兵庫県保険医協会

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医科

[保険診療のてびき] アスベスト健康管理手帳申請・援助の取り組み

中央区・東神戸診療所(事務)  大槻  登
【共同研究者】中村勇造、長井良弘

はじめに
 東神戸診療所は、神戸港にも近く、戦後の日本経済を底辺から支えてきた、荷役や建設作業などの労働に従事された患者さんが、多くいます。その方たちの多くは、アスベストによる健康被害の事実も知らされず、また被害者救済の制度、健康管理手帳の制度のことも知らされないままでした。
 診療所の方針として、2008年「弱者の主治医宣言」を掲げ、2010年には「何でも相談会」の定例開催をしてきました。
 そして、2011年には、労働でアスベストによる健康被害を受けた患者さんのアスベスト健康管理手帳の取得に向け、申請援助に取り組んできました。その内容について、報告したいと思います。
生活保護患者の聞き取り調査
 診療所の患者層は、外来患者全体の約4割弱が生活保護の患者さんで、貧困層の方が多く住む地域にあります。
 2009年12月〜2010年3月、その生活保護の患者さんを対象に、全職員で分担して聞き取り調査を行いました。  昔、従事した仕事で石綿=アスベストに関係する仕事をしたことがないか、アスベストに体をさらした経験はないか、体の不調はないか、などの聞き取り調査を行いました。
 図1は、生活保護患者さん男性の石綿暴露歴です。調査した134人中60人が石綿に暴露された経歴がありました。図2は、女性の石綿暴露歴です。調査した93人中12人が石綿に暴露された経歴がありました。
 石綿に暴露された内容は、ほとんどの方が荷役などの港湾労働や建設現場で、そのほこりをかぶったりしたものでした。
劣悪な労働条件下の港湾労働
 1970年代までの港湾労働は、危険で過酷な労働が多く、労働者は劣悪な労働条件のもとで肉体労働を強いられていました。
 1960年代高度成長期には、港湾労働者の労働力不足が問題になりました。
 これに対応するため、労働力の確保、雇用の安定、福祉の増進を目的として、1965年に港湾労働法が制定されました。この制定により、不就労手当の支給に基づく日雇労働者の所得保障がなされるなど、一定の改善が見られるようになりました。
 また、日雇港湾労働者を公共職業安定所に登録して職業紹介を行う、雇用調整制度が設けられたりしました。
 しかし、業務内容が流動的で、仕事のある時とない時の波があることから、雇用が不安定であり、依然として日雇労働者に依存する背景がありました。また、人足寄せ場で山口組が暗躍し、中間搾取するという状況がありました。
 「わたしらアンコやったから」という、患者さんの話もありました。アンコとは深海魚のアンコウのことで、他の魚やカニ、ウニ、貝、小さなサメ、カモメやペンギン、(オスのアンコウ)など何でも食べる魚のことです。つまり、生きるために、何にでも食いつく、仕事を選べない、どんな仕事でも食いつかないと生きていけなかったという意味です。
 当時は、船が港に接岸できず、沖に停泊し、艀(はしけ)で荷物を岸に移していました。艀とは、貨物を積んで航行する底の平たい船舶です。長さは20m前後、幅は6m前後、深さ2m前後の鋼鉄製で、エンジンはなくタグボートで引いたり押したりして航行します。中には、居住空間のある艀もありました。本船に横づけして、クレーンで荷物を吊り上げて積み込んでいました。(図3、図4)
全職員会議による学習会
 東神戸診療所での取り組みについては、郷地秀夫所長より手帳申請の指導があり、2010年度に全職員会議で2回学習会を行いました。1回目は郷地所長を講師に「アスベストについて」、2回目は東神戸病院のケースワーカー・才田係長を講師に「アスベストにかかわる制度について」学習会をしました。
 事務職は、全員が担当者になり、手帳申請にかかわる方針を持ちました。月に1回の「なんでも相談会」も開催しています。
アスベストによる健康被害の救済制度
 (1)診察し、レントゲンや問診によって、吸い込んだことは推測できるが、それ以外に問題はない、症状もないという段階では、救済を受けるための制度はありません。
 しかし、アスベストは吸い込んだ量や期間や種類によって違いますが、20年から40年という長い潜伏期間の後に症状が出るため、経過観察は必要です。また、この時期にきちんとした問診を行い、健康被害にあった状況の把握や、業務上か否か、労働者であるか否かなどを明確にしておくことで、今後の手続きに有効になります。
 (2)両肺野にアスベストによる不整形陰影がある、または、アスベストによる胸膜肥厚があるという段階だと、健康管理手帳による定期的な健康診断の対象になります。
 アスベストを吸い込んだことが業務上か否かで、申請する手続きが異なります。業務上だと厚生労働省の健康管理手帳制度の対象になり、業務外だと県独自事業の健康管理支援事業の対象になります。
 (3)アスベスト肺・肺がん・胸膜、心膜または中皮腫・良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚と診断され、治療が必要となれば、業務上では申請により労災による「療養保障給付」が支給されます。
 労災として認められなかった場合、業務外だと「石綿による健康被害の救済に関する法律」(2006年3月施行)により、医療費などの救済給付を支給する制度があります。
健康管理手帳による健康診断
 (1)業務上の場合は、厚生労働省の健康管理手帳制度の対象になり、離職後の健康管理を行うことになります。申請窓口は、居住地の労働局です。
 県労働局長に申請し、審査を経て、手帳の交付を受けると、指定医療機関において年に2回、無料で健康診断を受けることができ、経過観察となります。
 (2)業務外、つまり労災適用外の場合は、県独自事業の健康管理支援事業の対象になります。申請窓口は、各区役所・神戸市保健福祉部です。
 指定医療機関を受診し石綿に係る精密検査を受診した結果、医師により石綿(アスベスト)関連疾患で経過観察が必要とされた場合に、経過観察に係る検査費用の自己負担部分を助成するものです。ただし検査は、胸部レントゲンとCT検査に限られています。
 対象者には、「アスベスト健康管理手帳」が交付されます。
事例提示
〈事例1〉
 労働局に申請し、「健康管理手帳」を取得できたケースです。
 78歳男性、高血圧症・胃潰瘍にて、2001年より通院、2008年11月、塵肺、肺気腫と診断。2010年12月、胸部レントゲン上での肺の繊維化、胸膜肥厚が認められ、アスベスト肺疑い。2011年1月、指定医療機関の神鋼病院へ紹介し、診断書を作成してもらい申請しました。
 この患者さんは、電気工事や配管工の仕事を転々とされた方ですが、一つの会社で厚生年金を1カ月納めていた記録があり、そのことが決め手となって、労働によるアスベスト健康被害と認められ、健康管理手帳を取得できました。
〈事例2〉
 区役所を通じて環境局に申請し、「アスベスト手帳」を取得できたケースです。
 80歳男性、腰椎椎間板ヘルニア、前立腺肥大、慢性腎不全にて2007年より通院、生活面の援助も必要で介護保険サービス導入、理解力の低下もみられました。2010年5月に指定医療機関にて、胸膜プラークが認められました。
 仕事は荷役の仕事についていたと思われますが、証明できるものがなく、労働局申請では却下となりました。ただ、診療所の援助にて、環境局申請でアスベスト健康管理手帳を取得できました。
申請援助活動の成果
 通院患者のうち、これまでに20人の方が手帳を取得されました。
 健康被害救済制度の紹介をし、ご自分で申請され手帳取得された方が多いですが、ご自身だけの申請では、理解力が乏しく困難と思われるケースの方などを援助してきました。
 援助活動の中で、労働局申請で手帳取得できた方が4人で、環境局申請で手帳取得できた方が4人でした。申請継続中の方が1人です。
結 語
 まだ進行中ですが、大切なこととしては、(1)全職員でかかわること、(2)患者さんとともに行動すること、(3)行政の窓口や指定医療機関との連携、(4)患者さんの社会的背景を知ること、などがあげられると思います。
 私たちは、今後も患者さんの立場にたち、制度の活用をはじめ、具体的な問題解決に向けて、引き続き行動する診療所をめざしていきたいと思います。
1742_4.jpg 図3、図4は、『はしけの社会史-神戸港の事例』(執筆・土井麻奈未、関西学院大学社会学部2011年3月島村ゼミ卒論要旨集)より改変
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