兵庫県保険医協会

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脳死と臓器移植 -移植法改正問題を中心として-

岡山大学医学部客員研究員、元松本歯科大学教授 倉持 武先生講演

 6月20日に行われた兵庫県保険医協会第42回総会記念講演「脳死と臓器移植」の講師・倉持武先生から、講演以降の状況も踏まえ寄稿いただいた。(見出しは編集部)

「脳死は一律に人の死」は誤解

 2009年7月、移植法成立から12年、「臓器の移植に関する法律」が改正され、2010年7月17日に全面施行されました。
 1997年法は、「臓器を必要とする人がいる。臓器を提供したいという人がいる。そして臓器移植の技術もある。こうした状況のもとで移植医療を妨げる権利は誰にもない」という考えに基づく「本人意思表示原則」に立つ法律でした。これに対して改正法(2009年法)は、「小児の心臓移植もできず、提供臓器数もあまりにも少ない。何とかして小児臓器移植を可能にし、提供臓器数を増やさなければならない」という考えに基づく「家族・遺族意思表示原則」に立つ法律に変わりました。
 この小児臓器移植への道の開拓および提供臓器数増加という至上命題に応じるため、2009年法では、1)脳死判定および臓器提供に関する、本人意思が不明の場合の家族・遺族の意思表示、2)親族への優先提供、が認められることになりました。
 また、一般には、3)「1997年法は『移植に向かうときに限って脳死を人の死』としていたが、2009年法は『移植の有無に関わらず、脳死は一律に人の死』とする法律に変わった」、と受け取られています。
 法の解釈という点では、1)および2)について異論はありません。しかし、3)については異論がありましたので、講演ではこの点を中心に検討しました。3)については依然として国民の間で正しい理解が得られているか疑問があるのですが、昨年の参議院での法案成立時に厚生労働委員長を務めていた辻泰弘氏が、2010年7月21日付朝日新聞「私の視点」へ「改正臓器移植法『脳死は一律に死』は誤解」を投稿され、さらに8月5日の参議院決算委員会の席上、辻泰弘氏の質問に答える形で、長妻昭厚生労働大臣が「2009年法は臓器提供に向かう限りにおいてだけ脳死を人の死とするものであり、この点では1997年法からの変更はない」と明言しました。
 それゆえ、この問題について国政レベルでは明確な決着がつけられたと考えられますので、本稿ではこの点には触れず、移植医療の現状と問題点について述べるつもりです。
 ただし、以下に示すデータは2010年7月20日までのものであって、8月9日以降に行われた家族・遺族の承諾のみに基づく臓器提供4例および本人意思表示に基づく臓器提供1例(2010年8月28日現在)に関するものは、含まれていないことをお断りしておきます。なお、「臓器の移植に関する法律」は、1)「臓器の移植に関する法律」、2)「臓器の移植に関する法律施行規則」(厚生労働省令)、3)「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)」(保健医療局長通知)の3段構成になっています。

移植医療はバラ色一色でない

 1997年法施行から2010年7月20日までの法的脳死判定数は87、臓器提供者数は86、脳死下移植件数は心臓69(生存者数66、死亡者数3、以下同じ)、肺66(47、19)、心肺同時1(1、0)、肝臓67(52、15)、膵臓12(12、0)、膵腎同時50(49、1)、腎臓103(94、9)、小腸6(5、1)、合計374(326、48)となっています(日本臓器移植ネットワーク調べ)。肺と肝臓移植レシピエントの死亡者数が目に付きます。
 再移植患者数はまだ少ないようですが、移植臓器の耐用年数は一般に10~11年、若いレシピエントは生涯で3~4回前後の移植が必要と見込まれていますので、これからは再移植を必要とするレシピエントが続出する可能性が非常に高いと予想されます。制御性T細胞(Tregs)を利用した免疫寛容をinvivoで誘導する薬剤の開発研究(京都大学)や、本人の細胞と移植臓器の細胞をキメラ化する研究(ハーバード大学)などが行われていますが、免疫寛容が実現したごく少数のレシピエントを除いて、レシピエントは生涯免疫抑制剤を手放すことができません。
 免疫抑制剤を飲み続けるということは、レシピエントが医原性AIDS、つまりiatrogenicAcquiredImmunoDeficiencySyndromeを抱えて生き続けなければならないことを意味します。レシピエントの行く末は非常に厳しいものです。移植医療はバラ色一色ではないということを念頭から離すことなく、脳死についても、移植医療についても考えていく必要があります。

不十分な「検証会議」

 提供臓器数増加、つまり移植件数増加あるいは小児への脳死移植は、無条件に善なのか、私には確信が持てません。スペインを模範として欧米並みにと提供臓器数増加を叫ぶには、少なくともこれまでの移植医療に対するテクノロジーアセスメントがなされていなければならないと考えます。
 移植医療が説得力ある有効性を示していることが明らかでなければ、それ以上の移植推進を主張することはできないはずです。有効性を示すには移植学会のウェブサイトに掲載されているレシピエントの生存率、生着率だけではまったく足りません。レシピエント一人ひとりが移植手術後どのような治療を受け、具体的にどのような生活を送っているのかを生涯系統的に綿密に調査する必要があります。このような調査の提案は私の独創ではありません。和田移植の調査を行った日弁連が1973年の報告書「患者の心臓移植(心臓移植事件)」でその必要性を指摘していることです。
 しかしながら、流れはまったく逆の方向を向いています。2006年2月頃までは移植ネットワークのデータを見れば、死亡したレシピエントについて、ドナーの性別、年代、提供施設、そして移植手術実施年月日および施設がわかりました。しかしそれ以降は各臓器ごとの生存者数と死亡者数がわかるだけで、死亡したレシピエントがどれくらいの間生きていたのか、その生存期間さえまったくわからなくなっています。
 さらに、中日新聞2010年7月18日の朝刊によれば、「脳死移植32例が未検証 厚労省、検討会開かれず」とのことです。「脳死移植が適正に行われたかどうかを調べる厚生労働省の『検証会議』(座長・藤原研司横浜労災病院名誉院長)が昨年3月から1年以上開かれておらず、2007年5月以降に愛知や長野、滋賀など国内で実施された計32例の検討作業が宙に浮いていることが分かった。このうち東京と兵庫の2例は臓器提供日から3年以上放置されている」そうです。
 検証会議は、臓器提供のプロセスに関して、1)提供者に対する救命治療、2)法的脳死判定、3)日本臓器移植ネットワークのあっせん業務について検討するものですが、金沢大病院で行われた46例目の法的脳死判定に対する検証では、脳死判定時の脳波検査の記録が紛失されていたことも明らかになっています。
 現在の「検証会議」は検証対象の点でもまったく不十分なものです。移植医療を評価する場合、移植手術およびその後のレシピエント管理の評価が重要ですが、検証会議はこれをまったく行いません。検証対象は移植手術準備段階までにとどまっていて、肝心の手術以降がまったく取り上げられないのです。これは手術およびその後のレシピエントについて当該移植施設の範囲を超えて全国レベルで、何らかの機関による検証が一切行われていないということを意味します。厚労省も、移植学会も、ネットワークも行っていません。日本にはレシピエントの状態を的確に把握するための調査を行っている公的組織がどこにもないのです。レシピエントの現状は当該移植施設内の「企業秘密」とされているわけです。
 移植医療はドナーという第三者を必要とする、きわめて特殊な医療です。にもかかわらず、開示すべき情報をいっそう制限し、自分たちの医療に対する客観的検証・評価を放棄し、他方で提供臓器数増加だけを求め、このきわめて不十分な検証会議についてさえも、臓器移植関連学会協議会は検証会議を廃止して、医学会に任せるよう提案しています。
 「なんだか移植は良さそうだ」というムードの醸成に成功し、移植法改正に持ち込むことはできたわけですが、臓器移植関連学会協議会を中心とする移植医療界が批判者や慎重派の人たちも含めて国民の信頼を得るには、検証会議を改組し、検証対象を拡大し、レシピエントの参加を求め、手術およびそれ以降のレシピエントの状況を具体的に把握し、移植医療の客観的評価を行うに足るものとすることが、第一歩として必要です。

移植医療の啓発活動が強化

 家族・遺族意思表示原則に立つ2009年法は、国民全員に脳死と移植医療について考え、自分自身のことだけではなく、家族についても自分の意思を確立することを要求する法律です。こうした2009年法の要求に応じるために移植医療に関する啓発活動が強化されていますが、2010年秋以降に新規発行あるいは更新される運転免許証、健康保険証等に意思表示記入欄が印刷されることになったのはその一環です。
 スイスのサンド社が開発した免疫抑制剤シクロスポリン(製品名「サンディミュン®」、「ネオーラル®」)を製造販売する世界的製薬会社ノバルティスファーマの特別協賛を受け、日本の移植医療界が総力を結集した「GiftofLifeプロジェクト」は、六本木ヒルズで2010年7月15日~19日までの5日間、現日本移植学会理事長の寺岡慧氏を実行委員長として、シンポジウム、公開授業、移植を受けた子どもたちの作品展を開催するなど啓発活動を活発に行っています。藤沢薬品工業が開発した免疫抑制剤FK506(製品名「タクロムリス®」)を製造販売するアステラス製薬は、日本臓器移植ネットワークを中心に2004年春に始まった「グリーンリボンキャンペーン」の全面的支援を続けています。

「脳死」「心停止」の緻密な再検討を

 2009年法が施行されても、提供臓器数が大幅に増えたり、渡航移植に対する需要がなくなったりするとは考えられません。また、仮に提供臓器数が大幅に増えたとしても「臓器不足」が解決するわけではないことは、2010年7月26日から29日まで朝日新聞夕刊に連載された「臓器移植大国 スペインからの報告」を読めばわかります。「報告」によれば、2008年に人口100万人当たり34人、2009年3月28日には当日だけで13人の提供者が出た、人口当たりの提供臓器数が世界で最も多いスペインでさえ、心臓移植レシピエント候補の17%が待機中に死亡し、18~35歳の腎臓移植レシピエント候補は移植手術まで4~5年待たなければなりません。「国内で肝臓移植を受けられなかった50歳代の男性が、13万ユーロ(約1450万円)払って中国で移植を受けた」との報道もあるそうです。
 これは、脳死移植だけではすべての「移植が必要な人」を救うことはできないということを意味します。これまで日本では生体移植がたくさん行われてきたわけですが、これからは、肝臓、肺そして心臓移植も含めて、広義の心停止下移植、つまり、NHBD(Non-heart-beating-donation)、DCD(Donationaftercardiacdeath)あるいはDCDD(Donationaftercardiacdeterminationofdeath)による移植が、本人意思表示を必要としない「心停止下移植」の名の下に、圧倒的に増えていくことでしょう。今後は脳死患者のみならず広義の心停止患者からの臓器提供の必要性がさらに声を大にして叫ばれるようになるということです。
 DeadDonorRuleを堅持するには、脳死患者を死んでいるとする根拠、心停止患者に関する心停止の不可逆性の確認の適切性について、より緻密な再検討が必要不可欠だと考えます。

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