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政策研究会 「なぜプランBが必要か」講演録
日本再生のための「プランB」とは?
神奈川県立保健福祉大学 イノベーション政策研究センター 兪 炳匡教授

2022.11.15

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神奈川県立保健福祉大学 イノベーション政策研究センター 兪 炳匡教授
【ゆう へいきょう】1967年大阪府生まれ。93年北海道大学医学部卒業。93年~95年国立大阪病院で臨床研修。97年ハーバード大学修士課程修了(医療政策・管理学)。2002年ジョンズ・ホプキンス大学博士課程修了(PhD・医療経済学)。スタンフォード大学医療政策センター研究員、米国疾病・管理予防センター(CDC)エコノミスト、カリフォルニア大学デービス校准教授などを経て20年より現職

 協会が7月9日、協会会議室とオンライン配信で開催した政策研究会「~『日本再生のための「プランB」』著者に聞く~なぜプランBが必要か」(講師:神奈川県立保健福祉大学教授・医師 兪炳匡(ゆうへいきょう)氏)の講演録を掲載する。

世界標準から逸脱し続けるコロナ対策
 本日は日本の新型コロナ対策の迷走という、各論から入り、総論的にこれから日本をどう改革していくべきかというお話をしたいと思います。
 私は国立大阪病院で臨床研修をしていた頃、医療経済学に興味をもち、ハーバード大学で修士号、ジョンズ・ホプキンス大学で博士号を取り、米国疾病管理予防センター(CDC)で仕事をする機会を得ました。これまで大規模感染症の予想モデルや医療従事者の需要・供給分析、日本の医療制度などの研究を行っています。
 私から見て、日本のコロナ・パンデミック対策は世界から逸脱しています。その最たるものが貧弱な臨床PCR検査体制です。
 このような迷走したコロナ対策を行うと、日本からの頭脳流出が進み、特に若い医師、科学者が日本に絶望し日本から逃げ出すのではないかと心配しています。

新型コロナによる過剰死亡論文の評価
 「Lancet」に、日本の新型コロナの死亡率は非常に高いのではないかという研究論文が出て、話題になっています。
 私はこの論文の評価を東京大学の研究グループで行いました。この論文は、世界的な研究グループが超過死亡率を推定したものです。2020年1月1日から2021年12月31日の2年間、世界各国が公表しているコロナで亡くなった人数の合計は約600万人となりますが、その約3倍の1800万人が亡くなったのではないかという推定をしています。
 日本で報告されているコロナの死亡者数は1万8400人、死亡率は人口10万人当り7.3人で、世界全体(39・2)の約5分の1です。しかし、本論文は、その6倍の11万1000人が死亡したのではないかと推定しています。この報告数と指定数の比率が5倍以上の国は、日本の他は低・中所得国ばかりです。
 なぜこれほど日本で隠れた死亡者数が大きいのか。日本のPCR検査体制の貧弱さが国際的な比較で曝露されたということです。

流行予測モデルが貧弱な日本
 なぜPCR検査体制が貧弱だと困るのかという話の前に、流行予測モデルに関する米国の連邦政府機関であるCDCと日本の中央政府との違いにふれておきます。
 米国と比較すると日本政府の姿勢は怠慢という一言に尽きます。米国政府は州だけではなく、郡(カウンティ)という市町村規模の単位で毎週、感染予測を出していますが、日本政府は感染予測はほとんど公表しておらず、特に都道府県単位では私が知る限り1度しか公表されていません。
 感染予測は非常に難しく、20程度の研究グループが別々に予測を行い、複数の予測のうち最悪のケースに備えて対策をとるのがグローバルスタンダードですが、日本はいまだに一組織で正解が出ると考えているようです。
 米国の予測は、ジョンズ・ホプキンス大学やMITなど最先端の研究レベルを持つ大学の19の研究グループが行っており、CDCのホームページで見ることができます。感染の予想値の幅は大きく、一例では、最小値と最大値で100倍近い差があり、予想の難しさが分かります。
 一方、日本では、政府の非公開データを分析して感染予測を長年行っている研究者は、京都大学の西浦博教授の研究グループだけでした。一つの研究グループだけの予測では、最悪のケースの予測とそれに基づく政策立案が困難になります。

神奈川県での予測モデルのとりくみ
 私のいる、神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科と神奈川県健康医療局による「新型コロナ感染者情報分析EBPMプロジェクト」を紹介します。
 県庁より、新型コロナ用に確保する病床数の予測モデルを作成してほしいと依頼がありました。予測モデルには通常、最低半年間の期間が必要ですが、突貫工事で2カ月の準備期間の後、2021年8月から2次医療圏ごとに、入院患者数、重症患者数、累積陽性者数の予測を行いました。私が知る限り、日本で初めての2次医療圏ごとの感染予測です。毎週、神奈川県のホームページで予測データを公開し、実際の感染者の数字との答え合わせもしました。しかし、7カ月ほど続けた後、データの質があまりにも悪くなったため、予測の更新を中止しました。
 データ分析は、〝Garbage in,garbage out〟です。いくらスーパーコンピューターを使っても、そもそも分析するデータの質が悪いと、アウトプット、すなわち感染予測も質が悪くなります。PCR検査体制が貧弱で困る理由はこれです。
 ワクチン効果の検証も同様の問題があります。2次医療圏ごとのワクチン接種率と感染者数のデータがあるわけですから、理論上は、ワクチンの各変異株に対する効果がリアルタイムで推定できるのです。しかし、データ・人員・予算が不足しているので、ワクチンの効果検証も進んでいないのが現状です。
 このような状況のなか、私は下水検査を昨年5月に提案し、「EBPMプロジェクト」の一環として、神奈川県内の下水の新型コロナウイルス測定を、2021年11月から行っています。下水中のウイルス量と下水処理場の流域の新規陽性者数の増減パターンがかなり似ている結果になりました。下水検査が全国的に拡大できれば、日本のコロナ対策が若干改善するのではないかと期待しています。

世界の中の日本とは?
 このように日本のコロナ対策は非常に粗末ですが、かつて日本はテクノロジーが世界の最先端で、もっとも豊かな国と言われていました。いまだに日本国内では、世界の中の日本をこの頃のイメージで考えているように思います。しかし、私はこの現状認識(インプット・データ)をそもそも正すべきではないかと思っています。
 経済を見てみましょう。日本から、外国企業はすでに全面撤退しています。東京証券取引所に上場している外国企業の数はバブル最盛期には125社でしたが、今はたった4社しかありません(図1)。日本の経済の先行きはないと見て、とっくに逃げ出しているのです。日本の証券取引所で外国企業が上場できるようになった1973年でも4社より多かったのです。今、50年前と同レベルで円安が進んでいるというのは偶然ではないと思います。
 世界経済フォーラム(WEF)の男女平等ランキングも日本は120位と驚くべき低さです(図2)。人口の半分は女性です。その女性の能力を発揮すれば、経済発展はより進みますので、経済合理性という観点からも、より男女平等の方がよいのですが、日本はそうできていません。
 すでに、優秀な女性研究者が日本から逃げ出しています。国内で自然科学系の大学研究所に勤めている女性の割合はわずか10%です。一方、日本国外で勤務している日本人の自然科学系の研究者の60%が女性です。
 次にコンピューターサイエンスを見てみましょう。現在、あらゆる先端の自然科学は絶対にコンピューターを使いますので、「産業の米」とも言えるのがコンピューターサイエンスです。日本の実力はどうでしょうか。世界の大学ランキングで、東大は世界134位、全学部を含めたランキングでも74位です。コンピューターサイエンスのトップ10は中国、シンガポール、サウジアラビア、シンガポール、アメリカ、中国...と続いています(表1)。
 コンピューターサイエンスで世界1位となっているのは中国の清華大学で、全学部を含めたランキングでも36位です。日本以外のアジアの大学のランキングが短期間で上昇した理由は、米国のトップレベルの大学からラボごと研究者を十人単位で引き抜き、3年・5年単位で契約をしているからです。そして、契約期間の間に非常に太い研究のパイプができます。私が知る限り、日本の大学はこういうことをやっていません。
 企業の時価総額ランキングでも、1989年のバブル絶頂期は上位100社のうち53社を日本が占めていましたが、2021年は3社のみと日本企業の競争力も非常に低下しています。
 アジア5カ国の間の国際競争力ランキングの経時的変化でも、かつて日本は1位でしたが、最下位に転落しています(図3)。
 物価高を考慮した1人当たりの給与でも、日本は30年前にシンガポールに、20年前に香港に、10年前に台湾に、去年、韓国に抜かれ、今、日本は東アジアでほぼ最低の国になってしまいました。世界のビジネスパーソンに「働くのであればどの国がいいか」という質問で、日本は35位です。アジアの人すら日本を目指さなくなったという深刻な状況がありますが、日本ではほとんど報道されません。

負けを減らす「プランB」
 このように日本の個々の企業も国全体でも、国際競争力が低下しました。競争力のある企業は、日本を出て海外で生産をしています。円安になったからと言って、日本国内で生産されるトヨタの車がアメリカで売れるわけではありません。アメリカで税金を払い、アメリカ人を雇用するという条件で、アメリカ国内でのトヨタ自動車の生産が認められています。これでは、円安でも、高度経済成長期と異なり、日本の貿易黒字は容易に増えません。
 明治以来の、輸出と企業の設備投資によって豊かになるのを目的とした計画を、私は「プランA」と定義しています。これはいわば「勝ちを増やす」ものです。
 日本がこの「プランA」で、今後も世界に対抗することは難しく、負けを減らすことをめざす「プランB」を採るしかないと考えております(表2)。現在、日本は先進国としての豊かさを持っていますので、現在の豊かさを引き下げないことを目指すべきです。いかに国内から国外へ富の流出を減らすか。もっと言えば東京以外から東京への富の流出を減らすか。これが概念的に、非常に大事な目標になります。
 具体的に、どうするか。一つは、営利企業に期待せずに、政府・民間「非」営利組織により国のリソースを傾斜配分すべきです。
 薬を開発して売るには、薬1種類当たり約1兆円近い投資が必要で、これはハイリスクビジネスです。今回の新型コロナのワクチンの開発には実際に一企業当たり、1千億円単位の投資をしています。一方、日本政府がコロナワクチンのために最初に出したお金は総額で33億円です。これでは国際競争で勝てるわけがありません。

医療関連分野の高い経済波及効果
 日本においては、投資リスクの高い新薬開発よりも、予防医療教育に力を入れることによって、国内で確実にお金を循環させるべきと私は考えます。予防医療教育への支出を100万円増やすと、地域で循環して、地域全体で約600万円の経済波及効果を持つというエビデンスが実際にあります。
 マクロ経済学者の塚原康博先生は、日本の産業を60に分類し、経済波及効果についてランク付けしました。例えば保健所は60分野中9位です。1位は広告、2位が輸送機械、自動車です。
 例えば保健所に新しく保健師を雇用し、ボーナスを100万円支払えば、保健師は地元のスーパーでいつも買わない牛肉を買い、すると、スーパーは儲かりスーパーの従業員のボーナスが増え、そのお金でスーパーの従業員が近くの寿司屋やラーメン屋に食事に行く。すると、寿司屋やラーメン屋が儲かり、近くのクリーニング店にクリーニングを出す頻度が増えます。このように、地元にお金を使う限り、保健師に支払ったボーナスの100万円が地元のスーパーへ、そしてお寿司屋、クリーニング屋へと地域で循環します。これが、1年経つと6倍程度の金額になるということです。
 このように、日本のGDPを大きくするためには、医療福祉や予防医療にお金を入れればマクロ経済はよくなるというのは数字で明らかになっています。しかし、政治的には医療関連分野に予算が優先的についていません。医療関連分野、特に予防医療教育は、雇用創出効果も極めて高いとの報告があります。

非営利部門拡大で地域経済が成長
 図4は、「非営利部門拡大が、バケツの水位を高め、地元からの富の流出を減らす理由」と書いています。維新の会や自民党は、非営利部門である医療機関や自治体の仕事を民間営利企業に外部委託すればいい、という考えですが、これは完全に間違いで、非営利部門を拡大した方が地元経済により大きく貢献します。
 非営利部門にお金を流すと、先ほど保健師に支給したボーナス100万円のように1年間でその地域で6倍になります。それが営利部門の場合、フランチャイズのコンビニが典型ですが、通常本社は東京など地域外にありますので、いくらその店が流行っていても、儲かったお金は地元に還元・循環しないで地域の外に出ていってしまいます。
 図4のように、バケツの中の非営利部門をより大きくすれば、地元に残る水が増え、地元に残る水は循環しながら地域内で増えるので、地元経済を活性化します。そのためにいかに地域外への流出を減らすかということが重要だということです。
 繰り返しますが、現在の日本は先進国レベルの豊かさがあるので、今後は富の国外流出をできるだけ小さくすれば、先進国レベルの豊かな生活はかろうじて維持できると考えています。
 アメリカ南部の名門・デューク大学は、糖尿病の予防に、薬と栄養士が提供する予防医療教育のどちらが効果があるか、10年ほどかけて調査しました。同じ金額で比較すると、薬を服用するよりも、予防医療教育を受ける方が糖尿病になる確率を減らせることが分かりました。
 もし、この製薬会社が地域内になく、例えば東京やアメリカにあれば、薬に支出する医療費の大部分は、地域から流出していくことになります。予防医療教育の方が地元経済への寄与や税収・社会保険料への寄与が大きくなります(表3)。

多国籍企業・大企業の税逃れへの対策
 日本の富の流出を防ぐためにはどうしたらいいか。
 EUは、EU圏内で利益を上げた企業は、EU圏内で税金を払うべきとの原則を掲げています。一例として、EU圏外への富の流出を防ぐためにマイクロソフトやGAFAの巧妙な脱税に対し、巨額の制裁金を課しています。
 マイクロソフトやGAFAにテクノロジーで競合できる企業をEU圏内で育成するまでは、即効性のある規制政策によりEU圏内で税金を払わせています。日本もEUに倣うべきです。
 ただ、これは一国ではなく、EUだからできたという面があります。東アジアでは、日本、韓国、台湾など各国はバラバラです。EUと似たような多国間の組織を、東アジアにもつくることが必要だと思っています。
 オバマ大統領が2016年に広島に来たとき、日本の被爆者をハグしました。アメリカでは現在も原爆投下が正しかったと主張する人が多いので、「けしからん」との批判を受けることを予想して、ハグする対象を慎重に選んだのでしょう。この被爆者は広島原爆で亡くなったアメリカ人捕虜の遺族に連絡をとり感謝された方でした。核兵器の廃絶という困難な協同作業の第一歩として、日本人と米国人が核兵器の犠牲者を共に弔うことから始めたのです。
 過去の犠牲者を共に弔うことは、東アジアにおいてEUに倣う共同体を創設するという容易ではない協同作業を始める際の、重要な示唆になると思います。
2022_03.jpg書籍紹介
『日本再生のための「プランB」医療経済学による所得倍増計画』
集英社新書 2021年発行
定価1012円(税込)


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