兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

医科2016.08.06 講演

[保険診療のてびき] BPSD治療における抑肝散加陳皮半夏の位置付け

横浜新都市脳神経外科病院内科・認知症診断センター部長 藤田保健衛生大学救急総合内科客員准教授
眞鍋 雄太先生講演

従来のBPSD治療
 従来のD2受容体遮断薬一辺倒なBPSD治療から、認知症の行動・心理症状(BPSD)治療における基本投与薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(AchEIs)を選択というのが、現状であろう。これは、McKeithらによる、幻覚や妄想、無為、異常行動といったBPSD治療にはD2受容体遮断薬よりAchEIsの方が合理的かつ安全とする報告が嚆矢となっている1)
 とはいえ、AchEIsもall mightyな薬剤というわけではなく、不安・焦燥といったセロトニン系のBPSD症状には有用性が低く、かえって症状の増悪を来す場合もある2)。したがって、BPSDと一概に言っても、症状によってはAchEIsを第一選択とするのではなく、evidenceを有する他の薬剤を選択することが肝要となる。
BPSD治療における抑肝散の効果
 こうした中、最近ではその手軽さおよび有用性からか、BPSD治療全般に抑肝散が選択される傾向が、特にかかりつけ医レベルで見られる。同剤のevidenceはそれなりに蓄積されており、基礎研究を含めBPSDに対する薬理学的機序も明らかにされている。特に、構成生薬成分である釣藤鈎には5-HT1A受容体パーシャルアゴニスト作用および5-HT2A受容体ダウンレギュレーション作用があり3),4)、これが抗不安および抗うつ作用を、D2受容体遮断作用やNMDA受容体遮断作用が幻覚・妄想、興奮、異常行動の改善をもたらすことが分かっている。上述したevidenceの積み上げを受けて行われたレビー小体型認知症(DLB)に対する多施設合同臨床研究(研究責任者:小阪憲司横浜市立大学名誉教授)は、BPSD治療の選択肢の一つとして抑肝散が広く用いられるようになった契機といって過言ではないだろう5)
 抑肝散には、加味方である抑肝散加陳皮半夏という漢方製剤も存在する。これは、抑肝散に陳皮と半夏を加えた日本独自の漢方製剤である。陳皮には脱髄したミエリンの再生作用やセロトニン系を介した抗不安作用や、食欲増進作用を示すグレリンの分泌促進を示すヘスペリジンや6)、アミロイドβ蓄積抑制およびコリン作動性神経の変性抑制作用を有するノビレチンが含まれており7)、その薬理学的背景からは、不安や焦燥といったBPSDに抑肝散以上の有用性が期待される。ところが、本剤に関する臨床研究報告は極めて少なく、それなりの症例数で行われた検討は、宮崎によるAlzheimer型認知症に伴うBPSDへの有用性の検討くらいである8)
抑肝散加陳皮半夏の有用性研究
 そこで筆者らは、同剤のBPSDへの有用性に関し、特に反応を示す症状や投与用量による違い、疾患別の有用性、セロトニン系神経に関連するBPSDへの有用性の有無を21例の連続例を対象に検討した9)
 詳細に関しては、筆者らによる既報を参照されたいが9)、結果は同剤を3.75g/日および7.5g/日内服した両群ともにNPI-10における総点の改善が統計学的有意差をもって認められた。また、投与方法の異なる2群の検討では、3.75g/日で効果が認められた場合、同じ用量を継続してもその効果は持続することが示唆され、効果不十分であった場合は7.5g/日へ増量することで改善が得られる可能性が示唆された。ちなみに、低用量群と高用量群との違いの一つにDLBの占める割合があり、前者では50%がDLBであったのに対し、後者は29.45%に過ぎず、こうした疾患の違いが反応性の違いとして影響している可能性も示唆された。
 下位項目の検討では、「興奮」および「異常行動」で有意差が得られた一方、関心を寄せたセロトニンに強く関連する「不安」や「易刺激性」に関しては、臨床データ上は改善を認め症状変化のレーダーチャートでも改善傾向を確認できたが、統計学的有意差のある改善は認められなかった。
まとめ
 いずれにしろ、このpreliminary studyから、抑肝散加陳皮半夏もBPSD治療において有用な選択肢であることが示され、抑肝散では有意差を示さなかった1日1回投与(2.5g/包/日)でも、加味方の場合は有用性を示すことが分かった(3.75g/包/日)。また、セロトニン系の関与が強いBPSDに関しても、改善をもたらす可能性があることも分かった。現在も症例数を増し、抑肝散加陳皮半夏のBPSDにおけるセロトニン系諸症状への有用性を検討しており、近々新しい知見を報告できると考えている。
(8月6日、薬科部研究会より。小見出しは編集部)

参考文献
1)McKeith I, Del Ser T, Spano P, Emre M, et al.:Efficacy of revastigmine in dementia with Lewy bodiew:a randomised, double-blind, placebo-controlled international study. Lancet, 356:2031-2036(2000).
2)Manabe Y, Ino T, Yamanaka K, Kosaka K. Increased dosage of donepezil for the management of behavioural and psychological symptoms of dementia in dementia with Lewy bodies. Psychogeriatrics, 16:202-208(2015).
3)五十嵐康:抑肝散の作用メカニズムの解明,Geriatric Medicine(老年医学),46(3):255-261(2008).
4)五十嵐康、川上善治、菅野仁美、関口協二、他.:抑肝散のグルタミン酸トランスポーター賦活作用とセロトニン1A受容体パーシャルアゴニスト作用,脳21, Vol.12, No.4, 13(409)-19(415)(2009).
5)Iwasaki K, Kosaka K, Mori H, Okitsu R, et al.:Open label trial to evaluate the efficacy and safety of Yokukansan, a traditional Asian medicine, in dementia with Lewy bodies, J Am Geriater Soc. 59:936-938(2011).
6)Ito A, Shin N, Tsuchida T, Okubo T, et al.:Anxiety-like effects of Chimp(dried citrus peels)in the elevated open-platform test, Molecules. 18:10014-10023(2013).
7)Sati N, Seiwa C, Uruse M, Yamamoto M, et al.:Administration of chinpi, a component of the herbal medicine Ninjin-Youei-To, reverses age-induced demyelination, Evid Based Complement Altemat Med. 2011;2011:617438. doi:10.1093/ecam/neq001. Epub 2011 Jun 5.
8)宮崎仁朗.:アルツハイマー型認知症に対する抑肝散加陳皮半夏の臨床的検討,精神科.14(6):535-542(2009).
9)眞鍋雄太、横山晴子、藤城弘樹、他.:認知症の行動・心理症状に対する抑肝散加陳皮半夏の有用性の検討,老年精神医学雑誌 27(4),438-447(2016).
※学術・研究内検索です。
歯科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(医科)
2017年・研究会一覧PDF(医科)
2016年・研究会一覧PDF(医科)
2015年・研究会一覧PDF(医科)
2014年・研究会一覧PDF(医科)
2013年・研究会一覧PDF(医科)
2012年・研究会一覧PDF(医科)
2011年・研究会一覧PDF(医科)
2010年・研究会一覧PDF(医科)
2009年・研究会一覧PDF(医科)