兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

医科2011.12.15 講演

インフルエンザの重症化機序と予防と治療の最新知見

徳島大学疾患酵素学研究センター・KOSOKEN、共同利用・共同研究「酵素学研究拠点」
木戸 博先生講演

要 旨

 インフルエンザ感染の重症化は、「インフルエンザ−サイトカイン−プロテアーゼサイクル」によって引き起こされる。
 特に、このサイクルが回転しやすい臓器が、肺、血管内皮、脳で、中でも血管内皮細胞でこのサイクルが回転すると、基礎疾患として血管内皮細胞に障害のある患者、エネルギー代謝に弱点を持つため、血管内皮細胞障害の現れやすいヒトが重症化する。
 これらハイリスク患者の発症基盤が、遺伝子多型解析と血管内皮細胞の機能解析研究から解明されつつある。

はじめに

 インフルエンザ感染の重症化を、血管内皮細胞障害の視点からインフルエンザ脳症を例に解説する。
 インフルエンザ脳症は、乳幼児がインフルエンザに感染して39〜40℃の高熱が続いた後、突然幻覚、意識障害などの中枢神経障害と重篤な脳浮腫を伴って発症する致死性の高い疾患で、後遺症も多く報告されている。発症は日本人の小児で多く報告され、コーカサス人種では少ないことから、数年前までは日本人の遺伝的背景が発症に深く関わっていると推定されてきたが、最近では中国をはじめ東アジアの国々での報告が増加して遺伝子多型解析も進み、アジア人種の遺伝的背景が関係していると推定される。
 これらの解析とともに、インフルエンザ感染の重症化とインフルエンザ脳症は、ウイルス感染が引き起こしたエネルギー代謝異常の結果であることが明らかになってきた。

1.インフルエンザ感染 重症化の基盤

 インフルエンザ感染による重症化、具体的には肺水腫、脳浮腫、多臓器不全の病態には、血管膜の透過性亢進が背景にある。
 インフルエンザ感染に対する生体応答を、図1に示す。最も早い生体応答が、炎症性サイトカインのTNF-α、IL-6、IL-1β等の誘導で、感染後1〜2日をピークに増加して、続いて起こる様々な生体反応の引き金を引く。その一つが生体防御系(自然免疫系、獲得免疫系)の発動で、感染初期の細胞性免疫系と感染4日以後の抗体産生の誘導に代表され、これらの生体応答によってウイルスは体外に排除される。
 一方、これらのサイトカインは、生体防御系の発動以外に、体内蛋白質分解酵素のtrypsinとmatrix metalloprotease-9(MMP-9)の発現誘導を、全身の臓器と細胞で引き起こしていることが明らかになった。蛋白質分解酵素の遺伝子を持たないインフルエンザウイルスにとって、trypsinはウイルスの感染と増殖に不可欠な宿主因子で、ウイルス膜蛋白質のヘマグルチニンを分解して、膜融合活性を導き出す。
 ウイルス感染によって、蛋白質分解酵素のtrypsinとMMP-9が全身の血管内皮細胞や臓器で増加すると、血管内皮の異常な透過性亢進、ウイルスの臓器内侵入と増殖の準備状態が整うことになる。図2は、「インフルエンザ−サイトカイン−プロテアーゼサイクル」と血管内皮細胞障害の関係を図示したものである。
 ウイルス感染でサイトカインが誘導され、次いでサイトカインでプロテアーゼが誘導され、プロテアーゼがウイルス増殖を促進するサイクルが回転して、血管内皮細胞の透過性の亢進から多臓器不全に発展する、われわれの提唱している説である。

2.CPTⅡの遺伝子多型とミトコンドリアの機能不全、細胞内ATPの低下

 糖尿病、人工透析患者など、すでに血管内皮細胞に障害のあるヒト以外に、インフルエンザ感染時の上記の一連の現象による障害の受けやすい体質が明らかになってきた。その典型例が、インフルエンザ脳症で見られる。インフルエンザ脳症は、脳浮腫と脳圧亢進を主症状とする脳の血管内皮細胞の透過性亢進状態である。
 インフルエンザ感染で誘導された各種サイトカインによって、グルコースからのエネルギー産生経路が一般に細くなるため、これを補うために細胞は脂肪酸からのエネルギー産生経路を太くして対応する。しかし、長鎖脂肪酸代謝酵素のCPTⅡに熱不安定性遺伝子多型を持つ患児では、この代謝変動に対応できずエネルギークライシスが起きる。エネルギー源として、その70%を脂肪酸代謝に依存している血管内皮細胞では、影響が特に強く出ることになる。中でも、ミトコンドリアの多い脳の血管内皮細胞が真っ先に影響を受ける。
 インフルエンザ脳症患児の多型の中で頻度の高い遺伝子多型がF352Cで、V368Iはアジア人種でもコーカサス人種でも同程度に見られる。インフルエンザ脳症患児で見られた多型は、活性中心の近傍にあるため以下の特徴を示した。
 (1)酵素の基質であるカルニチンとの親和性の低下により、酵素活性が低下した。
 (2)この多型では、体温が37℃から40〜41℃へ上昇して数時間持続すると、酵素は急速に熱失活する。
 (3)熱不安定性遺伝子多型酵素の細胞内の寿命は、3分の1から6分の1に短縮されている。
 すなわち、熱不安定性遺伝子多型CPTⅡ酵素は、速やかに分解を受けていることが判明した。患児で高熱が持続すると、酵素の熱失活で細胞内のATP、β-酸化レベルは50%以下になり、急速なエネルギー危機に陥ると推定している。

おわりに

 インフルエンザ感染の重症化、インフルエンザ脳症では、血管内皮細胞膜の異常な透過性の亢進を伴うが、そのトリガーの一つが「インフルエンザ−サイトカイン−プロテアーゼサイクル」である。
 このような感染ストレス下で重症化しやすい患者の中には、すでに血管内皮細胞に障害を持つヒトや、脂肪酸代謝酵素CPTⅡの熱不安定性遺伝子多型を持つヒトが高頻度に見出される。
 インフルエンザ感染ストレスは、エネルギー産生系の依存度を糖代謝から脂肪酸代謝に切り替えるが、この変化に対応できないCPTⅡの熱不安定性遺伝子多型患児では、そのエネルギークライシスとして、脳の血管内皮細胞で強い症状が現われてしまう。脳症を血管内皮細胞のエネルギークライシスの結果ととらえると、治療のターゲットが見えてくる。

1674_04.gif
※学術・研究内検索です。
歯科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(医科)
2017年・研究会一覧PDF(医科)
2016年・研究会一覧PDF(医科)
2015年・研究会一覧PDF(医科)
2014年・研究会一覧PDF(医科)
2013年・研究会一覧PDF(医科)
2012年・研究会一覧PDF(医科)
2011年・研究会一覧PDF(医科)
2010年・研究会一覧PDF(医科)
2009年・研究会一覧PDF(医科)