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学術・研究

医科2019.11.16 講演

「HPVワクチン−わかっていることを踏まえてどうすべきか−」講演(3)
HPVワクチン接種後の慢性疼痛と機能性身体症状
[特別研究会より](2019年11月16日)

JR東京総合病院 顧問  奥山 伸彦先生講演

積極的勧奨中止以後の状況の進展
 HPVワクチンによるHPV感染予防および子宮頸がん発症予防効果が実証されつつあり、問題となっている副反応のHPVワクチン接種との疫学的因果関係が否定され、また厚労省は、患者には十分な補償が用意され、診療の手引きや全国90カ所の協力医療機関の設置など診療体制も整えられてきたと説明している。
 その一方、現実に接種が進まない理由は、厚労省が積極的勧奨を再開しないこと、マスコミや教育機関が情報を積極的に提供しないこと、さらに接種を推奨するかかりつけ医が少ないことが挙げられている。その原因は、やはり、副反応とその医療について、不安が払拭されていないことに尽きる。
副反応とは
 厚労省によれば(リーフレット2018年1月)、原因は不明だが、ワクチンをきっかけとして発症した、「広い範囲に広がる痛みや、手足の動かしにくさ、不随意運動などを中心とする多様な症状」で、症状は知覚、運動、自律神経、認知機能に拡大する多様性と、受傷した部位からそれ以外に広がる変動性、そして注意がそれた場合に乖離が見られるといった特徴がみられる。そして、そのメカニズムは、機能性身体症状、としている。
HPVワクチン後の症例
自験例10数例について
2014.12.10日本医師会・日本医学会合同シンポジウムなどで発表

 全体としては、症状は身体各所の多様な疼痛を主徴として、手足のしびれなど運動・知覚障害、起立性低血圧や慢性疲労、生理不正などの交感神経障害、さらに記憶・認知障害などの合併がみられた。発症は、ワクチン接種直後あるいは数日遅れて発症することが多いが、1カ月以上経過してから同様の症状が発症する際は、直接の関連が確認しにくい例もあった。
 治療は、疾患の機能的身体症状症としての理解と、活動を制限しない、可能な運動を勧めていく運動療法を基本とした。薬物療法としては、鎮痛薬、慢性疼痛治療薬などを使用し、部分的にも有用だった。
 経過としては、発症後しばらく症状の進行や拡大があって生活は困難となるが、その後疼痛は軽減傾向をとることが多い一方で、他の合併症が長期的に残存・変動することが多い印象があった。数年後には、症状は消失していなくても、ほぼ本人の希望通りの生活が可能となっている。
HPVワクチン接種歴のない慢性疼痛
2017.7.28第28回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会で発表
 手術や外傷、他のワクチンなどの疼痛刺激に引き続いて、身体の疼痛とそれによる運動障害が起きる例を10例以上経験している。検査上の異常が確認されず医療機関を転々とすることが多かったが、次に述べる「小児のCRPS、あるいはその類縁疾患」として診療にあたってきた。認知行動療法、運動療法、薬物療法などの方針は同じで、数カ月から数年かけて通常の生活を取り戻しているが、HPVワクチン接種後の重症例に比して合併症が少ない印象があり、状況的混乱の有無が影響している可能性を考えている。
小児のCRPS(複合性局所疼痛症候群)について
CRPS国際疼痛学会:IASP-CRPS判定指標(1994)
 疾患概念:疼痛刺激などを契機に、それでは説明困難な身体の疼痛が発症し、しばしば皮膚などの交感神経症状を合併し、既知の疾患に相当しない。
 厚労省研究班の判定指標(2010年)は、一般的に中年女性を中心とした患者分布を想定しているが、「子どものCRPS」として思春期女性を中心とした分布のピークもあり、紹介する。
"CRPS in Children"UpToDate D D Sherry, MD last updated:Jan15, 2018
▷頻度:不明、発症年齢:平均13歳(5〜17歳)、性比:女性が70%
▷手術、骨折、軟部組織のわずかな外傷やワクチンを含む注射の直後、あるいは遅れて発症する
◦典型例では下肢で発症するが、上肢でも、他の場所でも起こる
◦経過を追うごとに痛みが悪化、移動、拡大し、固定しても改善しない
◦外傷の程度に比べ、痛みの訴えが強く、訴えでは不可能と思われる運動・活動ができることがある
◦非てんかん性けいれん、視力障害、麻痺、転換性歩行、筋攣縮、目眩などの転換障害が合併することがある
▷予後:大人に比して良好で、運動療法と認知行動療法により、寛解率は5年で90%程度
鑑別診断について
1)詐病:本人が個人的利益のために嘘をついているとする理解の仕方だが、脳科学の進歩やfMRI所見(脳のpain matrixの活性化)などから、疼痛が必ずしも末梢の異常に対応しない情緒・認知機能の関与するシステムと理解され始めている。
2)心因反応:心身症や身体表現性障害などは、原因として心理社会的因子の存在を前提としていることが多く、個人的事情に責任を求める発想と理解されて患者とその家族を傷つけることが多い。脳の機能的異常としての心・因性(psycho-genic)と、心理社会的因子によるものとしての心因・性(psychological stressors induced)と混同されやすい。
3)薬害としての自己免疫性脳炎:髄液中に抗Glu-R抗体などが検出されることを根拠に、「ワクチンのアジュバントが自己抗体を産生し、それがびまん性の脳障害を起こしている」、という仮説を立て、免疫療法などによる一定の効果を発表している。多数の重篤な患者さんが受診している実態もあり、抗体の疾患特異性と疫学的な調査、神経内科的評価が急がれる。
4)機能性身体症状:厚労省が当初、心身の反応と表現し、反発に対して半年後に、「心理的要因も、病理学所見も認められないもの」として機能性身体症状という表現に訂正した経緯がある。
 歴史的には1990年代末から欧米で、線維筋痛症、慢性疲労症候群など、「組織障害の程度に比べ、症状の訴えや生活障害の程度が大きい、という特徴を持つ症候群」について提案された症候群である。具体的には、(1)既知の疾患に相当しない、(2)組織障害を示す検査上の異常所見が乏しい、(3)所見と症状に対して生活障害が強い、(4)それぞれの合併が多い、(5)同じ治療法(認知行動療法)が有効、という共通の特徴が示されている。
診療の提案
1)患者、家族と医療者の疾患認識の共有
◦痛み刺激がきっかけとなって、広く体の痛みや多様な症状が出現することがあること
◦ワクチンは症状が起きたきっかけだが、現在の医学では、原因であるとも原因でないとも証明できていないこと
2)認知行動・運動療法
◦不安による行動抑制について、実際の行動による修正
 痛む体を動かしても体は悪くならないことを、繰り返し説明
 痛みで辛くても運動・活動を勧め制限しない、補助具を避ける
◦痛みについての考え方の修正
 痛みの消失を目標としない(30〜40%に低減できれば生活可能)
 緊張を和らげ、痛みをやりくりするための方法を工夫する
◦生活内容の回復と自立
 発症以前にできたことだけでなく、新たにやりたいことも目標、課題とし、できることを一つひとつ積み上げていく
3)薬物療法 認知行動療法、運動療法の補助的手段として
◦鎮痛薬Acetaminophen→NSAIDs(Naproxenなど)
◦慢性疼痛治療薬Pregabalin→
Amitriptyline眠前少量から
◦他に、Neurotropin、抗不安薬、Tramcetなど
 無効なことや副作用が強く出ることがしばしばあるため、選択と用法には工夫が必要。
4)臨床医の積極的参加と切れ目のない診療
 こういった個人の人格に影響の大きい疾患の診療は、一人の医師が中心になって継続的に診ていくことが有効と考えられる。関連する医療機関や教育機関との連携のもとに、責任が分散しないよう、患者と家族の尊厳を守りつつ寄り添う医療が不可欠である。
(2019年11月16日、特別研究会より)


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