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学術・研究

医科2017.05.13 講演

大人の発達障害の理解と対応[診内研より497]

北里大学医学部精神科学 地域児童精神科医療学  井上 勝夫先生講演

発達障害の分類
 大人の発達障害は精神科診療領域の一部に過ぎないが、最近話題になっている。啓発で理解が広がっているが誤解も懸念される。ここでは、児童精神科医・精神科医・臨床心理士である筆者の立場から大人の発達障害の基本事項、課題と対応を説明し、プライマリケア医や産業医ができることにも触れたい。
 そもそも「発達障害」との言葉が紛らわしい。文字通り"発達の障害"と受け止めるのは間違いである。また、「発達障害」は診断名ではない。「発達障害」は、いくつかの精神疾患、臨床では主に、知的障害Mental retardation:MR、学習障害Learning disability:LD、自閉スペクトラム症Autism spectrum disorder:ASD(広汎性発達障害Pervasive developmental disorders:PDDとほぼ同じ)、注意欠陥多動性障害Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: ADHDを総括する言葉である。
 なお、よく口にされるアスペルガー症候群はPDDのひとつである。PDDを略して発達障害と言う人がいるので話が混乱しがちである。筆者は「発達障害」はなるべく使わない方がいい言葉だと考えている。そして「発達障害」の理解とは、すなわち、MR、LD、ASD(PDD)、ADHD個々の疾患の理解にほかならない。
MRの理解
 MRは、生来または発達早期から知的な能力の発達が遅れるものをいう。診断の目安は知能指数70未満とされる。18歳で知能指数60なら精神年齢は約11歳相当となる。見た目も期待される役割も成人間近となるものの、当事者の認識・判断・表現・実行力は小学校高学年程度である。
 児童の場合、言語発達、学習習得、自立的行動全般の遅れで気づかれることが多い。大人での留意点として、難しそうな言葉も使うのでハンディが分かりにくいこと、言われたことを理解したように反応しても実は分かっていないことがあること、過度に真面目で応用がききにくく自分を追い込みがちなことがあげられる。
LDの理解
 LDは、全般的な知的発達の遅れ、視覚や聴覚障害、情緒障害、学習機会の剥奪などの環境要因なしに、聞く・話す・読む・書く・計算・推論のうち特定の領域の習得と使用に著しい困難を示すものをいう。「書き」のLDであれば、幼児期は図形の模写が苦手、学齢期はひらがな・カタカナ・漢字などの書字の困難(テストは筆記なので学力全体の評価は不良)がみられる。成人期では、機会に恵まれればワープロの使用が書字困難の代替手段になりうる。
 医療より教育で対応すべきだが、文部科学省が指導しているほど教育現場にLDの評価、支援システムが浸透していないことが指摘される。大人でもLDの支援は行き届いていないが、工学的支援ツールの開発と利用が模索されている。
ASD(PDD)の理解
 ASD(PDD)は、種々の特性の複合体といってよいであろう。その特性とは、社会的相互作用やコミュニケーションの質的障害、関心・興味の極端な狭さ、独特の拘りや感覚異常などである。知的能力は様々である。展開例として、知的障害を伴う場合、幼児期は保護者にほとんど懐かず他児に関心がなく言葉が遅れ、単調な遊びにふける様子がみられる。学齢期になると、言葉は依然として遅れがちで、物事がパターン通りに進まないと混乱する様子が幼児期よりさらに目立つかもしれない。成人期では、特別支援学校などでの訓練を通じルーチンの課題をこなす作業所に通所し安定して過ごせるようになることが多い。
 知的障害を伴わない場合、幼児期に言葉の遅れはないが言動が一方的、何気ない音で耳を塞ぐといった聴覚過敏がみられることがある(触覚や味覚過敏、痛覚の鈍感がみられることもあり、これらは知的障害を伴う場合もありうる)。学齢期では、学業はよくできるが態度が一方的なため仲間関係で摩擦が頻発しがちで、イジメの標的になることもある。成人期では程度に個人差はあるものの、相手の気持ちをくむことができず一方的で、曖昧な指示などを理解できないもののルーチン作業で能力を発揮することが多い。
 研究職などの狭い分野で活躍することもある(この場合、ASD特性があったとしてもASDだと病気扱いする必要はない)。一方、営業職などアドリブを求められる状況で混乱しがちである。なお、"場の空気が読めない=ASD"との意見をしばしば耳にするが、MRでも他の事情でも場の空気が読めないことはありうるので、そのような構図で考えない方がよい。問題の本質は、場の状況をどう読み間違えたか、そしてその誤解の仕方がASD特性を踏まえないと説明できないかどうかである。
 課題として、疾患概念や診断名はまだ模索中で知見も蓄積中である一方、法制度や啓発が先走りして対応が追いついていないこと、過剰診断、ASDとはいえないのに「発達障害」を自称する者の出現がある。
 大人での留意点として、評価、診断ともより複雑で、他の精神疾患との鑑別診断や併存診断も必要なこと、対応が医療のみで完結しないため職場や家族や福祉機関などとの連携が必須であることがあげられる。そもそも、ASDと診断するか、周囲の者にASD特性への配慮を求めるだけにとどめるかの判断が必要なこともあり、諸条件を考慮した柔軟性が精神科医に求められる。安易に医療化しない方がよいかもしれない。
ADHDの理解
 ADHDは、児童期早期から顕在化する過度な不注意・多動・衝動性が続くものである。知的水準は様々である。幼児期は、迷子になりやすい、道路に飛び出す、幼稚園で座れない、好奇心が旺盛過ぎるなどの様子がみられやすく、学齢期では授業中落ち着きなく立ち歩くことがあり、忘れ物、なくし物が多く、学校でも自宅でも集中が続かず著しく注意散漫が目立つ。成人期まで不注意症状が続いた場合(約半数は続くとの見解がある)、段取りなどの不手際が多く、整理整頓ができないといった様子がみられる。
 課題として、不注意、多動、衝動性ともADHDに特有でないことによる誤診やADHD治療薬の安易な処方がある。大人の診療の留意点として、発達歴を含めた綿密な診断と鑑別診断、ADHD治療薬使用のときの具体的目標の共有と、薬物治療開始後の減量や中止の慎重な検討があげられる。
発達障害の理解を日常診療に生かす
 筆者は、プライマリケア医が大人の発達障害を見出す必要はないが、発達障害の対応のノウハウを普段の診療で応用することが可能と考える。それは、診察場面での会話の工夫である。患者の言葉から真意をくみ取る工夫に加え、医師の説明のときに"患者が使う言葉を使う"ことがあげられる。
 産業医の役割としては、従業員の適性に無配慮になりがちな企業の人事に対し、業務内容と従業員の特徴を照らし合わせ、特徴が最も発揮される配置転換についての医師としての意見提示がある。福祉制度の利用が必要な場合は精神科医による診断が欠かせない。ほかに、記憶に頼らず手帳を上手に利用するなど予定の整理と明示、色違いのファイルボックスの利用など整理しやすい環境作り、そして、指示の際に曖昧な言葉や代名詞を使わず、より具体的な内容をはっきり言うといった、ごく常識的な工夫も重要である。当たり前のことをきちんと実行することが案外重要なのである。
 ついでながら、ある大人の人が困っているときに、発達障害かどうかのみを議論するのは誤りである。困った状況を解決しようとするときに、発達障害の観点が役立つかどうか、そして、実際に困った状況がそれで解決されるかどうかが重要なのである。これもごく当たり前のことである。
(5月13日、診療内容向上研究会より、小見出しは編集部)
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