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生活習慣病の時代的変遷と今日の課題 〜久山町研究〜[診内研より487]

公益社団法人 久山生活習慣病研究所 代表理事  清原  裕先生講演

 福岡県久山町において長年にわたり継続している生活習慣病の疫学調査(久山町研究)の成績より、わが国の地域住民における生活習慣病の時代的推移と現状を明らかにし、現代の課題にふれる。
1.久山町研究とは
 福岡市の東に隣接する久山町(人口8,400人)の住民は、年齢・職業構成および栄養摂取状況が日本の平均レベルで推移している典型的な日本人のサンプル集団である。
 久山町研究では、1961年、1974年、1983年、1993年、2002年に行われた循環器健診を受診した40歳以上の住民より、それぞれの年代を代表する集団を設定し、いずれも同じ方法で追跡している。各集団の健診受診率は高く(ほぼ80%)、追跡率が100%に近い追跡調査がなされている。また死亡者を原則として剖検し、その死因とともに隠れた疾病の有無を詳細に調べている(通算剖検率75%)。
 つまり、各集団の健診・追跡調査の成績は偏りがほとんどなく、この地域における各時代の生活習慣病の実態とその動向を正確に反映していると考えられる。
2.心血管病の時代的変化
 久山町の上記5集団をそれぞれ7年間追跡した成績を比較し、年齢調整後の脳梗塞および心筋梗塞発症率の時代的推移を検討した。その結果、男性の脳梗塞発症率は1960年代から1990年代にかけて着実に低下したが、その後2000年代は横ばいであった。女性の脳梗塞発症率は1960年代から1970年代にかけて大幅に低下し、その後はゆるやかに低下した。一方、心筋梗塞発症率には男女とも有意な時代的変化はなかった。
 1961年、1974年、1988年の久山町の健診受診者(40歳以上)をそれぞれ13年間追跡した成績を用いて脳梗塞発症例をタイプ別に分け、その発症率の推移をみると、ラクナ梗塞の発症率は1961年の集団から1988年の集団にかけて男女で有意に低下したが、アテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓症の発症率にはほとんど時代的変化は認めなかった。その結果、各集団の脳梗塞発症例の病型別内訳をみると、ラクナ梗塞の割合は1960年代の集団では最も大きかったが、その後時代とともに減少した。逆に、この間アテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓症の割合は相対的に増えた。
 従来、日本人はラクナ梗塞の割合が大きいのに対し、欧米白人は心原性脳塞栓症とアテローム血栓性脳梗塞が多いことが人種的特徴とされてきた。久山町で認められる脳梗塞タイプの時代的変化は、日本人の脳梗塞パターンが欧米型に移行しつつあることを物語っているといえる。
3.心血管病危険因子の時代的推移
 このような心血管病の時代的変化は、その危険因子が時代とともに変動したことによってもたらされたと考えられる。そこで、前述の久山町5集団の健診時に測定した心血管病危険因子の頻度を年齢調整して比較し、その時代的推移を検討した。
 心血管病の最も強力な危険因子である高血圧の頻度に大きな時代的変化はなかったが、高血圧者の血圧レベルは時代とともに着実に低下した。一方、この間、肥満、糖代謝異常、脂質代謝異常など代謝性疾患が急増した。喫煙頻度は男女とも時代とともに低下した。
 高血圧管理と禁煙の普及による予防効果を代謝性疾患の増加が打ち消していることが、近年心血管病のリスクが減少しなくなり、脳梗塞パターンが欧米化している大きな要因と考えられる。
4.追跡研究における心血管病とその危険因子の関係
 心血管病発症とその時代的変化の要因をさらに理解するために、心血管病とその危険因子の関係を追跡研究の手法で検討した。
 1988年の集団の追跡調査では、高血圧は心血管病発症との間に密接な関係があり、正常血圧のレベルも無害とはいえず、心血管病の予防には厳格な血圧管理が必要と考えられた。
 また、久山町の追跡調査では、わが国で急増している糖尿病、脂質異常症、肥満、メタボリックシンドロームの代謝性疾患は脳梗塞および虚血性心疾患の重要な危険因子であった。とくに、糖尿病にメタボリックシンドロームが合併すると心血管病のリスクが相乗的に増加した。喫煙と高コレステロール血症の間にも相乗効果が認められた。
5.糖尿病の新たな合併症
1)悪性腫瘍
 近年、糖尿病の新しい合併症として悪性腫瘍が注目されるようになった。そこで1988年の久山町の健診で75g経口糖負荷試験により糖代謝レベルを正確に調べた住民の追跡調査において、耐糖能レベル(WHO基準)と悪性腫瘍死との関係を検討した。その結果、糖尿病レベルのみならず、空腹時血糖異常(IFG)および耐糖能異常(IGT)レベルでも悪性腫瘍死のリスクが有意に高かった。またこの集団では、空腹時血糖値およびヘモグロビンA1cレベルの上昇は、胃癌発症の有意な危険因子であった。
 糖尿病のみならず糖尿病に至らない軽度の糖代謝異常と悪性腫瘍の間には密接な関連があり、糖尿病診療や糖代謝異常を有する住民の健康指導において、新しい合併症として悪性腫瘍を常に念頭におく必要があると考えられる。
2)老年期認知症
 わが国では、高齢人口の急速な増加とともに認知症患者が大幅に増加している。久山町の高齢者を対象とした認知症の疫学調査では、認知症、とくにアルツハイマー病(AD)の有病率は年齢調整しても時代とともに有意に上昇していた。つまり人口の高齢化のスピードを超えてADの有病率が増加しているといえる。この認知症、AD増加の要因を明らかにするために認知症の危険因子を検討すると、糖尿病、とくに食後高血糖を反映する糖負荷後2時間血糖レベルの上昇がADの発症リスクと密接に関連していた。
 近年わが国では、糖尿病を含む糖代謝異常がとくに高齢者で増えているが、それが認知症、とくにADの有病率を増加させている大きな要因である可能性が高い。
 その他、高血圧は血管性認知症の有意な危険因子であったが、ADとの関連は認めなかった。中年期から老年期にかけての喫煙習慣はADおよび血管性認知症の有意な危険因子であった。一方、運動習慣および野菜豊富な和食に牛乳・乳製品を加えた食習慣は認知症のリスクを低下させた。
6.まとめ
 わが国の一般住民では、時代とともに糖尿病を含む糖代謝異常、脂質異常症、肥満、メタボリックシンドロームなど代謝性疾患が大幅に増え、心血管病に与える影響が増大している。それに加えて、急増している糖代謝異常は、悪性腫瘍とともに高齢者認知症の重要な危険因子であることが明らかとなった。超高齢社会を迎えたわが国では、高血圧管理と禁煙をこれまで以上に厳格に行うとともに、糖尿病をはじめとする代謝性疾患の予防・管理を徹底することが国民の健康を守るうえで大きな課題になったといえる。
(4月2日、診療内容向上研究会より)
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