医科2026.01.10 講演
[保険診療のてびき]
呼吸器感染症予防の意義と重要性(2026年1月10日)
関西医科大学 内科学第一講座 呼吸器感染症・アレルギー科 教授 宮下 修行先生講演
抗菌薬で治癒する肺炎は良性疾患か?
肺炎に対する抗菌薬使用は予後(重症化や死亡)を改善させる。しかし、「成人肺炎診療ガイドライン」では、個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアの必要性を新たに加えた1)。肺炎罹患後の10年間の長期予後を観察した研究では、全年齢群では市中肺炎既往歴群の10年後の生存率は0.53とコントロール群の0.68に比べ低い結果であった2)。中でも66~80歳の高齢者では、市中肺炎群で約0.25、コントロール群で約0.5と全年齢群と比較し両群間でより大きな差がみられた(図)。このことから肺炎の罹患は、既往歴のない群と比べて長期間における生存率の低下など有害事象をもたらし、とくに高齢者ではより顕著であることが示唆された。肺炎は、その病態から市中肺炎、院内肺炎、医療・介護関連肺炎に分類されており、超高齢社会のわが国では医療・介護関連肺炎の占める割合が高い1)。市中肺炎と医療・介護関連肺炎は多くの点で異なっており3)、4)、医療介護関連肺炎では多数の因子が交絡して予後を悪くしていると考えられる。このため2群間で治療戦略が大きく異なる1)。また、高齢者の多くは誤嚥が原因であることが判明している5)。
肺炎によるフレイル・ロコモ
厚生労働省は『国民の健康寿命が延伸する社会』に向けた予防・健康管理に係る取り組みの一つとして、高齢者肺炎の予防推進を挙げている。どの程度の高齢者肺炎患者が健康寿命を損なうのか。われわれの検討では、退院時に寝たきり患者を除く医療・介護関連肺炎患者の35%で身体機能が低下し、14%が寝たきり状態となることを報告した4)。また、食事形態が普通食から変更となった患者が22%も存在した4)。食事形態が普通食から介護食に変更すると、普通食の患者と比べて有意に肺炎を罹患し入院する率が増加し、経管栄養患者ではさらに入院率が増加することが判明している。実際、身体機能の低下した患者や食事形態の変更となった患者の多くは肺炎治癒後も家庭に帰ることができず、リハビリテーション目的で慢性期病院へ転院となっている。転院患者の半年後の経過は、肺炎の再発や基礎疾患の増悪をきたして再入院となった患者がもっとも多く、入院前の場所に戻れた高齢者はわずか20%であった4)。肺炎と健康寿命に関する研究で、高齢者の認知機能と肺炎の相互関係の観察研究結果が海外から報告されている6)。米国の地域社会に暮らす身体機能に問題のない、65歳以上の5,888名を対象に10年にわたって経時的に追跡調査し、認知機能と肺炎の相互関係を観察研究した。結果、肺炎罹患者で認知症のリスクが2.24倍高くなった6)。
新型コロナウイルス感染症によるフレイル・ロコモ
新型コロナウイルス感染1年後の年齢別身体機能低下を調査した結果を表に示す7)、8)。60代では、退院時に身体機能の低下を来す症例は少なく、1年後には、ほぼ全例の身体機能が回復していた。一方80代では、50%以上の患者が退院時に身体機能が低下し、後方支援病院でリハビリテーションを受けたにもかかわらず、80%以上の症例が1年後も身体機能が低下したままであった。このうち約20%の患者は寝たきり状態となり、誤嚥性肺炎を繰り返している。市中肺炎群と医療・介護関連肺炎群で比較した場合、医療・介護関連肺炎で身体機能低下は、より顕著であった8)。新型コロナウイルス感染症も細菌性肺炎同様、認知機能障害の低下を来すことが報告されている9)。ただし、発症機序は細菌性肺炎と異なり、ウイルスの脳での持続感染が一因と考えられている。
繰り返す肺炎と老衰の関係
誤嚥性肺炎の発症機序は、大脳基底核の不顕性脳梗塞によってドパミン作動性神経の機能低下を生じ、これに連なる迷走神経知覚枝の機能が低下するため、咽頭や気管支粘膜の刺激を受けた迷走神経知覚枝からサブスタンスPの遊離・放出が減少する10)。この現象は持続または病勢にしたがい悪化するため、予防的治療の介入がなければ誤嚥性肺炎は繰り返し発症する。高齢者は肺炎を起こすたびに全身状態や栄養状態が悪化し、身体機能が低下する。誤嚥性肺炎患者では低アルブミン血症が独立した死亡予測因子となっていることから、繰り返す誤嚥性肺炎は老衰状態を引き起こすと考えられる。さらに老衰と肺炎の間には密接な関係があり、老衰の過程で誤嚥が起こる。このように、老衰の経過中に肺炎を併発し、死亡の直接原因となる場合、がん末期などの疾患末期と同様に、直接死因としての肺炎とその原因としての老衰という病態のとらえ方が成り立つ1)。
生命予後よりQOL予後を考慮すべきか?
寝たきりや胃瘻造設で肺炎を繰り返す患者は苦痛を感じていないのであろうか。超高齢社会において、高齢患者を救命し死亡率を減らすことが必ずしも患者本人にとって幸せと限らないことが指摘されている。ナーシングホーム入所高度認知症の肺炎患者を対象とした観察研究では、肺炎抗菌薬治療は生命予後を改善する一方、苦痛や快適などのQOL評価は、抗菌薬治療を行わなかった群のQOLが最も高く、積極的な治療を行うほど有意にQOLの低下が示された11)。健康寿命の延伸を考慮した診療戦略
誤嚥性肺炎は抗菌薬で治癒するが、身体機能が低下し肺炎を繰り返す。さらに抗菌薬治療を繰り返すことで耐性菌が出現するリスクが高まる。すなわち、高齢者ではさまざまな観点から予防が重要となる。このため「成人肺炎診療ガイドライン2017」では新たに「肺炎予防」の項を設けた1)。高齢者肺炎の予防には口腔ケアや腸管蠕動運動の改善、嚥下機能を低下させる薬剤の中止、栄養状態の向上、粘液線毛輸送機能の改善、サブスタンスP濃度を増加させる方法などがある10)、12)。さらにワクチン(インフルエンザ、肺炎球菌、新型コロナウイルス)などの総合戦略が重要であることは論をまたない。参考文献
1)日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン作成委員会、成人肺炎診療ガイドライン2017.日本呼吸器学会、東京、2017.
2)Eurich DT, et al. Am J Respir Crit Care Med 192: 597-604, 2015.
3)Miyashita N, et al. Intern Med 2012; 51: 585-94.
4)Kato T, et al. J Infect Chemother 22, 662-666, 2016.
5)Teramoto S, et al. J Am Geriatr Soc 56: 577-579, 2008.
6)Shah, F. A. et al. Am J Respir Crit Care Med 188:586-592, 2013.
7)Miyashita N, et al. Influenza and other respiratory viruses 16 (6), 1197-1198, 2022.
8)Miyashita N, et al. Influenza and other respiratory viruses 17 (1), e13045, 2023
9)Xu E, et al. Nat Med. 28(11):2406-2415, 2022.
10)Yamaya M, et al. J Am Geriatr Soc 2001;49:85-90.
11)Givens JL, et al. Arch Intern Med 170: 1102-1107, 2010.
12)Miyashita N, et al. J Am Geriatir Soc 64: 665-666, 2016.
(1月10日、薬科部研究会より)
図 市中肺炎罹患患者の10年生存率の推移
表 新型コロナウイルス性肺炎罹患1年後の年齢別身体機能変化












