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学術・研究

医科2019.11.16 講演

「HPVワクチン−わかっていることを踏まえてどうすべきか−」講演(1)
名古屋スタディとその反響
[特別研究会より](2019年11月16日)

名古屋市立大学大学院医学研究科 公衆衛生学分野 教授  鈴木 貞夫先生講演

はじめに
 厚生労働省のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン「積極的接種勧奨差し控え」から6年以上が経過した。今も無料の定期接種であることはあまり知られておらず、厚生労働省が今も勧奨を差し控えている現状では、接種率向上に結び付くような進展はみられない。この項では、「名古屋スタディ」とはなんであったのか、できるだけ分かりやすく記したい。
名古屋スタディが始まるまでのいきさつ
 2011年10月に名古屋市でHPVワクチン全額助成が開始され、2013年4月、定期接種になった。しかし、その頃から接種後のさまざまな症状が問題視され、同年6月、厚生労働省は積極的勧奨の一時差し控えを始めた。翌2014年3月、名古屋市議会で、国に対してHPVワクチンとこれらの症状との因果関係の調査を求める意見書が可決されたのに続き、2015年1月、被害者連絡会愛知支部(以下、連絡会)が名古屋市長あてに調査の要望書を提出し、市長が実施すると回答した。このことから調査が具体化し、同年4月、名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野(以下、名市大公衆衛生)に調査依頼が来たという経緯であった。名古屋スタディは、連絡会主導で始まったものであり、因果関係の解明が期待されていたものであった。
 研究の枠組みは、「当該年齢の全女性への無記名郵送アンケート調査」しかないと思われたため、その方向でできる限り因果関係に踏み込めるよう内容を検討した。最重要事項である「症状」の選択については、名古屋市を通じて連絡会に依頼した。名古屋市も督促のハガキの発送をはじめ、市長の記者会見、ポスター作製、地下鉄の電光ニュースでの広報など、回収率向上に努力した。こうして日本初となる大規模全数調査は行われた。発送約7万通のうち、返送されたものは約3万通、回収率にして43.3%であった、事前の目標は3万であり、それは達成できた。
研究実施から論文発表まで
 名古屋市が入力したデータを受け取り、クリーニングとデータ固定を行ったのち解析に入った。解析に入ってからのデータ修正は行っていない。オリジナルデータは公開されている。
 解析は速報を出す12月をめどに行った。結果的に、ほとんど全ての解析でワクチン接種は症状のリスクとなっておらず、ワクチンと症状との因果関係は否定的であった。薬害における相対危険度は、サリドマイドで380倍、スモンで1000倍超など、非常に高い値を示している。したがって、今回の解析でも、因果関係があれば高い数値が予想されていた。それから考えると「名古屋スタディ」におけるオッズ比の低さは衝撃的な値であった。「高いレベルの相対危険度が観察されなかった」という点が今回の解析の最も重要な結果であると考えている。
 2018年2月に、名古屋スタディの論文が出版された。論文の内容については、オープンアクセスなのでネットで検索して原文を読んでいただきたいが、実は多く語ることはない。論文はタイトルが示す通り、HPVワクチンの接種後に現れるとされる症状のリスクとなるような関連は観察されなかった。副次的な解析からもリスクを示唆するようなものはほとんどなかったが、「受診」に関しては、「症状の有無」よりオッズ比が高い傾向にあり、「接種との関連が心配で受診した」という受診行動を感知した結果と考え、ワクチンと症状との因果関係とは考察しなかった。
名古屋スタディ論文の反響
 論文出版後、学術誌からの依頼原稿や医学系のネットなどからの取材が数件ずつあった。また、学会、議員連盟、官公庁、各地医師会などからの講演依頼をはじめとする、数多くの反響があった一方で、テレビは2局(放送は1局)と少なく、新聞に至っては取材すらゼロであった。
 ただ、講演会などでもらった新聞記者の名刺のアドレスにも資料を送ることがあり、個人的に真摯な内容のメッセージを返してくれる場合もある。それから推測すると、記者個人の考えと新聞社の姿勢にはかなりの乖離があること、記者個人が従来の新聞の報道姿勢を疑問視しており、将来に光が見えるようにも思う。
同じデータから異なる結果の論文
 2019年1月、名古屋市の公開データを使用して異なる結果を出した八重と椿の共著による論文「日本におけるHPVワクチンの安全性に関する懸念:名古屋市による有害事象調査データの解析と評価(以下、八重論文)」が、日本看護科学学会誌(JJNS)から出版された。名古屋スタディとの違いは「HPVワクチンと認知機能障害、運動機能障害などの特徴的な症状との関連の可能性が示唆された」という部分に集約できる。
 八重論文の問題点は以下に示す通り六つあると考えている。
(1)交絡と変数調整に関する問題
・接種群と非接種群で系統的に異なる「スタディ・ピリオド」を使用していること
・年齢調整に問題があるとしていること
(2)比較に関する問題
・非接種対照群の選択が偏っていること
・多重比較が行われていないこと
(3)交互作用を用いた分析上の問題
・交互作用存在下でのワクチンの効果を恣意的に論じていること
(4)利益相反(COI)の問題
・潜在的・実質的なCOIと資金源の記載がないこと(主著者本人が反HPVワクチンを唱える「薬害オンブズパースン会議」のメンバーであることを記載していない)
 問題のある論文なので、査読に問題があったと考え、JJNS編集にあてて、論文取り下げ要求の「レター」を書いた。レターは、八重氏の返事と編集長のコメントがつき、投稿から半年以上が経った2019年8月に出版された。八重氏の返事はレターに回答する内容にはなっておらず、編集長も科学的判断をすることなく、方法論的な正誤の問題を意見の多様性の問題にすり替えている印象を受けた。
 この返事に対してのレター(第2弾)は、シミュレーションやバイアスの仕組みについてまとめ、9月に提出、10月に受理、12月に出版された。結論は「八重論文の取り下げは行わず、これ以降の議論はしない」であった。議論なしで幕引きが行われた格好であり、これほど問題のある論文でも取り下げは簡単ではない。
まとめ
 名古屋のHPVワクチンデータを使用して、査読付きの英文誌に掲載されている論文は、鈴木論文と八重論文の二つのみである。同じデータから相反する結果が出ることはそもそも混乱を招く事態であり、しかもこれは「解析により多少異なる結果が出た」というレベルものではない。八重論文は明らかに都合のよい結果を出すために不正な手続きが取られている。こういうものがアカデミーに存在していることについて、議論が必要と考える。
(2019年11月16日、特別研究会より)

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