兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2018.09.01 講演

[保険診療のてびき]
重症低血糖を防ぐためにすべきこと
〜安全かつ良質な糖尿病治療を目指して〜(2018年9月1日)

神戸市立医療センター中央市民病院 糖尿病・内分泌内科 医長 岩倉 敏夫先生講演

はじめに
 糖尿病は血糖値が高い疾患であり、治療として血糖値を下げることが求められるが、その際に低血糖という問題が生じる。低血糖症状は非特異的で自覚しにくい場合があり、低血糖への対処が難しく重症低血糖を起こすケースがある。重症低血糖とは一般的に「血糖値が54㎎/dl以下あるいは低血糖の回復に他者による介助が必要な重度認知機能障害に関連する低血糖」と定義される。
 重症低血糖は認知症を含めた脳障害の後遺症や予後悪化などにつながる可能性が高く、糖尿病治療をする上で重症低血糖をいかに回避するかというのは重要な課題である。
低血糖症状とは
 血糖は生命の維持に欠くことのできない重要なエネルギー源であり、健常人の血糖値は70〜140㎎/dl程度に保たれている。血糖値が生理的範囲以下に低下し、さまざまな症状が現れた状態を低血糖症と呼び、一般的には血糖値が60㎎/dl以下になると空腹感・脱力感・動悸・頻脈・冷汗・振戦・顔面蒼白・不安などの交感神経刺激症状がまず現れ、血糖値が50㎎/dl以下になると中枢神経系の機能低下による症状が出現し、頭痛・眼のかすみ・錯乱・傾眠・異常行動などが現れ、さらに進行すると昏睡に陥るとされている。
 しかし、実際には低血糖症の起こり方は低血糖の程度(頻度・持続時間など)や血糖低下の速度・落差によって異なり、血糖値と症状の程度は必ずしも相関しないことがあり、また個人差もある。血糖低下速度が速ければ症状を生じやすいが、逆に血糖値が徐々に低下する場合や慢性的に低血糖を繰り返す場合には症状を呈しにくくなり、交感神経症状を伴わずいきなり中枢神経症状が出現することがしばしばある。
 交感神経症状は警告症状とも考えられ、この時点で適切に対処できれば意識障害などの重篤な状態を回避することが可能であるが、交感神経症状を自覚できなくなると昏睡状態に容易に陥りやすいということになる。低血糖を起こしても警告症状となる低血糖症状を自覚できない場合を無自覚性低血糖と呼び、糖尿病薬物治療をする際には、その対策が必要不可欠となる。
重症低血糖のリスク因子の把握とその対策
 重症低血糖の危険因子にはスルホリルウレア(SU)薬かインスリン使用・高齢者・認知症、無自覚性低血糖、腎機能障害・HbA1c低値・低栄養などが挙げられる。
1)SU薬とインスリンの適正使用
 重症低血糖の原因になる糖尿病治療薬としてはSU薬とインスリンが大半を占める。SU薬やインスリンを使用する場合には、低血糖のリスク管理が求められる。
 まずSU薬やインスリンを使用する場合には患者に低血糖の危険性を伝えて対処法を確認しておく必要がある。重症低血糖を起こした場合、処置が遅くなると後遺症や死につながる可能性が高くなり、患者本人のみでなく家族などの同居者にも適切な低血糖教育・指導をしておくことが大切である。
 次に血糖コントロールの目標設定であるが、重症低血糖で搬送される患者のHbA1cの値をみると、血糖コントロールの目標値が不適切に低すぎると思われる症例も多く存在する。極端な場合には血液検査をほとんど行わずにSU薬やインスリンを漫然と長期間使用していた症例も認められる。
 患者の病態には個人差が大きく、年齢、推定余命、全身状態、認知症の有無、薬物治療による低血糖のリスクなども考慮して、目標血糖値を個別に設定することが重要であり、2013年以降、欧米の糖尿病学会や日本糖尿病学会からそのような指標が出されている(図1,2)。
 2016年、日本糖尿病学会と日本老年学会から出された高齢者の血糖コントロールの目標指標(図3)では、重症低血糖が危惧される薬剤としてインスリン・SU薬などを挙げ、それらを使用する際には認知機能とADLの障害の程度に応じてHbA1cの下限値を6.5%〜7.5%に設定するように推奨している。特に高齢者では典型的な症状が出にくく、「元気がない」などの非典型的症状を呈するのみで低血糖が見逃されている場合や無自覚性低血糖の危険性もあるので、低血糖のリスクを考慮しHbA1c6.5〜7.5%を下限値の目安に薬剤の減量、あるいは低血糖のリスクの少ない薬剤への変更を常に意識することが望ましいと思われる。主治医は患者が無自覚性低血糖になっている可能性を念頭におき治療プランを立てる必要がある。
2)高齢や腎機能低下に対する注意点
 腎機能が低下するとSU薬およびインスリンのクリアランスが低下するために遷延性低血糖を起こしやすくなる。糖尿病治療においては腎機能低下の進行にあわせてSU薬の減量、さらに内服中止を考える必要がある。残念ながら腎症の進行にもかかわらず、SU薬の減量や中止がされずに重症低血糖を起こす症例がまだ多く認められる。
 一般的には進行した腎不全患者にはSU薬は禁忌であり、他の薬剤への変更が推奨されている。患者が高齢になるにつれ腎機能が低下して低血糖の危険が増すこと、摂食量も不安定となることなどを考慮して、経過中に投与薬剤の変更や減量を常に検討する必要がある。
3)血糖測定ツールの有効活用
 インスリン治療をしている場合には保険にて自己血糖測定(SMBG)が認められている。インスリンの単位数を調整する際にはこのSMBGの結果は非常に重要である。またSMBGは低血糖の予防対策としても有効に活用できるツールである。残念ながらインスリン治療をしているにも関わらず、SMBGをしていないために不適切なインスリン単位数の注射施行を繰り返した結果、重症低血糖を起こすケースを多く認める。
 SU薬の内服患者の場合、現時点では保険でのSMBGは認められていないが、SMBGを導入して血糖値を常に確認できるようにすることは安全対策としての効果が期待できる。またここ最近では、持続して血糖変動を評価できるツールとして登場してきたフラッシュグルコースモニタリング(FGM)を活用することで、夜間低血糖や無自覚性低血糖の予防に役立つことが分かってきた。
4)無自覚性低血糖に対する対策
 無自覚性低血糖は低血糖を繰り返す患者、高齢者、自律神経障害を持つ患者に認められやすく、繰り返す低血糖のために低血糖に対する警告症状の出現する血糖値の閾値が低下、あるいは自律神経症状がある場合には自律神経からの警告症状が発せられないため、低血糖症状を自覚できなくなるとされている。
 無自覚性低血糖は運転中や作業中に起こると大きな事故につながる可能性があり、運転免許交付について拒否、取り消し、保留などの対応が求められている。主治医は無自覚性低血糖の可能性を念頭におき、自動車運転の有無や職業なども把握しておくことが大切である。
 無自覚性低血糖患者への対策としては、低血糖を起こさない状態に数カ月以上保つことによって低血糖に対する警告症状を感じる閾値が上昇し、低血糖症状を自覚できるようになる可能性があり、低血糖を起こしにくい薬剤への変更あるいは頻回に自己血糖測定をして低血糖を起こす可能性のある薬剤を調整することが重要である。
おわりに
 低血糖に対する適切な予防や迅速な対応は、患者の予後やQOLの改善につながるため日常診療上極めて重要である。糖尿病治療に関わる医療者は重症低血糖の現状と問題点を把握し、糖尿病治療による重症低血糖を回避するように努めなければならない。
(9月1日、神戸支部研究会より)


図1 最適なHbA1c目標値設定のための患者および疾患因子
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図2 血糖コントロール目標
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図3 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標指標(HbA1c値)
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