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学術・研究

医科2012.04.25 講演

機械に使われずに人を大切にする難しさ [臨床医学講座より]

長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科教授
池田 正行先生講演

はじめに

 医師は、人間を大切にする生業である。だから、自分が医師である限り、診療している限り、自分は人間を大切にする。そう思い込んでいると、自分の中に生じた人間不信に気づかずに診療を続けてしまう。
 最新医療のスローガンは、いつの時代でも強力にわれわれに働きかける。特にMRIのような高価で巨大な機械は、いとも簡単に信仰の対象となり、その信仰はいとも簡単に人間をおとしめる。

まずは事例を通して考える。それは本当にMRIが不可欠な状況なのか?
 ある休日の朝に、67歳男性が救急車で運び込まれてきた。なかなか起きてこないので、妻が寝室に行くと、起きあがれずに布団の中でもがいていたという。タバコ1日40本、日本酒1日3合、高血圧症の既往があった。
 本人はストレッチャーの上で開眼しているが、呼びかけに対して言葉が出ずに、うなずくばかりである。右口角がやや下がり、痛覚刺激の際のしかめ面で、右のまつ毛が隠れない。閉眼、開口、左手・左足挙上の命令に従うが、右上下肢は弛緩性の完全麻痺。感覚系については、コミュニケーションが取れないので詳細不明である。
 あなたは、以上のシナリオから、どんな診断を下すだろうか? 次に、どんな検査を計画するだろうか。
 まずはMRIだろうか? しかし、MRI大国の日本(1)でさえ、X線CTならいつでも撮れるが、MRIはそうはいかないという施設の方が多い。
 上記のシナリオで、診断のために、本当に緊急MRIが必要なのだろうか? そのエビデンスはどこにあるのだろうか?
「とりあえずビール」ならぬ、「とりあえずMRI」
 脳卒中診断の基本は問診と診察であり、その臨床診断をふまえて、脳出血の除外により脳梗塞と診断する。この点で、X線CTとMRIは対等である。
 上の事例では、病歴と診察だけで、左大脳半球の脳卒中であることがわかる。X線CTだけでも、100%の感度で脳出血を検出できるから、脳出血か脳梗塞かの鑑別は、X線CTがあれば十分であって、MRIは必須ではない。
 脳出血か脳梗塞かの鑑別において本質的に問題となるのは、脳出血に対する感度であって、脳梗塞に対する感度ではない。この診断原則は、大脳病変ばかりでなく、脳幹・小脳病変にも当てはまる。
 以上より、「脳卒中にはとりあえずCTよりもMRI」という広く行われている習慣と、「居酒屋でとりあえずビールを注文する」という広く行われている習慣との間に、本質的な差異はないことがわかる。
急性期脳梗塞に対する拡散強調画像の感度の限界
 拡散強調画像に対する過度の期待は、脳卒中の診断で様々な問題を引き起こす。急性期脳梗塞に対する拡散強調画像の感度は、確かにX線CTよりも優れているが、それでも偽陰性率は発症3時間以内の場合26%、12時間以内でも19%である(2)
 しかも、この率は天幕上、天幕下の脳梗塞を合わせた数字だから、特にCTに比してMRIの感度の良さが強調される、脳幹・小脳梗塞に対する拡散強調画像の偽陰性率は、さらに高くなる。
 このような、急性期脳梗塞に対する拡散強調画像の感度の限界をふまえると、拡散強調画像は診断に必須の情報ではなく、あくまで参考情報として扱うべきであることがわかる。
 さらに、MRIの感度の高さは、特異度の低さとのトレードオフとして、重大な誤診の誘因となる。たとえば、低血糖昏睡の患者にMRIを撮り、陳旧性の大脳白質病変を意識障害の原因と決めつけてしまうような誤りである。
MRI信仰はあなたを助けない
 自分は問診も神経診察も苦手だから、画像診断に頼らざるを得ないと思う向きもあるかもしれない。しかし、残念ながらMRIはそんなあなたを助けてくれない。それどころか、頼りにしていたMRIに裏切られて(実はMRIに誤って依存した医者に非があるので、裏切りとの表現は、MRIには申し訳ないのだが)、とんでもない誤診をする羽目になる。
 私は、神経内科医として、そんな人々をたくさん見てきた。
 神経内科医は、しばしば意識障害患者について相談を受けるが、「昏睡の脳梗塞患者」の中に、しばしば敗血症、高炭酸ガス血症、低血糖、高カルシウム血症といった、緊急に治療が必要な疾患による意識障害が混じっている(3)
 このような重大な誤診は、意識障害患者を脳卒中と決めてかかった上に、画像上に有意な病変がないことをもって「脳梗塞」と診断したり、逆に意識障害とは無関係の陳旧性病変を意識障害の責任病像と考えたりすることによって生じる。
MRI信仰の背景にある人間不信
 「日本では、訴訟予防のためにやむなくMRIを撮っている面もある。医師の検査信仰もさることながら、患者の検査信仰の方が問題ではないか」という向きもあろう。しかし、MRIが訴訟予防に役立っているとのエビデンスはない。
 単位人口あたりのMRI台数では、日本が43台と飛びぬけて高く、第2位が医療訴訟大国である米国の26台、OECD諸国平均が13台、英国は5台となっている(1)
 MRI台数と医療訴訟件数には、何の関連もない。さらに、MRIに依存すれば、かえって誤診の可能性が高まることは、前述の通りである。
 したがって、MRI信仰は医療訴訟の予防にはならない。逆に、医療訴訟の根底にある人間不信からMRI信仰が生まれている。
 丁寧に問診し、診察した結果、頭蓋内に器質性病変があるとは到底思えない状況でも、患者がMRIを要求してくるのは、医師に対する不信感ゆえである。そのような不信感を抱く患者に対して、医師の側にも不信感が生じる。自分は適切な診療をしていても、目の前の患者が悪い結果を全て医療者側の責任にするのではないかという不信感から、患者の人間不信に迎合する道具としてMRIを使う。
 このような人間不信の応酬が、MRI信仰を生んでいる。
 あなたの目の前にいる患者は、敵ではない。最も頼りになるあなたの味方である。その証拠に、あなたはいつも自分の患者に助けてもらっている。
 問診は音声言語で、診察は非言語性メッセージで、それぞれどこが、どのように具合が悪いのか、患者から答えを教えてもらう作業である。
 患者に教えてもらい、助けてもらわなければ、あなたは商売ができない。だから、あなたを助けてくれるのは患者であって、MRIではない。

文 献
(1)OECD Health Data 2011, Paris, OECD, 2011.
(2)Chalela JA, Kidwell CS, Nentwich LM, et al. Magnetic resonance imaging and computed tomography in emergency assessment of patients with suspected acute stroke:a prospective comparison. Lancet 2007;369:293.
(3)Ikeda M, Matsunaga T, Irabu N, et al. Using vital signs to diagnose impaired consciousness:cross sectional observational study. BMJ. 2002;325:800
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