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SPring-8〜医療分野での展望〜 [支部研究会より]

独立行政法人 理化学研究所 放射光科学総合研究センター准主任研究員 米倉 功治先生講演

はじめに
 兵庫県佐用町には、強力なX線やX線自由電子レーザーを発生する世界最大の放射光施設、SPring-8とSACLAがあります(図1)。
 SPring-8は、Super Photon ring-8 GeV(80億電子ボルト)、SACLAはSPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laserを略して付けられた名称です。ここで作られるX線や電子顕微鏡を使って、最先端の生命科学研究が行われています。
分解能
 人間の体は、60兆個もの細胞から成り、それぞれが特定の機能を持つように分化しています。人間の細胞の大きさは、約10マイクロメートル(10−6m)で、脂質二重膜に取り囲まれた空間内に、細胞核、ミトコンドリアなどの細胞小器官が存在しています。
 いろいろな生命活動を担う主役は、タンパク質です。タンパク質は、20種類のアミノ酸が、百から千個つながった鎖状分子で、その並びに従って折りたたまれ、10ナノメートル(10−8m)程度の独特な形をとります。それぞれのタンパク質の機能は、原子の空間的配置が決定します。
 さて、「もの」をどれだけ細かく「見る」ことができるかの指標を、分解能と呼びます。プリズムで虹色に分かれる可視光の波長は、380−750ナノメートル程度で、その波長の約2分の1が分解能になります。従って、可視光でタンパク質を直接見ることはできません。原子の大きさは0.1ナノメートル(10−10m =1Å)程度であるため、タンパク質の原子配置を決定するためには、SPring-8やSACLAで作る波長0.1ナノメートル程度のX線が必要となるわけです(図2)。
SPring-8
 生体内のタンパク質には、いろいろな種類があり、複雑な形をしています。
 一例としてあげる細菌のべん毛は、細菌が水中を泳ぐために高速で回転するモーターです(図3)。約30種類の異なるタンパク質から構成されていて、まるで人工物のような複雑な構造をしています。
 タンパク質の立体構造を調べる代表的な方法が「X線結晶構造解析」です。これは、タンパク質の結晶を作り、X線を照射して得られる回折パターンから、その構造を決定する手法です。タンパク質一分子にX線を照射して得られる信号は弱く、その構造を調べることに用いることはできません。そこで結晶を作成し、弱い信号を増幅することが必要になります。
 ダイヤモンドや氷のような単純な物質では、分子が規則正しく並んだ結晶になることは容易です。しかし、複雑なタンパク質では、結晶になりにくいものが数多く存在します。多くの研究者が、タンパク質を結晶化するために、日夜努力を続けています。
 ひとたび、結晶が得られればSPring-8に持ってきて、強力なX線を照射することから、タンパク質の構造を決定します。その成果は、NatureやScience等の一流の科学雑誌を、毎週のように賑わしています。
 世界中から訪れる研究者が苦労して作成した試料を無駄にすることなく、高品質のデータ測定を効率良く行える放射光施設、それがSPring-8です。
SACLA
 2011年から可動したSACLAでは、対象とする試料は、必ずしも結晶に限られません。レーザー光線は、光の波面がそろい四方に広がらずに直進するという性質を持ちます。レーザーポインターは、その最も身近な応用例でしょう。
 SACLAは、世界最小の波長のX線のレーザーを発生させることができます。その強度は、SPring-8に比べて10億倍も高く、かつ、10フェムト秒(10−15 秒)程度の長さのX線パルスを、1秒間に60回発生させる能力を持っています。このような性質のX線を用いると、生理的な環境下にある細胞や細胞小器官を丸ごと、染色なしに構造を解析することが可能になってきます。また、生体分子が機能を発揮するためには、ダイナミックにその構造を変化させることが必要になります。
 SACLAでは、静止した状態だけでなく、動いている生体分子をストロボ写真のように捕らえることができ、生体分子が機能していく過程を明らかにする動画が得られる可能性があります。
X線と電子線
 小さなものの観察には、レンズで光を大きく曲げることが必要です。残念ながら、X線はほとんどのものを透過してしまうので、レンズを作ることはできません。X線を試料に照射して得られる回折パターンには独特の模様が表れ、これをコンピューターの中で人間が解釈できる構造に変換する操作が必要になります。
 対して、電子線は磁場の中で力を受け曲げられるので、レンズを作ることができます。これを応用したのが電子顕微鏡です。その波長は、X線よりさらに短い数ピコメートル(10−12m)になり、電子顕微鏡で、タンパク質、ウイルス、細菌等を直接観察することができます(図3左)。
 SPring-8は、これらいろいろな最先端の装置を備えた世界で唯一の施設でもあります。
医療分野への貢献
 私たちは、装置、手法の開発も進めながら、生命活動の原理を解明することを最大の目標として研究を行っています。そのために、SPring-8、SACLA、電子顕微鏡等、それぞれの装置の特徴を生かして、対象に取り組むことが必要になります。
 得られた情報は、創薬、病気の発症のメカニズムの解明にも繋がり、医療分野への貢献が期待されます。たとえば、ウイルスの感染に関わるタンパク質の構造からは、そのタンパク質に結合して機能を阻害する新しい薬をデザインすることに利用できます。
 今後の成果に、ご期待ください。
(姫路・西播支部第28回総会記念講演より、7月20日、見出しは編集部)

図1 SPring-8とSACLAの空撮
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図2 生命の階層構造と分解能
   私たちがSPring-8で決定したタンパク質の構造モデルを中央に示した。
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図3 大腸菌の電子顕微鏡写真(左)とべん毛モーターの模式図(右)
 細胞膜に埋まったモーター(右図の下部)が1秒間に300回も回転、細胞外に伸びたべん繊維(右図の上部)が水をかくことで、細菌は水溶液中を泳ぐことができる。左図の横棒の長さは1マイクロメートル。べん毛繊維は、10マイクロメートル以上の長さになる。
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