兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2019.06.15 講演

[保険診療のてびき]
こころと漢方 ~ベンゾジアゼピンに頼らない医療をめざして~ (2019年6月15日)

奈良県生駒市・岡クリニック 院長 岡 留美子先生講演

ベンゾジアゼピンの処方
 ベンゾジアゼピン系薬物(以下ベンゾと略す)は、不安・緊張の緩和、睡眠導入効果などの切れ味の良さのため、精神科だけではなく、一般科でも数多く処方されてきた。漫然と長期処方が行われる中で、厚生労働省が注意を喚起したことは記憶に新しい。本年4月からは、同じ量のベンゾを1年以上継続処方すると、処方箋料の減算という診療報酬でのペナルティーがかけられるようになった。
 筆者は精神科医になりたての頃、先輩医師からは「ベンゾは安全な薬だから長期使用しても問題ない」と教えられ、それを信じ、多くの患者に多数処方していた。多くの患者はそれでも大きな副作用もなく、原疾患の改善とともに減量できて、最終的に服薬終了できたケースも少なくない。
 しかし、長く精神科臨床をしてくると、ベンゾを終了あるいは減量後、その患者にベンゾが望ましくない副作用を惹起していたことに気づかされることがあった。例えば、「キレやすい患者」と思っていた人が、ベンゾ終了後に大変穏やかになり、全くキレることがなくなった。自傷行為を反復していた人が、ベンゾ終了後、自傷行為を全くしなくなった。原疾患の改善だけでは説明がつかない変化を目の当たりにする。こういうことが何例か続いた。
精神科臨床における漢方
 筆者は精神科臨床において、積極的に漢方を活用している。漢方を語る切り口の一つに、「心身一如」という言葉がある。「心と体は分けて考えられない」という意味で受け止めている。ということは、心身一如の医学である漢方は、心の領域を扱う精神科医療を、内包していることとなる。
 大陸から伝来した医学が、日本においてその精神を受け継ぎながら、日本の風土・実情に合うように工夫を加えられ修正をされながら「漢方」となった。古代中国では移精変気の法という、今でいう精神療法がすでに使われていた。漢方として確立された江戸時代には、その移精変気の法(説諭とも呼ばれた)と漢方薬を用い、今でいう精神科疾患を巧みに治療する漢方医たちがいた。
 例えば、和田東郭は、不眠、イライラ、こだわり、怒りの強い患者の治療を得意とした。そういう患者には、桐の箱に入った石を差し出し「この石を撫でさすれば、手のひらから陽気が生じ、症状は治る」と伝える。患者が熱心にその石をさすり続けると、いつの間にか症状は消えていく。心を症状に費やすのではなく、熱心に石をさすり、症状の治癒を期待する方向に変換させたといえよう。漢方医はこのように、今でいう精神療法を立派に使いこなしていたのである。
精神症状への漢方の活用法
 では、われわれが精神科疾患あるいは精神症状の治療で漢方をどう活用していくかを考えたい。精神科疾患・精神症状に漢方が果たす役割は以下に示す6つである。
 (1)漢方薬自体の効果
 (2)服薬抵抗の軽減
 (3)精神科薬物の減量
 (4)精神科薬物の副作用軽減
 (5)良好な治療関係成立の助けとなる
 (6)全人的医療
 これらの役割を踏まえながら、精神症状に漢方を使うには、その漢方の効果を把握したうえで、患者のレジリエンスを引き出すように働きかけるということが大切である。
 ベンゾは、すぐれた抗不安効果、緊張緩和、睡眠導入効果という長所ゆえに、これまで精神科臨床で多用されてきた。一方でベンゾには長期使用による依存性、筋弛緩作用によるふらつきや転倒、健忘、離脱症状、脱抑制などの奇異反応という短所もある。そこで、ベンゾに頼らない医療を実践するには、漢方を活用し当初からベンゾを使用しない、あるいはベンゾを徐々に漢方に置換していくことになる。
 筆者が精神科臨床で活用する漢方は多数あるが、繁用するのは、半夏厚朴湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、抑肝散加陳皮半夏、四逆散、甘麦大棗湯、桂枝加芍薬湯、小建中湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、加味帰脾湯、酸棗仁湯、人参養栄湯などである。
レジリエンスを引き出す処方の仕方
 それぞれの漢方の解説は成書に譲るとして、本稿では患者のレジリエンスを引き出す処方の仕方について述べたい。それは端的に言えば、患者が期待を持ってその薬を服用できるようにするということである。
 半夏厚朴湯を例にとって説明したい。筆者は半夏厚朴湯を処方する際には、患者が「この薬は自分にどう効くか」をイメージしやすいように説明することを心掛けている。
 「私たちの身体は終始、気が巡っているのをご存知ですか。ところが心身に不具合が生じて、気がうまく巡らなくなることがあります。半夏厚朴湯は、気の巡りを良くしてくれる代表的な処方です。気が巡らなくなると、次のような異常がでてきます。食欲がない、胃が痛い、吐き気がする、食道のあたりが詰まっている感じがする、なんだか息苦しい、動悸がする、風邪をひいていないのに空咳が出たり声がしわがれたりする、喉の詰まった感じがする、言いようのない不安を感じたり、落ち込んだり、眠れなくなる。この薬はこういう症状を治してくれるのです」
 このように説明すると、例えばパニック障害の患者は、自分の症状と重なる症状を認識し、「この漢方を飲めば症状が楽になるかもしれない」という期待を持って服用することになる。
 さらにこの薬がフィットするかどうか、患者自身が判断する目安を伝える。フィットする薬はたとえ苦くても飲みやすく感じる。しかもその薬が役割を終えるころには、味が変わって飲みにくく感じることが多い。
 このように服薬の開始と終了にまでわたる情報を伝える。そして、今までどういう患者に効果があったかの具体例を伝える。
 処方する際には、患者のナラティブを通じて、その患者の背景を含めての心身の把握に努める。これに加えて、精神療法、患者が主体的に行える養生法、身体から入る心理療法も活用していくことで、心身一如の治療が展開され、ベンゾに頼らない医療につながっていくと筆者は考えている。
(6月15日、西宮・芦屋支部第36回漢方研究会より、小見出しは編集部)
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