政策宣伝広報委員会だより
政策解説 骨太方針2026から考える「国家の投資先」 積極財政の時代に、医療をどう位置づけるか
2026.08.25
政府が7月21日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太方針2026)と「日本成長戦略2026」は、一律的な歳出抑制から、政府が重点分野を選び、資金・人材・制度を集中的に配分する政策への転換を打ち出した。しかし問題は「何に投資するのか」である。「骨太方針2026」の特徴について解説する。
第2は賃上げである。骨太方針2026は賃上げを「成長戦略の起点」と位置づけ、日本成長戦略2026では、投資、生産性向上、企業収益、賃上げ、消費、さらなる投資という「投資と賃上げの好循環」を重視する。最低賃金1500円の達成時期は「2020年代」から「遅くとも2030年代前半のできる限り早期」へ後ろ倒しされた。
第3は防衛である。装備移転で「官が正面に立つ」支援、融資、スタートアップ活用、大学等への防衛研究基盤整備を進め、日本成長戦略2026は「防衛と経済の好循環」を掲げる。防衛を産業・成長政策と一体化する方向が鮮明である。
第4は人材政策である。17の戦略分野やエッセンシャル分野への人材育成、大学の学部再編、理工・デジタル人材育成を進める。財政審の2026年春の建議でも、希少な理系人材の配分が論点とされ、骨太方針2026は2028年度以降の医学部定員削減も明記した。国全体の人材配分との関係も検証が必要である。
第5は財政規律である。単年度のPB黒字化を機械的に追う方針から、債務残高対GDP比の安定的低下を中核とする複数年管理へ移り、危機管理投資や成長投資の必要性に応じて一時的な悪化も許容する。
第6は予算編成である。「補正予算依存からの脱却」を掲げ、恒常的施策は当初予算で措置する。医療DX、創薬、医療・介護提供体制、賃上げ支援などを当初予算へ移す際、その経費を社会保障関係費の通常の伸びに含めれば、既存の医療・介護施策への削減圧力が強まりかねない。
成長産業には投資しつつ、日常診療や地域医療には負担増と効率化を求める構造である。患者負担増は受診抑制を、病床削減や集約化は地域の医療アクセス低下を招く恐れがある。とりわけ救急、入院、過疎地医療など、不採算でも地域に不可欠な機能まで効率性だけで再編すれば、医療提供体制そのものを弱めかねない。
さらに「攻めの予防医療」は、健康増進、疾病予防、早期発見、早期介入、行動変容を進め、「誰もが社会の担い手として活躍できる日本」を目指す。予防の充実は重要だが、医療費抑制や労働力確保の手段としてのみ評価し、病気になった人への給付縮小や自己責任論につなげてはならない。予防と必要な医療へのアクセス保障は一体でなければならない。
医科・歯科を含む地域医療や国民皆保険を、国家が将来に向けて守り育てるべき社会基盤として位置づけるのか。その問いを、続く理事長談話で考える。
談話
私たち医療者が日々向き合っている地域医療は、今まさに転換点にある。
物価や人件費の上昇、医療従事者の不足、時間外労働規制の強化などが重なり、診療所や病院の経営はかつてないほど厳しさを増している。医科では救急、周産期など外科系診療科を中心に逼迫が深刻化し、歯科では材料費・技工料の高騰や人材確保の困難が続いている。さらに、医療材料費や医療機器更新費の増大、医療DXや感染対策への対応など、医療機関の負担は多層化している。現場は医療従事者の献身と努力によって支えられているが、その負担には限界がある。
この構造的な乖離を放置すれば、国民皆保険制度と地域医療という日本社会の基盤そのものが揺らぎかねない。医科・歯科を問わず、地域医療の持続可能性がこれまでにも増して危機に瀕していることを、私たちは認識しなければならない。
長い間日本では、医療費は財政負担として語られ、抑制の対象とされてきた。しかし、国際的な潮流は変化している。WHOやOECDも、健康を社会の持続可能性やレジリエンスを支える重要な要素として位置づけ、医療・公衆衛生への適切な投資の重要性を指摘している。
私たちが診療の場で日々感じるように、健康は生活の土台であり、教育、文化、経済活動のすべてを支える礎である。慢性疾患の管理、口腔機能の維持、予防医療の充実は、労働参加率や生活の質を高め、社会全体の生産性を高める。医療は単なる財政の足かせとなるコストではなく、持続的な成長を支える社会インフラである。
医療への公的資金の投入は、医療従事者の処遇改善を通じて地域の雇用と所得を支え、地域経済にも波及する。医療機関が地域に存在すること自体が、地域の安心と活力を生み出している。
電気・ガス・水道、道路や通信網と同じく、医療は人々の暮らしを支える不可欠な社会インフラである。救急、周産期、過疎地医療など、需要が不安定であっても、一定の医療提供体制を維持しなければならない領域こそ、公的に守るべき医療体制であり、国家の危機に社会が対応するための「健康安全保障」を支える基盤である。
医療は医科だけで完結するものではない。口腔機能の維持や栄養、誤嚥性肺炎の予防、周術期管理など、医科・歯科が連携することで支えられる健康課題も多い。
医療の価値は、経済効率や生産性だけでは測れない。なぜなら、医療が支えているのは「生産する人」だけではなく、すべての人の生命と尊厳だからである。乳幼児も、高齢者も、病気を抱える人も、障害のある人も、それぞれにかけがえのない人生を生きている。意思疎通が難しい状態であっても、その人の生命と尊厳は、それ自体として尊重されなければならない。全面的に支えられている人も、その存在が家族や周囲の人々の支えとなることが少なくない。人は、互いに支え、支えられる関係の中で生きている。そして医療や福祉の支えは、本人だけでなく家族の生活も守る。支援が不十分であれば、家族は離職や孤立、経済的困窮に直面する。医療は、多くの人のつながりを守り、誰もが社会の一員として歩み続けるための基盤でもある。医療への投資とは、つながりと尊厳を社会全体で支えるための選択でもある。
健康な人から病気の人へ、若い世代から高齢世代へ、所得の高い人から低い人へ、社会全体で医療のリスクを分かち合っている。
一方で、窓口負担が重くなれば、所得の低い人ほど受診を控える傾向が強まり、受診抑制や健康格差を招く危険性がある。医療へのアクセスが所得によって左右されることは、国民皆保険が目指してきた社会的な連帯を弱めることになりかねない。国民皆保険は単なる医療制度ではなく、日本社会の一体性を支える公共的な柱であり、社会のつながりを支える最終の砦である。
医療への公的支出を「負担」として捉える時代は終わらなければならない。医療の進歩、物価や賃金の上昇、さらには医療DXや感染対策などの構造的なコスト増を適切に反映した診療報酬の改定と、地域医療を支える公的財政支出は、医療機関の経営を支えることだけが目的ではない。それは、国民の命と暮らしを守り、日本の持続的な成長と危機管理を支える国家戦略である。
私たち医療者は、患者を診るだけでなく、国民皆保険制度と地域医療という社会基盤を次の世代へ引き継ぐ責任を負っている。問われているのは「医療にいくら使うか」だけではなく、医療を通じてどのような社会を未来に残すのかという価値観である。医療への公的支出を、国民の命と暮らしを守り、日本の未来を支える公共投資として捉え直す必要がある。
投資政策に防衛産業を位置づけ
第1は投資政策である。2040年度の国内投資目標を250兆円とし、AI・半導体、防衛、量子、GX、創薬・先端医療など17分野を戦略分野に位置づけた。複数年度予算、政府調達、規制改革、金融、人材などを組み合わせ、政府自身が市場形成に関与する。第2は賃上げである。骨太方針2026は賃上げを「成長戦略の起点」と位置づけ、日本成長戦略2026では、投資、生産性向上、企業収益、賃上げ、消費、さらなる投資という「投資と賃上げの好循環」を重視する。最低賃金1500円の達成時期は「2020年代」から「遅くとも2030年代前半のできる限り早期」へ後ろ倒しされた。
第3は防衛である。装備移転で「官が正面に立つ」支援、融資、スタートアップ活用、大学等への防衛研究基盤整備を進め、日本成長戦略2026は「防衛と経済の好循環」を掲げる。防衛を産業・成長政策と一体化する方向が鮮明である。
第4は人材政策である。17の戦略分野やエッセンシャル分野への人材育成、大学の学部再編、理工・デジタル人材育成を進める。財政審の2026年春の建議でも、希少な理系人材の配分が論点とされ、骨太方針2026は2028年度以降の医学部定員削減も明記した。国全体の人材配分との関係も検証が必要である。
第5は財政規律である。単年度のPB黒字化を機械的に追う方針から、債務残高対GDP比の安定的低下を中核とする複数年管理へ移り、危機管理投資や成長投資の必要性に応じて一時的な悪化も許容する。
第6は予算編成である。「補正予算依存からの脱却」を掲げ、恒常的施策は当初予算で措置する。医療DX、創薬、医療・介護提供体制、賃上げ支援などを当初予算へ移す際、その経費を社会保障関係費の通常の伸びに含めれば、既存の医療・介護施策への削減圧力が強まりかねない。
保険医療には負担増と再編
第7が医療である。創薬・先端医療、AI、医療DXには重点投資する一方、高齢者の窓口負担、「OTC類似薬」などの保険給付、病床数、医療機関の再編・集約化、職員配置、医学部定員などの見直しを進める(表)。成長産業には投資しつつ、日常診療や地域医療には負担増と効率化を求める構造である。患者負担増は受診抑制を、病床削減や集約化は地域の医療アクセス低下を招く恐れがある。とりわけ救急、入院、過疎地医療など、不採算でも地域に不可欠な機能まで効率性だけで再編すれば、医療提供体制そのものを弱めかねない。
「皆歯科健診」打ち出しも提供体制の確保が必要
歯科では、歯科専門職の偏在対策、歯科技工所の質向上・連携強化を進めるが、制度設計によっては小規模技工所の共同化・大規模化や大手ラボへの業務集約につながる可能性もある。国民皆歯科健診の具体化を掲げ、厚労省の「U.E.N.O.Plan」では簡易歯科健診も打ち出した。しかし健診機会を増やしても、治療・継続管理につなぐ提供体制がなければ十分ではない。さらに「攻めの予防医療」は、健康増進、疾病予防、早期発見、早期介入、行動変容を進め、「誰もが社会の担い手として活躍できる日本」を目指す。予防の充実は重要だが、医療費抑制や労働力確保の手段としてのみ評価し、病気になった人への給付縮小や自己責任論につなげてはならない。予防と必要な医療へのアクセス保障は一体でなければならない。
問われるのは「何に使うか」
問われるのは、財政を使うか否かだけではなく、何に使うかである。医科・歯科を含む地域医療や国民皆保険を、国家が将来に向けて守り育てるべき社会基盤として位置づけるのか。その問いを、続く理事長談話で考える。
表 「骨太方針2026」に盛り込まれた医療改悪
談話
医療を「コスト」から投資すべき「社会インフラ」へ
理事長 西山 裕康
私たち医療者が日々向き合っている地域医療は、今まさに転換点にある。
物価や人件費の上昇、医療従事者の不足、時間外労働規制の強化などが重なり、診療所や病院の経営はかつてないほど厳しさを増している。医科では救急、周産期など外科系診療科を中心に逼迫が深刻化し、歯科では材料費・技工料の高騰や人材確保の困難が続いている。さらに、医療材料費や医療機器更新費の増大、医療DXや感染対策への対応など、医療機関の負担は多層化している。現場は医療従事者の献身と努力によって支えられているが、その負担には限界がある。
この構造的な乖離を放置すれば、国民皆保険制度と地域医療という日本社会の基盤そのものが揺らぎかねない。医科・歯科を問わず、地域医療の持続可能性がこれまでにも増して危機に瀕していることを、私たちは認識しなければならない。
長い間日本では、医療費は財政負担として語られ、抑制の対象とされてきた。しかし、国際的な潮流は変化している。WHOやOECDも、健康を社会の持続可能性やレジリエンスを支える重要な要素として位置づけ、医療・公衆衛生への適切な投資の重要性を指摘している。
私たちが診療の場で日々感じるように、健康は生活の土台であり、教育、文化、経済活動のすべてを支える礎である。慢性疾患の管理、口腔機能の維持、予防医療の充実は、労働参加率や生活の質を高め、社会全体の生産性を高める。医療は単なる財政の足かせとなるコストではなく、持続的な成長を支える社会インフラである。
医療への公的資金の投入は、医療従事者の処遇改善を通じて地域の雇用と所得を支え、地域経済にも波及する。医療機関が地域に存在すること自体が、地域の安心と活力を生み出している。
医療は社会を支える不可欠なインフラ
「経済が豊かになったから医療にお金を回す」ではない。医療に適切に投資することが、人々の健康を守り、労働参加や生活の安定を支え、そのことが社会や経済の持続的な発展につながるのである。COVID-19のパンデミックは、世界各国に医療インフラの脆弱性を突きつけた。OECDは、医療への投資不足が健康危機を経済危機へと波及させる可能性を指摘し、WHOは、医療体制の強靱さが社会のレジリエンスを高める重要な要素であることを示している。私たちもその現実を目の当たりにした。電気・ガス・水道、道路や通信網と同じく、医療は人々の暮らしを支える不可欠な社会インフラである。救急、周産期、過疎地医療など、需要が不安定であっても、一定の医療提供体制を維持しなければならない領域こそ、公的に守るべき医療体制であり、国家の危機に社会が対応するための「健康安全保障」を支える基盤である。
医療は医科だけで完結するものではない。口腔機能の維持や栄養、誤嚥性肺炎の予防、周術期管理など、医科・歯科が連携することで支えられる健康課題も多い。
医療の価値は、経済効率や生産性だけでは測れない。なぜなら、医療が支えているのは「生産する人」だけではなく、すべての人の生命と尊厳だからである。乳幼児も、高齢者も、病気を抱える人も、障害のある人も、それぞれにかけがえのない人生を生きている。意思疎通が難しい状態であっても、その人の生命と尊厳は、それ自体として尊重されなければならない。全面的に支えられている人も、その存在が家族や周囲の人々の支えとなることが少なくない。人は、互いに支え、支えられる関係の中で生きている。そして医療や福祉の支えは、本人だけでなく家族の生活も守る。支援が不十分であれば、家族は離職や孤立、経済的困窮に直面する。医療は、多くの人のつながりを守り、誰もが社会の一員として歩み続けるための基盤でもある。医療への投資とは、つながりと尊厳を社会全体で支えるための選択でもある。
国民皆保険は社会の分断を防ぐ公共基盤
私たちが長年支えてきた国民皆保険制度は、所得や立場の違いを超えて人々をつなぎ、社会の分断を防ぐ大切な仕組みである。健康な人から病気の人へ、若い世代から高齢世代へ、所得の高い人から低い人へ、社会全体で医療のリスクを分かち合っている。
一方で、窓口負担が重くなれば、所得の低い人ほど受診を控える傾向が強まり、受診抑制や健康格差を招く危険性がある。医療へのアクセスが所得によって左右されることは、国民皆保険が目指してきた社会的な連帯を弱めることになりかねない。国民皆保険は単なる医療制度ではなく、日本社会の一体性を支える公共的な柱であり、社会のつながりを支える最終の砦である。
医療への公的支出を「負担」として捉える時代は終わらなければならない。医療の進歩、物価や賃金の上昇、さらには医療DXや感染対策などの構造的なコスト増を適切に反映した診療報酬の改定と、地域医療を支える公的財政支出は、医療機関の経営を支えることだけが目的ではない。それは、国民の命と暮らしを守り、日本の持続的な成長と危機管理を支える国家戦略である。
私たち医療者は、患者を診るだけでなく、国民皆保険制度と地域医療という社会基盤を次の世代へ引き継ぐ責任を負っている。問われているのは「医療にいくら使うか」だけではなく、医療を通じてどのような社会を未来に残すのかという価値観である。医療への公的支出を、国民の命と暮らしを守り、日本の未来を支える公共投資として捉え直す必要がある。














