなら自衛隊の現状を明記しただけで、大して変わらないように思うかもしれない。しかし、本当に必要最小限度の実力組織で、警察的権力としての自衛隊ならば憲法に書く必要などない。災害救助隊として活躍する自衛隊を明記する必要があるならば「戦争の放棄」の項目に書くことがそもそもおかしい。
 さらに、憲法改悪阻止のため各界の団体や個人でつくる京都憲法会議は、この案について、「安保関連法の施行により集団的自衛権の行使が可能とされた下で自衛隊を憲法上明記すれば、集団的自衛権の行使へのお墨付きを与えることになり、事実上戦力不保持の原則が削除されることを意味する」と批判しているが、その通りだ。
 また、自衛隊が憲法に明記されておらず「かわいそう」という意見があるが、例えば、日本国憲法には「学校」という語は一語も出てこない。学校は国を支える大変重要な機関だが、憲法に書かれているのは義務教育を無償とするという内容だけだ。学校は学校教育法で、自衛隊は自衛隊法でそれぞれ定めているので、憲法に明記する必要などないし、これらを全部憲法に書きこむことなど、到底できるはずがない。
 まず国民があまり反対しない形で一度改憲し、国民が改憲に慣れた後で2項を削除し、国防軍を明記する改憲を行うという、2段階の改憲を安倍首相が狙っていることも明らかになっている。自衛隊の根拠規定を加憲させない運動が必要だ。
平和主義は日本国憲法の柱
 憲法は国の形を定めるもので、日本国憲法は「国民主権」「基本的人権の尊重」「戦力不保持(平和主義)」を3本の柱としており、どれが欠けても成り立たない。
 ドイツはナチスの独裁を許してしまった経験から、独裁を防ぐため、連邦制が廃止できない憲法とされている。日本でも、戦前・戦中のような体制となることを防ぐため、憲法で絶対的な戦力不保持(平和主義)とともに、「国民主権」「基本的人権の尊重」の3本の柱が定められた。
 憲法前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と規定し、「われらは、これ(国民主権、基本的人権の尊重、戦力不保持)に反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と書かれており、憲法を改正してもこの3本の柱は変えることができないとされている。
 つまり、9条だけでなく前文その他の「内閣の権限」や「平和的生存権」に関する条文も全部変えないと、戦力不保持の原則を放棄することはできず、もしそれを行えば日本は戦前、戦中の体制を容認するような別の国となってしまう。改憲案は「壊憲案」に他ならない。
近代憲法の基本に反する改憲草案
 近代憲法は、国家権力が不当に個人の基本的人権を侵害しないよう、国家権力を制限し、憲法尊重義務を国家公務員に課している。
 しかし、自民党の改憲案は権力者ではなく国民に憲法尊重擁護義務を課しており、近代憲法の考えとは完全に逆転している。
 また、憲法の柱の一つである「基本的人権の尊重」について、現行憲法は、基本的人権が「侵すことのできない永久の権利」であるとし、公共の福祉によってのみ制限しうるとしている。この「公共の福祉」は、基本的人権同士が対立した場合に調整する概念だ。
 例えば表現の自由は誰にもあるが、好きな場所で好きなようにアピールを行うと、道が通れなくなってしまうので、道路交通法などで制限されている。アピールしたい人の権利と、道を通りたい人の権利など、基本的人権同士が対立した際に、基本的人権を守るため調整するのが現行憲法の「公共の福祉」だ。
 これに対し、改憲案では「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とされ、「公共の福祉」とは全く無関係の「公益及び公の秩序」のためには基本的人権を制約してもよいとされている。これは個人の人権よりも国や社会の利益や秩序が大事だという考えだ。権力者が勝手に判断して基本的人権を制限できることとなってしまう。
 表現の自由についても、現行憲法では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めているが、これに対応する改憲案は、1項はそのままだが、次のような文章を2項として付け加えている。「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」。権力者に「公益」に反すると判断されると、表現の自由が制限されることになる。
独裁につながる緊急事態条項
 緊急事態条項の創設も狙われているが、これは緊急事態を理由に内閣による独裁を認めるものだ。
 緊急事態を宣言すると、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができ、国民はその指示に従わなければならないとされている。
 この緊急事態条項の一番の問題は、何が「緊急事態」にあたるかの定義がないことだ。憲法に内容そのものが明記されていない白紙委任規定で、国会の多数派によって、恣意的に緊急事態が宣言できることになる。さらに緊急事態は無期限に延長ができ、衆議院の不解散規定もあるので、憲法停止状態・独裁状態を永続させることができる。
 こうしてみると、緊急事態条項はナチスの全権委任法に似通っていることが分かる。全権委任法はもともと時限立法だったが、成立した後は敗戦まで延長された。権力者に都合がよい緊急事態はいったん始まると独裁となってしまうのだ。
 また、司法権についても、現行憲法では10年ごとの国民審査により最高裁判事の罷免要件が定められているが、自民党改憲案ではこれが削除され、内閣が指名・任命した裁判官を永続させることが可能となり、問題のある裁判官を辞めさせられなくなる。三権分立など、国家権力への「チェック&バランス」の考え方が放棄されている。
 ただ、現行憲法にも、首相の衆議院解散権の制限や、プライバシー権・環境権の明記など、改善の余地がある項目は確かにある。ただし、これらは解釈でも十分に対処可能だ。現行憲法は非常に優れており、その上に判例や学説も70年以上積み重ねられている。これに勝るような優れた条文は簡単にできないことを強調しておきたい。
政治的立場を超え改憲NOを
 民主主義の前提は、情報の公開だ。にもかかわらず、この間、安倍政権が進めているのは特定秘密保護法の制定など、情報を国民に与えないことであり、民主主義の根幹が揺るがされている。
 共謀罪法案は、テロ対策の内容が含まれないにも関わらず、「テロ等準備罪法」とされ、本質が覆い隠されて成立させられてしまった。国連特別報告者のジョセフ・カナタチ氏が指摘する、プライバシー保護をチェックする機関は設置されていないままだ。
 立憲主義を取り戻すため私たちができることは、真実を多くの人に伝え、民主主義を破壊する人たちを選挙で当選させないため、仲間を広げ連携することだ。意見が完全に一致しなくても、改憲という最悪の事態を避けるための戦略的連携が求められる。
 現在、改憲を発議させないため、「安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名」が全国で大きく取り組まれている(下囲み参照)。請願事項は「憲法9条を変えないでください」と「憲法の平和・人権・民主主義が生かされる政治を実現してください」の2点のみで、署名は政治的な立場の違いを超えて取り組まれている。
 市民の運動で、森友・加計学園問題についての閉会中審査が行われた。また国連で核兵器禁止条約が採択されるなど、市民の運動で世の中を少しずつだが良くすることはできている。私が所属する「安全保障関連法に反対する学者の会」も、改憲の阻止に向けて、情報を発信し、運動を続けていく。
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「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」
 諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏や精神科医の香山リカ氏、ジャーナリストの田原総一郎氏が発起人となり、呼びかけている

署名用紙のご注文は、電話078-393−1807 協会事務局まで
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