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学術・研究

医科2019.01.26 講演

明日から役立つウラ診断学
[診内研より507](2019年1月26日)

島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター  和足 孝之先生講演

臨床推論とDual process modelについて
 昨今の認知脳科学の研究によってこれまで言語化が難しかった医師の推論過程が注目されるようになってきた。その主軸となったのがDual process modelと呼ばれる思考方法である。これは2002年にダニエル・カーネマンが応用してノーベル経済学賞の受賞に結びついた認知心理科学的(Thinking, Fast and Slow)の考え方が診断学にも波及したものである。
 診断のプロセスは図1に示すように、System1=直観(感)的思考(Intuitive process)とSystem2=分析的思考(Analytical process)が相補的かつ必要に応じて意識的、無意識に切り替えられながら行われていると考えられている。
 このSystem1にはヒューリスティックと呼ばれる潜在意識下での判断が関係している。これは臨床推論において特定の疾患群に精通した専門医やベテラン指導医が持つような瞬間的な診断であり、スナップショット診断であったり一発診断であったりと表現され、非常に効率的かつ芸術的であるだけでなく費用対効果が極めて高い。しかしヒューリステッィクは認知の歪み、その時の感情や環境要因に大きく影響を受けることがあるために判断を誤ることが多い。このエラーに至った場合のそれを認知バイアス(Cognition Bias)と呼ぶ1)
 一方でSystem2は意識的に労力を使って分析的に鑑別診断を考えていく方法であり、プロブレムリストの列挙、アルゴリズムやフレームワーク、チェックシートに代表されるような時間をかけて意識的に推論を行う方法であり、System1のようにさまざまなバイアスに左右されにくくなる反面で、判断に時間がかかり、無駄な検査が多くなりやすく最終的にコストがかかるなどの短所がある。
 優れた臨床医はこのSystem1とSystem2の思考方法を状況や病態に応じて適切にさまざまな割合配分で用いていることが明らかになってきている(図1)。また専門性を高めるということは診断の幅を狭めるということであり、言い換えればSystem2の分析的思考から直観的思考へ依存するということが専門家の専門家たる力を発揮する臨床推論へシフトするということで説明できる2)
ウラ診断学へのいざない
 本邦においては医療安全の観点からシステムに由来する医療ミス、医療過誤について対策や検討が盛んに行われてきた。米国では「To error is human」がうたわれて以降、臨床推論の過程で起こる医師個人による診断エラーの検討も進んでいるが本邦では不十分である。
 診断エラーは診断の遅延、診断の誤り、診断の見逃しと定義され、診断エラーによる社会的損失も極めて大きいことが明らかにされつつある。米国での報告では、救急の現場で10例中1例に診断エラーが起きている可能性を指摘した。さらに、およそ1000例中1例に命に関わる致命的診断エラーがあることが予想され、米国全体で4〜12万人/年が診断エラーによる死亡と推定された。また、入院時に死亡した剖検例では24〜29%に診断エラーが見られ、死因に直結する診断エラーは8〜9%に及んでいることが分かってきている3)
 加えて、診断エラーに関連する医療経済的側面も大きい。米国の先行研究によると、診断エラーによる本来不必要な検査や治療のコスト、重症化による入院、後遺症残存や死亡例に伴う損失は年間全国民医療費の約30%を占めている可能性まで示唆されている。
 現時点での臨床推論における診断精度は知覚系診断に特化した専門家である病理医、皮膚科医、放射線科医などは高く95〜98%と考えられており、多岐にわたる鑑別診断や複雑な環境要因とも対峙する必要があるプライマリーケア医においては約85%以上であると見積もられている4)
 診断エラーの原因にはいくつかの分類法があるが、一般的なものには(1)状況要因、(2)情報収集要因、(3)情報統合要因(認知バイアス含む)の三つが複雑に相互作用しているとされている。
 状況要因は医師のストレス、診療の時間帯、勤務形態、気分や医師の性格、設備や人手などの環境要因も含まれる。情報収集要因は過度ないし過少の病歴・検査・診察による情報の収集と、その情報の解釈が含まれる。情報統合は主に認ヒューリスティックスや認知バイアス等の認知心理的要因が含まれ、現在では診断エラーの多くの原因は知識の不足よりもむしろこれらの認知バイアスの影響を受け、適切な臨床推論が行われないことに起因するとされる。
 既に100以上の認知バイアスが提唱されてきているが、多くは重複する要素もあり、ここでは講演中に配布した代表的なバイアスの種類(表)を参照されたい。一つの臨床推論における診断エラーにはさまざまな認知バイアスが複雑に交絡していると考えられており、内科医の集団を対象としたある研究では一つの診断エラーに対して平均六つ以上の因子が関与していると報告されている1)
最後に
 筆者はベテランの領域に達した医師の臨床推論の実力を高めるためには、本邦でも広く普及してきたような難しい症例を診断できた「表の診断学」と診断エラーに至った理由を省察する「裏の診断学」の両輪と、System1(直観的思考)とSystem2(分析的思考)の両輪の合計4輪を十分に稼働させて行う方法が必要であると考えている(図2)。
 もちろん、専門職である医師はプロフェッショナルであることを要求される。そのためには高い知識、技術、態度の能力を維持し、さらに高めていくためには、医師としての自らの傾向と感情を知り、診療中での自らの気づきと改善(reflection in action)と臨床をした後の省察(reflection on action)のトレーニングが必要不可欠であると考える。

引用文献
1)Graber, et al. Diagnostic error in internal medicine. Arch Intern Med. 2005;165:1493-9.
2)P. Croskerry, et al. Origins of bias and theory of debiasing. BMJ Quality and Safety 2013;22(Suppl2):ii58-ii64.
3)Singh H, et al. The frequency of diagnostic errors in out patient care:estimation from three large observational studies involving US adult populations. BMJ Qual Saf. doi:10. 1136/bmjqs-2013-0026.
4)志水太郎訳.診断推論のバックステージ.メディカルサインエンスインターナショナル
(1月26日、診療内容向上研究会より)

図1 System1とSystem2を使い分ける
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表 代表的な認知バイアス(筆者作成)
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図2 臨床推論をトレーニングするための4つの車輪(筆者論)
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