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学術・研究

医科2026.06.21 講演

第58回総会記念講演より
細胞から老化を科学する
-加齢性疾患の新しい見方と治療への期待-(2026年6月21日)

大阪大学微生物病研究所 分子生物学分野 教授 原 英二先生講演

「細胞老化」とは何か
 私たちの体を構成する細胞は、いつまでも分裂を続けられるわけではありません。1960年代に正常なヒトの細胞を培養すると、一定回数分裂した後に増殖を停止することが発見され、この現象は「細胞老化(cellular senescence)」と呼ばれるようになりました。
 これは、異常が生じた細胞が無制限に分裂・増殖してがん化することを防ぐ、重要ながん抑制機構の一つと考えられています。正常なヒト細胞では、分裂を繰り返すと染色体末端のテロメアが短くなり、DNA損傷応答などを介してp21やp16といった細胞周期を停止させる因子が働き、最終的に増殖を停止します。その後、テロメア短縮だけでなく、酸化ストレス、放射線、DNA損傷、がん遺伝子の活性化など、さまざまなストレスによってもp21やp16が働き、細胞老化に類似した増殖停止が誘導されることが明らかになりました(図)。
老化細胞には「副作用」がある
 ところが、細胞老化を起こした細胞(以下、「老化細胞」と呼ぶ)は単に増殖を止めて静かにしているわけではありません。炎症性サイトカインやケモカイン、増殖因子など、さまざまな物質を周囲に分泌します。この性質はSASP(senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれます。SASPは組織修復などに役立つ場合がある一方、老化細胞が長期間残存すると慢性炎症を引き起こし、周囲の正常な細胞や組織に悪影響を及ぼす可能性があります。
 実際、加齢に伴って老化細胞が体内に蓄積することと、がんをはじめとするさまざまな加齢性疾患との関連が明らかになりつつあります。私たちも、腸内細菌叢と細胞老化との関係を研究し、加齢に伴って回腸のパイエル板や孤立性リンパ濾胞の胚中心B細胞に細胞老化が起こり、それがIgAの量と質を低下させ、さらに腸内細菌叢を変化させるという悪循環が生じることを見いだしました。
 同様に、加齢に伴う胚中心B細胞の細胞老化は顎下リンパ節でも認められます。加齢に伴って口腔細菌叢も変化することが知られており、私たちはこうした変化と免疫細胞の老化との関係についても研究を進めています。近年、口腔細菌叢の変化は大腸がんを含むさまざまな病態との関連が指摘されており、口腔内環境を良好に保つことの重要性が改めて注目されています。
 また最近では、SARS-CoV-2感染後に生じる細胞老化様の変化が、感染後も長く続くCOVID-19の後遺症の一つとして知られる嗅覚障害に関与する可能性も見いだしています。
老化細胞を除けば若返るのか?
 そこで注目されているのが、老化細胞を選択的に除去する「セノリティック薬」です。これまでに20種類以上の候補が報告されています。私たちも多数の化合物を比較し、ABT263やARV825が比較的高い老化細胞除去活性と選択性を示すことを見いだしました。ただし、これらは現時点で加齢性疾患の治療薬として確立されたものではなく、臨床応用には有効性と安全性の慎重な検証が必要です。
 さらに、「老化細胞を除けば除くほどよい」と単純に考えることにも注意が必要です。老化細胞の中には組織の恒常性維持や修復に役立っているものもあり、p16陽性細胞を除去すると、かえって肝機能が低下し、寿命が短くなることを示した研究もあります。したがって、体内の老化細胞は均一な集団ではなく、有害な老化細胞と有益な老化細胞を見分けることが今後の重要な課題です。講演でも強調したように、「やみくもに老化細胞を除去する」ことには危険性があります。
「除く」だけでなく「生じさせない」
 私たちは、老化細胞を除去する方法の探索と同時に、なぜ体の中に老化細胞が生じるのかを明らかにし、その原因を取り除くことが重要だと考えています。老化細胞が生じる原因には、DNA損傷や代謝異常、慢性炎症、感染、腸内細菌叢の変化など多様なものがあります。その発生原因を正確に理解できれば、老化細胞が蓄積してから除去するのではなく、老化細胞を生じさせる危険なストレスの発生そのものを予防できる可能性があります。
 細胞老化研究は、単に「不老長寿」を目指す研究ではありません。重要なのは、加齢に伴う病気や身体機能の低下をできるだけ抑え、健康に生活できる期間、すなわち健康寿命を延ばすことに繋げるための研究です。そのためにも、基礎研究で得られた知見を十分に検証し、安全性と再現性を確かめながら慎重に医療へつなげていくことが何より重要だと考えています。

(6月21日、第58回総会記念講演より)

図 細胞老化の疾患制御における役割(イメージ図)
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