兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2017.11.26 講演

診察室で患者さんの元気を引き出す接し方
[保険診療のてびき](2017年11月26日)

神戸松蔭女子学院大学 人間科学部心理学科 教授  坂本真佐哉先生講演

はじめに
 健康への喪失感を抱えた診察室の患者さんを元気にする言葉のかけ方について、私の専門であるカウンセリングの分野から考えてみたいと思います。私の専門は臨床心理学ですが、中でも家族療法やブリーフセラピー(短期療法)、ナラティヴ・セラピーという分野が専門です。この領域は、人の内面としての「心の問題」というよりも、人と人の相互作用の文脈の中で「問題」を捉え、解決について患者さんと共に考えていく領域です。
 患者さんを取り巻く人間関係は、もちろん家族をはじめさまざまであり、その人間関係の相互作用の中で患者さんは元気になり、時には傷ついてしまうこともあるでしょう。では、どうすれば診察室の会話によって、患者さんの元気を引き出すことができるでしょうか。
会話のバリエーションとしての問いかけ
 医療現場では、良質な信頼関係の上での直接的な励ましが奏功する場合も多いでしょうが、反対に単なる慰めや一方的な励ましだけでは、なかなか元気を取り戻してもらえないことを経験した方も少なくないでしょう。元気を引き出す会話のバリエーションが多いほど、臨機応変なコミュニケーションが可能になるのではないでしょうか。
 私はそのバリエーションの一つとして、問いかけ(質問)を行うことにヒントがあると考えています。自らの「元気の素」を一番よく知っているのは、実は私たち専門家ではなく、患者さん自身であるはずです。よって、短い会話の中で効果的な問いかけ(質問)ができれば、患者さんの元気を引き出すことができるでしょう。ただし、ここでの問いかけは、単に情報を引き出すためのものというよりも、問いかけを中心とした会話によって患者さんと共につくり上げていくものなのです。
元気を共につくり上げる会話とは?
 元気を共につくり上げるためには、「元気のない原因」を見つけようとするよりも、「すでにある元気」を見つけることが大切です。無論、原因を見つけて、解決できることもたくさんあります。
 例えば、症状によって元気がなくなっているのであれば、症状の軽減が元気の回復につながるでしょう。しかし、原因をつきとめたとしても、原因が除去できない場合もあります。病気や症状が難治である場合や人間関係に原因がある場合などは、シンプルに解決に至ることが難しいかもしれません。また、人間関係に関する場合は、原因を見つけようとすること自体が誰かを悪者にしてしまい、さらに事態をこじらせてしまう場合もあります。
 このように、元気がなくなる原因(問題)にはさまざまなものがあるでしょうが、元気がなくなることで、本来持ち合わせていたはずのあらゆることに対する自信がなくなってしまい、柔軟性までもが欠如し、副次的なコミュニケーションの滞りによって、ますます解決に向かいにくい状況が生じるものと考えられます。
 よって、原因いかんに関わらず、問いかけを中心とした会話によって、本来患者さんが持っていた(1)自信、(2)柔軟性、(3)コミュニケーションなどが回復されれば、病気そのものに対する心構えや、人間関係の問題に向けての解決能力の回復につながるのではないかと考えます。
新たなストーリーの探索
 オセアニアから発展した心理療法であるナラティヴ・セラピーでは、私たちは、私たちの人生をストーリー(物語)の中で生きていると考えます。ストーリーは、出来事であるプロットのつなぎ合わせによって紡がれます。
 しかし、全ての出来事を網羅して語ることはできませんから、何かについて語るときには、当然ながらそこで拾われるプロットは自ずと選択されたものとなります。つまり、私たちの語る私たち自身に関するストーリーには、選択されていないプロットも必ず存在するわけです。
 元気のない状態に関するストーリーが語られる時には、それと矛盾したプロットは選択されていない可能性があります。しかしながら、なんとかその人なりに頑張っていることや持ちこたえているプロットも必ずあるはずなのです。
 つまり、問いかけによって、先の自信や柔軟性、コミュニケーションなどの回復に関連する、これまで光のあたっていなかったプロットについて探索することができれば、新たなストーリーを共につくり上げることができると考えられます。このようなナラティヴ・セラピーの考え方は、現実は社会的に構成されるという社会構成主義の考え方に基づいています。
具体的にどのようなプロットを拾うのか
 では、具体的にどのようなプロットを拾えばよいのでしょうか。例えば、(1)解決:患者さん自身がどのようになればよいのか、という患者さん自身が思い描く解決像やゴール、また、(2)例外:元気のない部分ではなく、元気の残っているところや患者さん自身の努力や工夫、(3)強さ:患者さん自身がどのように辛い状況を乗りきっているのか、(4)能力:患者さん自身の本来持っている能力(得意なことなど)、患者さんがすでに頑張っていること、工夫していることなどが考えられます。
おわりに
 講演会の当日は、これらのことについて具体例や演習を交えて紹介させていただきました。また、患者さんを取り巻く関係者間で意見が対立した際の解説や、解決に向けてのヒントなども示させていただきました。
 私自身も長らく医療の現場を経験させていただいたこともあり、これらのことで少しでも医療現場のお役に立つことができればと願っております。
参考文献
坂本真佐哉編(2017)『逆転の家族面接』日本評論社
坂本真佐哉、黒沢幸子編(2016)『不登校・ひきこもりに効くブリーフセラピー』日本評論社
神戸松蔭女子学院大学人間科学部心理学科編(2016)『暮らしの中のカウンセリング入門:心の問題を理解するための最初歩』北大路書房
S・マディガン著、児島達美、国重浩一、バーナード紫、坂本真佐哉監訳(2015)『ナラティヴ・セラピストになる:人生の物語を語る権利を持つのは誰か?』北大路書房
(2017年11月26日、神戸支部第38回総会記念講演より)
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