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学術・研究

医科2012.08.25 講演

妊娠中および授乳中の薬の使い方 ―母性内科の立場から― [診内研より]

国立成育医療研究センター 母性医療診療部 部長  村島 温子先生講演

 母性内科は、妊娠・出産を内科の立場からサポートするとともに、妊娠中に頭をもたげる糖尿病などの生活習慣病の兆しをキャッチし、未病に導く、発病を遅らせるという観点からの診療も行っている。
 このような科にとって、「妊娠と薬」は重要なテーマであり、「妊娠と薬情報センター」(http://www.ncchd.go.jp/kusuri/index.html)の活動も並行して行っている。

総 論

 薬剤は、臨床試験(治験)で有効性と安全性が評価されて、世の中に出てくる。
 しかし、妊娠中の安全性について臨床研究を行うことは倫理上不可能であるため、発売当初は動物実験の結果を参考にし、妊婦への使用の可否が決定される。発売後しばらくすると、市販後調査や疫学研究が行われ、少しずつヒトのデータが出てくるのである。
 このように、エビデンスの乏しい状況にあっては、妊娠中の薬剤投与は慎重になるべきであるが、薬剤服用を恐れて母体の全身状態が悪化するようであれば、かえって胎児への悪影響が懸念される。そのため、薬剤の危険性と有益性を検討した上で、判断することが必要になる。
 また、妊娠していると知らずに薬剤を使用してしまい、不安から妊娠継続をあきらめるケースもある。しかし、胎児へ悪影響を与える程度・確率から言うと、冷静に対応すべきケースがほとんどである。
 妊娠初期に薬や放射線に暴露されなくても、流産、先天性形態異常の自然発生率はそれぞれ15%、3%である。胎児へのリスクがある薬剤かどうかは、この自然発生率に比べて高くなるかどうかで判断される。
 妊娠中に薬物を使用する場合、添付文書を参考にするのは当然であるが、そのあいまいさの故か、臨床の現場ではFDA分類が重宝されてきた。しかし、3年前にこの分類方法は廃止され、記述式に移行しつつある。わが国でも、添付文書の見直しが進んでいる。
 催奇形性の明らかな薬剤を、表1に示す。催奇形性があったとしても、その頻度が高い薬剤は少ない。したがって、催奇形性がある薬剤を使用したまま妊娠したとしても、奇形の発生しない頻度についてまで言及すべきである。
 また、この表にはないが、リチウムは元々非常にまれなエブスタイン奇形の頻度が上昇、パロキセチンは心奇形の頻度がわずかではあるが上昇、という疫学研究が得られているが、これの解釈は非常に難しい。このような薬剤については、妊娠と薬情報センターをぜひご活用いただきたい。
 胎児毒性のある主な薬剤を、表2に示す。特に頻用されるNSAIDsの妊娠後期の使用は、注意が必要である。
 授乳中の薬剤使用は、母乳栄養のメリットの観点から、なるべく母乳栄養との両立を図るべきである。薬剤の乳汁への移行率などを考慮して判断するが、放射性物質と抗がん剤を除くと、ほとんどの薬剤が母乳との両立が可能である。

各 論(日常診療で使用する機会の多い薬剤の安全性)

○抗アレルギー薬
 第一世代抗ヒスタミン薬は、使用歴史、疫学研究結果などから、奇形のリスクは否定的と考える。しかし、ヒドロキシジン(アタラックスP®)は、995例対象のメタアナリシスでリスクは棄却されているにもかかわらず、口蓋裂、離脱症状の症例報告ならびに米国でも禁忌であることから、2006年6月にわが国でも禁忌となった。
 第二世代抗ヒスタミン薬のうち、大規模な疫学研究結果があるのは、セチリジンとロラタジンである。フェキソフェナジンも、中規模ながらデータがある。メディエーター遊離阻害薬、トロンボキサンA2阻害薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬、Th2サイトカイン阻害薬のほとんどがわが国で開発されたもので、疫学研究は皆無である。
 ヒドロキシジン(アタラックスP®)の他に添付文書上禁忌となっているのはオキサトミド(セルテクト®)、トラニスト(リザベン®)、トラニスト(アレギサール®)であるが、合理的な理由で禁忌になっているわけではない。
○抗菌剤・抗ウイルス薬
 セファム系、ペニシリン系、マクロライド系は、リスクがないと考えて良い。キノロン系は動物実験が根拠で禁忌となっているので、妊婦とわかっている場合には避けるのが無難であるが、中規模ながら疫学研究で胎児へのリスクはないか、あっても低いと判断できる。
 アミノグリコシド系は聴覚障害、テトラサイクリン系は歯牙着色と、胎児毒性の点から妊娠中は避けるべきである。
 インフルエンザの重症度を考えると、抗インフルエンザ薬の使用をちゅうちょすべきでない。オセタミビルはヒトでの経験上、ザナビルは薬物動態の点から優先される。抗ヘルペス薬のうち、アシクロビルとバラシクロビルは、疫学研究でリスクは否定的と判断されている。
○降圧剤
 妊娠中に降圧剤を必要とするのは、高血圧の女性が妊娠前ないしは初期から内服する場合と、妊娠高血圧症候群を発症した場合である。わが国でこれまで妊婦に有益性投与となっていたのは、メチルドパとヒドララジン、ニカルジピン(注射薬のみ)であり、他のCa拮抗剤は動物実験での催奇形性、ラベタロールは胎児への移行性を理由に妊婦禁忌となっていた。
 しかし、昨年、ニフェジピンは妊娠中期以降、ラベタロールは全期間において有効性投与に変更され、妊娠中の降圧剤の選択の幅が少し広まった。ただし、ニフェジピンの妊娠初期、他のCa拮抗剤は全期間にわたって禁忌のままである。
 アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は添付文書上、妊婦禁忌である。本剤の妊娠第1三半期の使用の安全性についてはいまだ結論は出ていないが、ほとんどの研究と症例報告では、先天奇形と第1三半期使用との強い相関はみられない。
 しかし、妊娠第2-3三半期の投与では胎児の低血圧と腎血流の低下による無尿から羊水過少となり、その結果胎児の手足の形成異常、頭蓋・顔面の異常、肺低形成などを起こすこともある。
 アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)はACE阻害薬と同様の症例報告があり、同様の扱いをすべきと考える。
○その他
 糖尿病は血糖のコントロールが不良であることが最大の催奇形因子であり、妊娠を考える女性にあたっては、とにかく血糖のコントロールが優先される。
 バセドウ病薬のメチマゾールは、特殊な先天異常のリスクが上がることが示され、妊娠中の使用に関するガイドラインが刻々変化していくと思われるので、甲状腺学会のホームページをフォローしていただきたい。


表1 催奇形性のある薬剤
  異常の内容
サリドマイド アザラシ肢症
男性ホルモン 女性外性器の男性化
Vit-A誘導体 小耳症、心奇形
クマリン誘導体 鼻の低形成
D-ペニシラミン 弛緩性皮膚
合成女性ホルモン 陰核巨大症・精巣低形成
抗てんかん薬 神経管欠損症など
ミソプロストール メビウス症候群、四肢切断
メトトレキセート 頭蓋骨早期癒合による顔貌異常
MMF(セルセプト) 顔面異常
 
表2 胎児毒性のリスクのある主な薬剤
薬剤の種類 症候
NSAIDs 動脈管早期閉鎖による肺高血圧症、羊水減少、分娩遷延
ACE阻害薬 胎児の低血圧と腎血流低下による頭蓋冠低形成や腎機能異常
AⅡ拮抗薬 胎児の低血圧と腎血流低下による頭蓋冠低形成や腎機能異常
アルコール 胎児アルコール症候群
タバコ 子宮内発育遅延
過剰なヨード 甲状腺機能低下
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