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学術・研究

医科2015.02.07 講演

[保険診療のてびき] 節足動物由来の感染症 〜リケッチア感染症からデング熱まで〜

神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座 感染治療学分野(感染症内科)講師 大路  剛先生講演

1.節足動物由来の感染症とは
 節足動物とは昆虫類、甲殻類、蜘蛛類など外骨格を有することが特徴の動物の集団である。これらによる感染症には細菌感染、ウイルス感染、寄生虫感染症(原虫感染症、蠕虫感染症)などさまざまなものがある。なお、アルボウイルス(Arbovirus)とはこのくくりの中でも、特に節足動物によって脊椎動物に感染するウイルスの総称である。
2.日本と節足動物由来の感染症の長い付き合い〜過去から現在〜
 節足動物由来の感染症は、実は日本となじみの深いものである。
 例えば、世界における節足動物由来感染症の代表である蚊(ハマダラ蚊)によって媒介されるマラリアは、明治時代から日本でも多数の罹患者が出ていた。当時は北海道の雨竜原野、滋賀県の大津、名古屋、新潟県の新発田、福井県の鯖江、高知県などで流行が見られたとの報告がある。また、蚊(コガタアカイエカ)によって媒介される日本脳炎は、日本を中心として中国、韓国、ベトナム、タイなどが流行地域である。
 その他、マダニやツツガムシによって媒介される細菌感染症としては、ツツガムシ病、日本紅斑熱、BorreliaによるLyme病、B.miyamotoiによるダニ媒介回帰熱、Anaplasmaphagocytophilumによるアナプラズマ症などが存在する。
 マダニによって媒介されるウイルス感染症としてのダニ媒介脳炎の流行地域は、地球の北半球のオーストリア、スロバキア、ハンガリー、中国、ロシアなどを帯状にまたいで分布しているが、東の端が日本の北海道である。また近年、中国に続いて発見された、日本での重症熱性血小板減少症候群ウイルス(Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus:SFTSウイルス)もマダニ媒介性ウイルス疾患である。マダニ媒介性の寄生虫感染症としては、原虫感染症であるBabesia microtiによるバベシア症も淡路島での感染症例が報告されている。また日本ではまれであるが、シラミによって媒介される細菌感染症としてはBartonellaquintanaによる塹壕熱、Rickettsia prowazekiiによる発疹チフスなどが日本国内でも時折報告されている。
 少しニュアンスは異なるが、猫ノミからはBartonellahenselaeによる猫ひっかき病に感染することがある。
3.特に気をつけたい感染症
マラリア
 渡航者帰りの発熱は、まずマラリア流行地域からの帰国者ではないかという問診が必須である。マラリアは治療可能かつ緊急性が高い、渡航帰りの発熱疾患である。マラリアの診断方法には、1.顕微鏡による塗抹標本(ギムザ染色法、アクリジンオレンジ染色法)、2.マラリア原虫のDNAや抗原成分の検出法(PCR、ディップスティックテスト)、3.抗体検査法などがあるが、1の顕微鏡による塗沫標本が中心となる。人間に感染するマラリアは5種類、Plasmodium falciparum(熱帯熱マラリア)、 Plasmodium malariae(4日熱マラリア)、Plasmodium vivax(3日熱マラリア)、Plasmodium ovale(卵形マラリア)、Plasmodium knowlesiの5種類があるが、この中で熱帯熱マラリアが最も致死率が高く、緊急性が高い。
 2015年現在、いまだ日本では、世界での重症熱帯熱マラリア感染症治療の基本となる静脈注射アーテスネート製剤が使用できず、副作用の大きなキニーネが使用されている。重症熱帯熱マラリア以外ではメフロキン、アトバコン・プログアニル合剤などが使用される。またこれらの薬剤による治療のみでは3日熱マラリア、卵形マラリアが肝臓内に作る休眠体を殺すことができないためプリマキンを併用する。なおプリマキンは、G6PD欠損患者では重篤な副作用を起こすため、事前にG6PD欠損の有無について検査することが必要である。

デング熱
 デング熱は、同様の症状をきたすチクングニア熱と同様、発熱、皮疹、関節痛を来す疾患で、Flavivirus科のデングウイルスによる感染症である。デングウイルスには四つの血清型があり、一度感染後には同一の血清型には感染しないが、違う血清型に感染することで重症化しやすいと考えられている。また、ロキソフェナクなどのNSAIDsを併用することでも重症化のリスクが上がるとされている。
 診断には、デング熱のNS1抗原に対する迅速キットや血清抗体の上昇などで診断される。治療法は基本的に対症療法である。

リケッチア感染症:ツツガムシ病と日本紅斑熱
 日本国内におけるマダニなどによる感染症によるものの中では、最も頻度が高く重要である。マダニやフトゲツツガムシに吸血されたあと5日から21日の潜伏期の後に発熱、皮疹などで発症する。
 臨床検査においては血小板減少や肝酵素の上昇が認められる。確定診断には血清抗体の上昇で行う。現在、日本国内ではKato、Karp、Gilliamの抗体検査が可能(保険収載あり)であるが、これら以外のKuroki、Kawasaki株では偽陰性になることもあるので注意が必要である。
 治療には、ドキシサイクリンなどテトラサイクリン系薬剤を使用する。ベータラクタム系抗菌薬は無効なので注意が必要である。

重症熱性血小板減少症候群ウイルス(Severe fever with thrombocytopenia syndrome virus:SFTSウイルス)
 前述のように近年、日本で発見されたウイルスである。他のリケッチア疾患と同様にマダニ咬傷によって感染する。腹痛や臨床検査での血小板減少など非特異的な症状や検査所見で病歴が診断の鍵となる。治療法はなく、致死率は報告によりばらつきはある。
 診断には、血清抗体などによって行うが所轄保健所に相談する必要がある。体液からの人人感染の報告もあり、体液には標準予防策できちんと対処する必要がある。
 この疾患と同様な経過をとるものとして、前述のリケッチア感染症があるが、リケッチア感染症では治療可能である。マダニ咬傷後の発熱患者をSFTSと決めつけることでリケッチア感染症の治療を遅らせてしまってはいけない。
(2月7日 薬科部研究会より)
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