2026年5月05日(2132号) ピックアップニュース
新聞部の会員訪問
日常生活支える 「町医者」になりたい!
西宮市・はまなかクリニック 濱中 裕子先生
2006年3月兵庫医科大学卒業後、浅香山病院・石切生喜病院・泉大津市立病院で呼吸器内科医として勤務。11年4月~大阪市立総合医療センター救命救急センター勤務、15年4月~浅香山病院緩和ケア内科医長、20年7月~長尾クリニック(現:三和クリニック)に勤務。24年5月に西宮市内で開業
何でも診てくれる町医者の先生にあこがれ
口分田 今日はよろしくお願いします。まず、先生が医師になろうと思ったきっかけを教えてください。濱中 「町医者」の先生へのあこがれがきっかけです。小さい時、身体を動かすのが好きな子だったので、よくけがをしては祖母に近くの医院に連れていかれていました。外科出身のその先生は、風邪はもちろん、二針縫うようなケガをした時も診てくれて。「すぐに治してくれるお医者さんってすごい、格好いいな」と。当時一世を風靡していたカール・ルイスにあこがれていたのですが、カール・ルイスより、その先生が一番のあこがれでしたね。
口分田 小さい時の思いが原点なんですね。
濱中 高校までは全然勉強せずにクラブでバレーボールばかりやっていたのですが、それから三浪し、兵庫医大に入学することができました。
卒業後は地元大阪に戻り、大阪市立大学の呼吸器内科に入って、6年目にもっと幅広い疾患の最先端の治療を学びたいと大阪市立総合医療センターの救命救急センターで4年間働いて、堺市の浅香山病院が緩和ケア病棟を立ち上げる際、お声かけいただき5年間勤務しました。
救急センターの頃から、やはり町医者、地域に根差した医者というのが自分に合っていそうと感じていたので、2020年からは尼崎市の長尾和宏先生のもとで勉強させていただきました。地域医療や在宅医療の基盤を学ぶことができたと思っています。
口分田 そこから開業を決意されたのですね。
濱中 勤務して3年半ほどで、ちょうど良い物件が見つかって、やってみようと思いました。開業にあたってスタッフから、レセプトで悩んだ時に、質問したら答えてくれるのが保険医協会と聞き、入会しました。すぐ分からないようなことでも調べて答えてくださるので、ものすごく助かっています。
患者さんの日常支える体制作りたい
聞き手
口分田 真副理事長
濱中 はい。火水を休診日にして、土日は診療日にしています。平日だと受診しにくいという若い子育て世代のお母さんが、小さいお子さんをお父さんに預けてこられるケースが多いですね。子どもさんの急な発熱や腸炎なども診ています。
口分田 これまでの経験を活かして、在宅医療もされていますね。
濱中 はい。平日の昼間に加えて、がんターミナルの方など、時間をかけて診療することが必要な患者さんは、休診日に訪問しています。
口分田 毎日が診療になってしまいますが、一体いつ休まれているのですか。
濱中 24時間365日対応可能な体制はとっていますが、火水のどちらかは定期の訪問診療を入れずに休むよう工夫しています。
口分田 それだけの体制を一クリニックでとられているのはすごいですね。
ターミナルの患者さんのご自宅での看取りは、核家族化が進み、ご家庭の事情で難しい方も多いと思うのですが、希望される方が多いですか。
濱中 はい。確かに老々介護や娘さんが一人でみられているケースが多く、ご自宅で最期を、と言うと、ご家族もどうしても構えられます。それだけに訪問看護師さんやヘルパーさんの力の重要性を痛感しています。
口分田 連携が本当に鍵ですよね。
濱中 クリニックにも訪問看護師がいますが3人だけなので、地域の訪問看護ステーションの看護師さんの力を借りなければとても成り立ちません。ターミナルというと、どうしても痛みのことを特別視しがちで、ケアや処置に重点を置くのですが、私は最期を迎えていくのに大事なのは日常生活の積み重ねだと思っています。日常生活を続けていくためにどんな支えがいるのかという視点を共有し、共に患者さんを支えていきたいと思っています。
周辺の訪問看護ステーションや介護事業所に声をかけ、定期的にクリニックで一緒に学習する機会を持つようにしています。
1月は薬剤師さんに「薬局在宅における疑問」ということで、在宅での薬局や薬剤師さんの役割・仕組みをお話いただきました。2月は「AYA世代の患者さんから学ぶ医療・ケアの本質について」というテーマで、私がお話させていただきました(右下写真)。
口分田 多職種での連携を進められていますね。私は保険医協会で地域医療部も担当しているのですが、先生の在宅医療、緩和ケアでのご経験をお伺いしたいと思いました。ドクターとの連携はいかがですか。
濱中 クリニック同士の連携は今後の課題と思っています。私にできることがあればやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
皆をつなげる一緒に食べるお弁当
(上)2月の学習会「AYA世代の患者さんから学ぶ医療・ケアの本質について」の様子、(下)学習会では毎回美味しいお弁当を皆で食べる(はまなかクリニックのInstagramより)
濱中 そうなんです。自分のクリニックを開いたら絶対やってみたいと思っていたことが食事です。
私の姉が料理がとても好きで、クリニックに参加してくれています。普段の診療日も毎日、日曜日以外はスタッフのお昼ご飯のお弁当を作ってくれるんです。一日一回の食事をみんなで食べるという時間を持つことが、クリニックとして大切と思っています。
口分田 毎日、全員分は大変なご苦労でしょう。
濱中 開業から2年間、ずっと続けてくれていて、本当に感謝しています。スタッフは今18人いるのですが、午前中だけのパートの方も一緒にご飯を食べて帰るので、皆仲良くなります。
口分田 インスタグラムからも、その様子が伝わってきます。
平和への思い声に出して広げる
濱中 大きいと思います。今でも若い世代のがん患者さんにとって、訪問診療の3割負担はとても重いものです。生活が苦しい方は治療を長く継続することが難しく、患者さんが望む医療から遠ざかってしまうと感じることがあります。悪い状態でも病状が落ち着かれる方は障害者認定を受けるなど制度を活用し、できるだけ負担を抑えるよう工夫していますが...もっと現場を見てもらえたらと感じます。
口分田 こうして社会保障費は抑制する一方で、防衛費は右肩上がりです。世界では、ロシアのウクライナ侵略や、イスラエルによるパレスチナでの虐殺、そして先日のアメリカによるイラン攻撃など、各地でおびただしい命が奪われています。
先生には昨年、核戦争を防止する医師の会に入会いただきました。核廃絶や平和の問題についてどう考えられていますか。
濱中 医師になりたての頃は病気を治すことが医師の使命と思っていました。でも、救急や緩和ケアの現場で医療技術では治せないケースを多数経験し、ただ治すということではだめなのかもしれないと感じました。
では医師の仕事は何かと考え、「命を救うこと」だと思いました。死なせないことはもちろん大事ですが、死ぬまでの時間、その人の日常を続けてもらえるようにすることが医師の使命じゃないかと。こう考えたときに、戦争は非日常がずっと続く、真逆の状態です。患者さんの日常を取り戻す医師として、「反戦」を声に出すことはとても大切と思っているところです。
ただ、このことを私一人が声にしただけでは広く届かないと思いますが、私が18人のスタッフに言って、その18人が誰かに言って......という形で思いが広がっていけばいいなぁと思っています。
口分田 同感です。私たち「町医者」一人ひとりが声に出し、広げていくことが大切なんだと思います。
濱中 実は今回こうしてインタビューで発言することも私の中では非常に大きな一歩です。ありがたい機会と思い受けさせてもらいました。
口分田 こちらこそ、こうして思いを声にしてくださって、ありがとうございます。
協会の全国団体である全国保険医団体連合会(保団連)の開業医宣言は「人命を守る医師はいかなる戦争をも容認できない」と謳っています。先生の思いを受け、保険医協会としても共にがんばっていきたいと思います。ご協力よろしくお願いします。



