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学術・研究

医科2019.10.19 講演

プライマリケア医のためのがん診療10の掟
[診内研より513](2019年10月19日)

福島県立医科大学白河総合診療アカデミー 白河厚生総合病院総合診療科 東  光久先生講演

 最初に『プライマリケア医のためのがん診療10の掟』を列挙し、その中でも本稿では1,4について解説しつつ、私の考える理想の医療についてお話ししたいと思います。
1.主治医としての意識を持つ(主治医はがん治療医1人ではない)
2.患者背景・希望を把握し、その中でがんを位置づける
3.がんの既往歴・治療歴・現状・治療目標を把握する
4.3つのPを忘れない
5.検診やスクリーニングに腫瘍マーカーやPETを用いない
6.5大がんのillness trajectoryを知る
7.治療の有害事象に気付き、対処できる
8.オンコロジックエマージェンシー(+腫瘍随伴症候群)に気付き、対処できる
9.サバイバーシップに積極的に関わる
10.EOL(End of Life)、ACP(Advance Care Planning)に積極的に関わる
主治医としての意識を持つ(主治医はがん治療医1人ではない)
 がんは珍しい病気か? 答えはもちろんNoです。日本人の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで亡くなる時代です。では私たちプライマリケア医にとってがん患者さんを診ることはコモンか、というと必ずしもYesは言えないと思います。そこにはさまざまな理由があると思います。
 例えば、薬物療法の進歩が著しいので、とてもじゃないが自分たちでは手に負えない、進行がんの患者さんはさまざまな身体・精神症状を有するので対応が難しい、などでしょうか。私はそこにスティグマ(stigma)の問題を指摘したいと思います。スティグマとは、アメリカの社会学者Erving Goffmanが提唱した概念で、社会から受け入れられる資格を奪われている人の状況を指し、具体的には下記のような方々が該当します。
1.身体的・精神的・社会的な価値を剥奪する属性
2.障害者やLGBTなどある特定の属性に刻まれる"負"の烙印
3.マイノリティー集団、社会的弱者に刻まれやすい
 がん患者さんはどうでしょうか。がんという身体疾患をわずらったというだけで、社会的存在価値が剥奪されたり、マイナスイメージ(かわいそうに、大変だね)を持たれたりしていませんか。私は一般の方だけでなく、医療者にもCancer Stigmaがあると考えています。
 『Aさんは進行がんだから、何かあっても責任が持てない』『Bさんは抗がん剤治療中だし、こっちは高血圧や糖尿病で診ていただけだから、あとはC病院のがん治療医の先生にすべてお任せしよう』
 すなわち、がん患者は大変で厄介な存在で、進行がんはいずれは命に関わるので診るのが大変だ・つらい、だからできることなら専門医に診療を全部お願いしたい、といった考え方の医療者は少なくないと考えています。
 それでは私たち医療者はどのようにしてがん患者と向き合えばいいのでしょうか。私は『主治医力』こそが、がん患者をはじめすべての患者を診療するのに必須の素養だと考えています。私の主治医の定義は、病気だけではなく、人生を診る医師のことで、以下の姿勢を持つ医師のことを言います。
-病気とではなく、患者と向き合い寄り添おうとする、
-患者の人生に思いを馳せようとする、
-患者の人生のナビゲーターであろうとする、
-時には家族とも
-ひたむきで誠実な態度を持つ、医師
 そしてがん診療においては、がんを特別視せず、common diseaseの一つとして、『患者の人生』という大局的視野でがん診療を実践できる医療者をオンコ・ジェネラリストと名付けました。がん診療に携わる医師は、がん治療医であろうがなかろうが、主治医力を持ったオンコ・ジェネラリストであってほしいと願っています。
3つのPを忘れない
 根治が難しい進行がん患者の治療方針として重要な考え方に"3つのP"があります。これはがん治療医である渡辺亨医師(浜松オンコロジーセンター)が提唱した概念で、私はこの3つのうち、1つでも満たさなければその医療は正当化されないと考えています。
1.Prevent symptoms(症状の予防
2.Palliate symptoms(症状の緩和
3.Prolong survivals(生存期間の延長
 この"3つのP"により、私たちは何のために治療するのかを客観視できるようになります。特に抗がん治療(がん細胞を減らすための治療、代表例は手術、放射線、抗がん剤)はあくまでもオプションであり、基本は緩和ケア・支持療法であり、抗がん治療は適切なタイミングで行うものです。
理想の医療
 私は最近、"患者力"という用語を用いて、患者啓発活動を始めつつあります。"患者力"とは、『自分の病気を医師(あるいは医療者)任せにせず、自分事として受け止め、いろいろな知識を習得したり、医療者側と十分なコミュニケーションを通じて信頼関係を築き、病にあっても自分の人生を生き切る能力』と定義しています。そして私たち医療者は、その患者力を啓発・向上に努める必要があり、これをPatient Empowermentと呼んでいます。
 また、恩師である石井均先生(奈良県立医科大学医師・患者関係学講座教授)の提唱する"医療学"の考え方(『病をもつ人の診療にあたっては、医学を基礎としたうえに、一人ひとりの心の状態や社会的要因を知り、人生という視点から現在の問題を考え、一生にわたり支援していく』という理念を現実化し、実践の訓練をし、その知を集積していく領域)を取り入れて、私は以下のような理想の医療を概念化するに至りました。
 『主治医力を有する医師と患者力を有する患者が、医療学という学問大系を通じて、医師と患者がおりなす、相互の信頼と人間性豊かなコミュニケーションを中心とした関係性の中で紡がれる医療』
 私は今後の医師人生をこの理想実現のために行動していきたいと考えていますし、がん診療をその最もチャレンジングなフィールドの1つとして取り組んでいきます。

キーワード:
 スティグマ(stigma)、オンコ・ジェネラリスト、3つのP、主治医力、患者力、医療学
(2019年10月19日、診療内容向上研究会より)
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