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糖尿病患者の心血管 イベントを抑制するために [保険診療のてびき]

佐賀大学医学部内科学教授 野出 孝一先生講演

わが国でも糖尿病増加

 現在、世界的に肥満者数の増加が問題となっている。最多は米国で、わが国は世界的にみると比較的少ない傾向にあるが、日本人は欧米人に比べて、元来インスリンの分泌量が少ないため、軽度の肥満であっても糖尿病を発生しやすい。
 また、インスリン分泌不全という遺伝的素因に加えて、近年ライフスタイルの欧米化が進み、生活習慣が変化することで、肥満者が増えてきたことから、今後10年間で、わが国においても糖尿病が増加することが推測されている。

合併症で最も多い血管障害

 糖尿病の合併症として最も多いのは、血管障害である。糖尿病による死亡原因の第1位は、心筋梗塞、脳梗塞などの大血管障害であり、成人失明の原因の第1位は糖尿病性網膜症、透析導入原因の第1位は糖尿病性腎症である。そのため、糖尿病患者では、大血管障害、細小血管障害を含めて血管合併症を予防し、管理することが非常に重要になってくる。
 糖尿病における大血管症は、空腹時血糖値が126㎎/dL以下であっても、75gOGTTによる負荷後2時間血糖値が140㎎/dLを超えれば、その発生リスクが高くなる。DECODA Studyにおける日本人6,341人の空腹時血糖値、負荷後2時間血糖値とHbA1c値の関係をみると、空腹時血糖値126㎎/dL以下で、負荷後2時間血糖値が140㎎/dLを超える群の平均HbA1c値は、5.5%であったことが報告されている。
 また、人間ドックを受診した糖尿病患者719例を空腹時血糖値のみ高値群、75gOGTT負荷後2時間値および空腹時血糖値ともに高値群、75gOGTT負荷後2時間値のみ高値群の3群に分類したところ、空腹時血糖値のみが高い糖尿病患者は、全体の1割程度に過ぎず、75gOGTT負荷後2時間値のみ高値の糖尿病患者が、全体の4割を超えていた。
 従って、日常診療で空腹時血糖値とHbA1cだけを評価すると、大血管症を発症するリスクを持つ糖尿病患者が多く見逃されることになる。大血管症の発症リスクを考慮すると、空腹時血糖値やHbA1cだけで糖尿病と診断するのではなく、75gOGTTや随時血糖値の測定をする必要もある。

HbA1cレベルと死亡リスクの関係

 英国で45~79歳の男性4,662例を対象に実施されたコホート調査「EPIC-Norfolk試験」において、HbA1cレベルと死亡リスクの関係が検討されている。その結果、心血管疾患死、虚血性心疾患死、全死亡の相対リスクは、HbA1cが7%未満であっても、よりHbA1cの値の低いほうが心血管疾患死、虚血性心疾患死、全死亡のリスクが低いことが明らかとなっている。このことから、大血管症の予防には、より厳格な血糖コントロールが重要であるといえる。
 日本糖尿病学会の糖尿病治療ガイドでは、血糖コントロールの指標として、HbA1c、空腹時血糖値、食後2時間血糖値の値から、「優」「良」「可」「不可」の評価を規定している。その中で、空腹時血糖値130㎎/dL未満、食後2時間血糖値180㎎/dL未満、HbA1c6.5%未満を「良」とし、血糖コントロール目標値の一つの基準としている。しかし、大血管症予防の点から考えると、空腹時血糖値110㎎/dL未満、食後2時間血糖値140㎎/dL未満、HbA1c5.8%未満の「優」をめざすべきであろう。

生活習慣の改善と治療薬の選択

 現在、様々な経口糖尿病治療薬が処方されているが、糖尿病治療の基本は、まず食事療法、運動療法などの生活習慣の改善である。それでも血糖コントロールが不十分な場合には、それぞれの病態に合った糖尿病治療薬を選択することになる。すなわち、空腹時血糖が高く、肥満があって、インスリン抵抗性が見られる場合には、ビグアナイド(BG)薬やチアゾリジン薬が有効であり、空腹時血糖が高くても、肥満がなく、インスリン抵抗性が見られない場合は、スルホニル尿素(SU)薬が有効である。また、食後高血糖が疑われる場合には、α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)や速効型インスリン分泌促進薬が有効となる。
 これら薬剤をその病態に応じて、単剤あるいは併用で使用できるが、2型糖尿病患者の生命予後を考慮して、大血管障害抑制の観点から選択する際には、血糖降下作用に加えて、大血管障害抑制作用が示されている薬剤を選択することが重要である。

最も発症リスクが高い慢性心不全

 Framingham Heart Studyによれば、糖尿病患者の心血管疾患の発症リスクは、男性では3倍、女性では4倍であり、その中でも、最も発症リスクが高いのは慢性心不全で、男性では5倍、女性では10倍であった。
 慢性心不全には収縮不全と拡張不全があり、糖尿病患者では拡張不全型の割合が他の疾患と比べて多いことが報告されている。拡張不全は高齢女性に多く、駆出率は正常ないし軽度の低下程度であるが、左室の肥大化ならびに間質の線維化により心筋が硬くなり、左室が拡張しないために、1回拍出量の低下をきたす。予後は、収縮不全と同様に不良である。拡張不全の原因については不明な点が多いが、糖尿病患者では高血糖により間質の線維化が起こり、コラーゲンが増加して心筋肥大が起こると考えられている。
 このことから、糖尿病患者における拡張不全に対する現段階での最適な治療は良好な血糖管理の維持であり、厳格に血糖値をコントロールすることで心不全は予防できると考えられる。

重要な時計遺伝子との関係

 大血管症発生の関連因子には、日内変動が存在することが知られているが、収縮期血圧、心拍数、血小板凝集能、t-PA活性、すなわちホルモン、循環機能、血小板機能のすべてにリズムがあり、このリズムを規定しているのが体内時計であることも最近明らかとなった。
 体内時計は、多くの生理現象において、日内変動を制御し、行動、内分泌、血圧、摂食、代謝、睡眠については、時計遺伝子がリズムを規定している。そのため、体内時計の乱れは、生活習慣病の大きな要因になる可能性がある。
 時計遺伝子が重要であることはすでに指摘され、報告されている。時計遺伝子の変異や欠損により、睡眠障害、癌の発生、代謝異常と肥満、メタボリックシンドロームが認められ、前立腺癌および心疾患発生のリスクも増加するといわれている。
 実際に、睡眠障害によって血糖値が変動することが報告されている。18~27歳の健康男性11人を睡眠不足の状態(4時間睡眠×6晩)にすると、インスリン分泌には変化がないにも関わらず、朝食後の血糖値が上昇し、耐糖能が悪化することが確認されている。引き続き、睡眠不足のない状態(12時間睡眠×6晩)にすると、朝食後の血糖値の上昇が回復した。インスリン分泌には変化がみられなかったことから、血糖値の変動には体内時計が関与している可能性が示唆される。
 動物実験により、遊離脂肪酸が核内受容体であるRORαに結合し、時計遺伝子調節蛋白であるBmal1の発現が増加すると、日内リズムが崩れて食後高血糖、早朝高血圧、食後高TG血症を起こすことがわかっている。このことからも、メタボリックシンドロームにおいては、このような時計遺伝子を介して、血圧や血糖の変動パターンが規定されている可能性が推測される。
 ヒトの時計遺伝子の働きについては、現在研究段階であるが、今後、ヒトの時計遺伝子の変動パターンを検討し、最終的に時計遺伝子と疾患との関係について明らかにする必要がある。将来的には、時計遺伝子が生活習慣病の診断・治療のターゲットになると考えられ、生活習慣病の治療においては、血糖、血圧、脂質の日内変動リズムを是正することも重要な課題になると思われる。
(9月10日・薬科部研究会より。見出しは編集部)

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