兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2019.04.20 講演

[保険診療のてびき]
日常診療でよくみる手の疾患について (2019年4月20日)

独立行政法人労働者健康安全機構横浜労災病院 副院長・運動器センター長 三上 容司先生講演

 人類が進化の過程で四つ足歩行から二足歩行になることにより、手は移動のための前足の役割から解き放たれ自由を得た。人類の文明・文化の発展は、手の自由で創造的な働きによるところが大きいと言われている。私たちが普段何気なく使っている手にいったん何らかの障害が起きると、直ちに日常生活に不具合が生じる。その解決には、まず、障害の原因を突き止めることが重要である。本稿では、代表的疾患として、腱鞘炎、変形性関節症、手根管症候群について述べる。
腱鞘炎(ばね指、弾発指)
 指屈筋腱は、前腕から手掌部を通って手指に達し、母指~小指を屈曲する機能を有する。屈筋腱は、靭帯性腱鞘というトンネル状の構造の中を通っており、靭帯性腱鞘は滑車(プーリー)の役割を果たして、屈筋腱の指屈曲機能の効率化に寄与している。靭帯性腱鞘は、各指の複数個所にあるが、最も中枢側に存在するものをA1プーリーと呼ぶ。
 各指の基部で手掌の遠位部に存在しており、このA1プーリーが肥厚し、さらに屈筋腱が腫大して、屈筋腱の滑動がスムーズに行えなくなった状態が腱鞘炎である。正確には、屈筋腱狭窄性腱鞘炎という。初期は、指の屈伸に伴う痛み、A1プーリー部の圧痛であるが、進行すると、指を伸展する際に弾発現象(指を握った状態から伸ばそうとすると、途中でひっかかり、やがてはじけるように伸びる現象)を生じ、さらに進行すると指の屈曲・伸展が困難になる。母指、中指に生じやすく、妊娠・出産期や更年期以降の女性に生じやすい。
 NSAIDs外用薬の投与や日常生活指導を行うが、改善しない場合は、ステロイド剤を局所麻酔薬に混ぜて腱鞘内に注射することが多い。ステロイド剤としては、トリアムシノロン(ケナコルト)が使われることが多いが、糖尿病患者ではその使用に注意を要する。感染、腱・腱鞘断裂の危険性があるため、数回注射を行い、症状が改善しない場合には、手術(腱鞘切開)を考慮する。腱鞘内注射、手術を要する場合、整形外科専門医、または、手外科専門医に紹介する。日本整形外科学会、日本手外科学会のホームページに各都道府県別の専門医名などが掲載されているので、参照されたい。
ドケルバン病(de Quervain)
 短母指伸筋腱、長母指外転筋腱が手関節橈側の背側第1コンパートメントを通過しており、この部で生じる狭窄性腱鞘炎をドケルバン病と呼ぶ。手関節橈側部の痛み、特に母指を使う時の痛みが主訴となる。診断は、手関節橈側部の痛み、橈骨茎状突起部の背側第1コンパートメントの圧痛、疼痛誘発テスト(Einhoff testまたはFinkelstein test)陽性を確認できれば、容易である。手の屈筋腱狭窄性腱鞘炎と同様、妊娠・出産期や更年期以降の女性に多い。
 治療は、まず、NSAIDs外用薬、局所安静、手関節装具療法などを行い、症状が改善しない場合は、トリアムシノロンと局所麻酔薬の腱鞘内注射を行う。それでも、症状が改善しない場合には、手術(腱鞘切開)を考慮する。背側第1コンパートメントの浅層には、橈骨神経浅枝が走行しており、注射、手術でこの神経を損傷しないよう注意が必要である。また、トリアムシノロンの副作用として、皮膚陥凹、白斑などが報告されているので、注意を要する。腱鞘内注射、手術が必要となった段階で、整形外科医または手外科専門医に紹介するのが望ましい。
へバーデン(Heberden)結節
 1802年にHeberdenが初めて記載した疾患で、指のDIP関節(遠位指節間関節)の変形性関節症を指す。外観上、指のDIP関節の腫脹、変形を呈し(図1)、X線上は関節軟骨の摩滅により関節裂隙は狭小化ないし消失し、関節周囲に骨棘と呼ばれる骨の増殖性変化が生じる(図2)。へバーデン結節は更年期以降の女性に多く発症するが、高齢男性にも発症する。
 治療は、初期はNSAIDsの経口薬や外用薬、テーピング、装具、運動療法、生活指導(使い過ぎを防ぐ)などを行うが、進行すると関節固定術、骨棘切除術などの手術を行うこともある。痛みは、関節内の炎症が盛んなときに強くなり炎症の鎮静化とともに和らぐ。ほとんどの場合、強い痛みは、保存的治療で数週~数カ月以内におさまることが多い。
 また、関節軟骨の摩滅が進行すると、相対的に側副靭帯が緩くなるため、関節の安定性が損なわれ、側方への変形が生じる(図1,2)。骨棘が大きくなりDIP関節の動きが悪くなると、関節が曲がったままの状態になり屈曲拘縮を生じる。
 経過中に、第一関節の背側、爪の基部に、小さな水疱ができることがある。これは粘液嚢腫(mucous cyst)と呼ばれ、第一関節背側の関節包や靭帯から発生する。粘液嚢腫ができたり破れたりを繰り返すと感染を生じやすいので、このような場合は手術を勧める。手術は粘液嚢腫を皮膚ごと切除する方法と粘液嚢腫の元がある関節包を骨棘ごと切除する方法がある。保存療法で数カ月間経過をみて症状が改善しない場合、あるいは、粘液嚢腫を認める場合には、手外科専門医に紹介するのが望ましい。
ブシャール(Bouchard)結節
 へバーデン結節と同様の変形性関節症が、PIP関節(近位指節間関節)に生じた場合をブシャール結節と呼ぶ。PIP関節の腫脹(図3a)、疼痛、X線上の関節症性変化(図3b)を認める。へバーデン結節同様更年期以降の女性に多いが、へバーデン結節に比べると頻度は少ない。時に、関節リウマチとの鑑別を要する。
母指㎝関節症
 母指㎝関節の変形性関節症である。高齢者の男女いずれにも高頻度でみられる疾患である。母指基部の腫脹、MP関節過伸展を呈し(図4a)、X線上は母指㎝関節に関節症性変化を認め、第1中手骨の内転変形を認める(図4b)。
 治療は、NSAIDs経口薬や外用薬の投与や装具、運動療法、生活指導(使い過ぎを防ぐ)である。多くの場合、緩解と増悪を繰り返すが、増悪し日常生活に支障が出るようになると手術を行う。手術には、関節固定術や各種関節形成術があるが、いずれに手術を行うかは、患者のニーズ、術者の好みにもよる。手術が必要な場合、手外科専門医への紹介が望ましい。
手根管症候群
 手掌皮下にある横手根靭帯(屈筋支帯)と手根骨で囲まれたトンネルを手根管という。手根管内には9本の屈筋腱と正中神経が通っているが、正中神経が手根管内で圧迫されると、母指、示指、中指、環指橈側2分の1のしびれ、疼痛などの感覚障害や母指球筋の筋力低下を生じる。これが手根管症候群で、絞扼性神経障害と呼ばれる一群の末梢神経障害の一つである。妊娠・出産期や更年期以降の女性に多く発症する。夜間痛、早朝時痛が特徴的な症状であり、中年期以降の女性が、夜間または早朝に手の痛み、しびれで目が覚めると訴えた場合には、まず、手根管症候群を疑う。
 診断には、環指の橈側に感覚障害を認め尺側には認めない(ring finger splitting sign)現象や各種誘発テスト(Phalen test、正中神経圧迫テストなど)が有用であるが、確定診断には神経伝導検査を要する。
 初期には、手関節装具による局所安静、ビタミンB12製剤の投与、手根管内ステロイド注射などを行うが、症状改善がみられず進行する場合には、手術を行う。手術は、正中神経の除圧を図る手根管開放術が標準的で、これを直視下または鏡視下で行う方法がある。手術で安定した成績が得られる疾患なので、本疾患を疑った場合、速やかに手外科専門医に紹介するのが望ましい。
 以上、日常臨床で比較的よく遭遇する手の疾患について述べた。皆さまの診療の一助となれば幸いである。
(4月20日、神戸支部研究会より)

図1 60歳代、女性、左手中指・環指へバーデン結節中指・環指はDIP関節で側方に変形している
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図2 X線像 中指・環指のDIP関節の変形、骨棘形成がみられる
1918_02.jpg

図3 70歳代、女性、左環指ブシャール結節
   a.左環指PIP関節に腫脹を認める。
   b.X線上、左環指PIP関節の関節裂隙の狭小化、軟骨下骨の骨硬化像を認める
1918_03.jpg

図4 80歳代、男性、左母指㎝節症
   a.母指㎝節に腫脹、母指MP関節過伸展を認める。
   b.母指㎝関節に関節症性変化を認め、第1中手骨の内転変形を認める
1918_04.jpg
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