兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2016.06.25 講演

プライマリケアにおける腹痛診療を見直す[診内研より488]

広島大学病院 総合内科・総合診療科 教授  田妻  進先生講演

要 旨
 実地臨床の現場では腹部救急疾患に遭遇することが多い。急性腹症は迅速な対応が必要な急性腹部(胸部等も含む)疾患であり、短時間での的確な診断と治療が必要である。ただ実際には診断に難渋する場合や初期対応に苦慮する場合も少なくない。
 従来、急性腹症全般を対象とした指針はなく、その臨床現場での指導も当然ながら系統的に遂行することが困難であった。しかし画像診断の進歩を経て診察法も変化し、急性腹症の診療指針として急性腹症診療ガイドラインが日本腹部救急医学会、日本プライマリ・ケア連合学会、日本医学放射線学会、日本産婦人科学会、日本血管外科学会の協力により2015年3月に作成された。2016年6月25日に開催された第518回診療内容向上研究会(兵庫県保険医協会主催)の講演ではその概要と活用法を含めて、プライマリケアにおける腹痛診療を見直すことを提案した。
1.プライマリケアの実態と診療連携
 プライマリケアの実態、すなわち一般市民の受療行動は存外に普遍的であり、医療の進歩や制度の変遷による影響は限定的である。対応する診療体制は、(1)何らかの健康問題が生じた際に初期対応するプライマリケア医・家庭医、(2)病院での診療を必要とする場合に対応する病院総合医、さらに(3)高度な医療を必要とする場合(例えば大学病院を代表とする先進的医療機関が担う医療)に対応する高度技能医・臓器専門医の連携によって成り立っている(図1)1)。その連携を効率的に遂行するためにガイドラインの活用が有効である。
2.プライマリケアに求められる診療スキル
 広島大学病院におけるWalk-inの現状からプライマリケアの実態を検証すると、表1に示すように15歳以上の受療動機は腹痛が第1位(15%)である2)。さらに15歳未満でも第5位(5%)に腹痛が挙がっており、幅広い年齢層における一定以上の頻度に認められる。
 急性腹症診療ガイドライン3)が示す疫学情報から"腹痛"は消化器疾患にとどまらず多彩な疾患を背景とする症状であることが理解できる(表2)。急性虫垂炎(23.3%)、胆道疾患(8.8%)が上位を占めており、効率的で精度の高い診療を遂行するために確かな消化器系診療スキルが求められる。一方、非特異的腹痛も33%に認められて心身両面に配慮したスキルの必要性が示されている。
 消化器症状に限らず多彩な受療動機に対する初期対応として、発症様式から時間的要素までの一連の問診(OPQRST)と身体診察から臨床推論を展開して感度・特異度の高い臨床検査・画像診断を進める(図2)。症候や原因疾患、関係臓器を絞り込む"問診のコツ"を基本として画像診断(腹部超音波検査と内視鏡検査、CT読影力)のスキルを身に付けたい。急性腹症における急性虫垂炎の非観血的診断手技としての腹部超音波検査スキルは極めて有用である(図3)。さらに胆道疾患でも頻度の高い胆石症について拾い上げ診断・質的診断・局在診断・合併症評価を習熟しておきたい。次に消化管内視鏡検査を経鼻アプローチで取得しておくと応用範囲が広がる。
3.非特異的腹痛症へのアプローチ
 前述の当科外来における消化器症状を伴う受療者480名および消化器系精査希望で受診した44名における最終診断の内訳として、消化器以外の臓器に起因するものが5%、器質的な異常を検出しなかった例が14%と、非特異的腹痛症は比較的高い数字を示した(表3)。急性腹症でも33%と同様の現象を認めたことからMAPSOと呼ばれる問診手法が有効なツールとなる(表4)。本ツールの詳細は他誌を参照されたい4)
4.総合診療医の役割 〜臓器専門医との連携〜
 総合診療医の役割として、(1)初期診療においてどこまでを担当するのか、(2)そこに求められる診断スキルとは何か、(3)専門医への紹介の要否とタイミング、という3点が常に問われている。その(1)は(2)に連動しており、その熟練により(3)への対応能力が養われる。効率よい医療面接から的確な臨床判断を進めて診療方針を立案・実施するために、1)病歴から必要な診療を絞り込む臨床判断力、2)身体診察能力、3)臨床検査の解釈力を磨き、初期診療(介入)の要否と緊急度を正しく判断して、臓器専門医との連携を充実させることが重要である。
おわりに
 プライマリケアに対応する総合診療医に求められる診療スキルについて私見を交えながら解説した。総合診療医の複合的診療能力はすでに専門的能力として認識されつつあり、その活躍を社会が強く期待している。

引用文献
1)Green LA, Fryer GE Jr, Yawn BP, et al. Ecology of medical care revisited. N Engl J Med. 2001 Jun 28;344(26):2021-5.
2)田妻 進.病院総合診療と消化器系スキル〜複合的専門能力を活用する発想〜.日本病院総合診療医学会雑誌2010;1:6-9.
3)急性腹症診療ガイドライン出版委員会編:急性腹症診療ガイドライン2015、医学書院、東京.2015
4)井出広幸ほか編:ACP内科医のための「こころの診かた」−ここから始める!あなたの心療、丸善出版2014
(6月25日、診療内容向上研究会より)
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