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学術・研究

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私は咳をこう診てきた [診内研より]

名古屋市・亀井内科・呼吸器科  亀井 三博先生講演

はじめに
 「咳」で悩む患者さんは毎日のようにプライマリ・ケアの現場に訪れる。「咳」を制するものはプライマリ・ケアを制すると言っても過言ではない。
 名古屋市栄という繁華街の中心にある、エスエル医療グループというグループ診療を行う医師集団の一員として開業してやがて20年、病院勤務医時代とは異なる患者さんたちと付き合いながら「咳」と奮闘してきた。今回はそのすべてをお伝えしたいと思う。それが皆さまの元を訪れる「咳」難民ともいえる人々と、皆さまのお役に立つことができたなら幸いである。
Ⅰ 私は咳をこう診てきた
1.咳、その原因の頻度
 今、自分が咳患者さんたちと向き合っている場所がどこか? それによって咳の原因疾患のそれぞれの頻度は異なってくる。それを知るために1年間、気道過敏性試験を行い、マイコプラズマ感染、百日咳感染、クラミドフィラ・ニューモニエ感染について可能な限り診断を試みた。症状がなくても鼻腔を観察し、咽頭後壁を観察してきた。痰が得られれば必ずグラム染色を心がけてきた。ステロイド吸入、β刺激剤、抗ヒスタミン薬、プロトンポンプインヒビターなど、さまざまな治療を単独であるいは組み合わせて使ってみた。
 このような日々の繰り返しから得られた筆者の診療所における咳原因疾患の頻度は、咳喘息といってよいような軽症気管支喘息、感染後咳症候群(マイコプラズマ、百日咳などの後の長引く咳)、そして後鼻漏による咳に代表される上気道咳症候群であると考えている。そしてそれらの割合は、大ざっぱにそれぞれ50%、30%、20%と見積もっている。GERD(胃食道逆流症)はかなり少なく、数%ではないかと考え、鑑別診断リストに挙がらないことが多い。
 このように筆者の咳診療は、当診療所の原因頻度から見積もった事前確率からスタートするのである。
2.頻度が決める咳への迫り方
 咳の原因疾患別の頻度から見積もった鑑別疾患リストとその事前確率を得られた病歴をもとに修正する、その確認のため理学所見をとる。そしてすべての患者のフロー・ボリュームカーブを見て閉塞性換気障害の痕跡を探る、胸部レントゲンを撮り、痰があればグラム染色を必ず行う、採血あるいは検体抗原チェックを行い、マイコプラズマ、百日咳、そして時にクラミドフィラ感染の可能性を探る。これが筆者の日常である。
 最も重視するのは病歴である。診療所に訪れる咳患者の多くは身体診察に所見がなく、胸部レントゲンも含め検査項目は何も異常がないことが多い。フロー・ボリュームカーブはおおいに診断のヒントになり、治療の選択のヒントになる。80%は病歴で診断できる、というより病歴に頼らざるを得ないのがプライマリ・ケアの現場の実情であるが、それはまた醍醐味でもある。
 還暦を迎えた筆者は年々、眼、耳鼻そして指先の触感が衰え、手技だけでなく理学所見でも若い医師たちの後塵を拝するようになってきた。病歴をとり、そこから診断を想起して所見を採らないと、所見を取り落とすことが増えた。病歴を磨かなければいけない。患者さんの話に耳を傾け、それを病歴として構築する技術はまだまだ未熟である。年齢を重ねても、あるいは重ねるからこそ上達するのが、病歴をとる能力であると感じている。「咳」は筆者に日々修練の機会を与えてくれているのである。
 治療に対する反応、経過は重要な診断ツールでもある。そして当院の「咳」原因疾患の頻度からいって、治療の主役はステロイド吸入+β刺激剤吸入の併用となる。
 感染後咳症候群もステロイド吸入+β刺激剤吸入の併用が筆者の方法である。ちまたで言われるより、有効性が高い印象である。初回の長引く咳のエピソードであって感染後咳症候群と診断し、予想より急速に吸入療法で咳が改善する人が多い。そして、いつの間にか咳で訪れる常連患者さんになっている。当院では気管支喘息をベースに持つ感染後咳症候群が多いという印象である。
 これはあくまでも当院における筆者の個人的体感からの戦略であるので、すべてのプライマリ・ケア医を訪れる「咳」患者さんに、ステロイド吸入+β刺激剤吸入の併用をすすめない。読者それぞれの診療現場での「咳」原因リスト頻度を知り、それぞれの診断治療戦略を立てることをおすすめする。
Ⅱ プライマリ・ケア医のような専門医のような立場から
 開業してやがて20年を迎えようとしている。筆者はプライマリ・ケア医のつもりで日々診療しているが、呼吸器科と名がつくため1日の来院患者さんの90%近くが咳関連の方たちである。
 そんな日々から得られた私の経験から読者に伝えたいメッセージは二つである。
 一つは、咳の裏に潜む気管支喘息を見つけ出していただきたいこと、そしてもう一つは、抗菌薬を使わない勇気を持っていただきたいことである(あるいは使うのには勇気がいることを知っていただきたい)。プライマリ・ケア医は気管支喘息が重症化の道をたどらないための、そして抗菌薬適正使用のためのゲートキーパーである。
Ⅲ 咳を巡る診療の果てに行き着くところ
 こうして真摯に咳と向き合っているうち、自然にそれに派生した形で息切れに悩む患者さんたちが集まってきた。COPD(慢性閉塞性肺疾患)に代表される息切れをきたす疾患は高齢者に多いため、ともすると年のせいとして、自らからも、そして医師からもあきらめられていることが多い。受診すらためらう人々も多い。プライマリ・ケア医のもとをそうした人々が訪れたとき、咳診療で磨いた病歴身体診察そして机の上の肺機能測定装置を用い、COPDであると診断していただきたい。
 COPDには抗コリン剤や新しい長時間作用型β刺激剤、あるいはステロイドなど、さまざまな吸入薬による治療介入の道がある。COPDであることを早期に診断し、その生活の質を改善する工夫を患者さんとともに考える。
 やがて否応なく、一部の患者さんたちは在宅酸素療法、そして在宅人工呼吸療法の時を迎える。そのときは診療の場を患者さんの足元=在宅へ移し、暮らしを整えるお手伝いをする。いわば人生の伴走者としてのプライマリ・ケア医の腕の見せどころである。ともに歩みながら、ともすると暗い道行きになりがちなその足元を照らす明かりでありたい。
 物語が紡ぎ終えられた時、それが明るい希望に満ちたものであってほしいと願いながら稿を終えたい。
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