兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.03.13 講演

肛門診察の勧め
[診内研より521] (2021年3月13日)

所沢市・所沢肛門病院 院長  栗原 浩幸先生講演

罹患率の高い肛門疾患

 「日本人の半分は痔主である」というように、肛門疾患の罹患率は高い。肛門科医でなくとも医師をはじめとする医療従事者は、患者や知人などから相談を受けることも多いのではないだろうか。
 肛門の病気は自分で見ることができないのでネットで調べることが難しく、また恥ずかしいので他人にも見せるわけにもいかず、人知れず悩んでいる患者さんが多い。医師の立場からすると、臨床実地上、非常に多い病気である一方で、教育を受ける機会が少なく、よく分からない。また診察するのが面倒という理由から、肛門診察をついつい遠ざけてしまいがちである。

専門病院で肛門診療を学ぶ

 私は消化器外科出身である。消化器外科でも肛門疾患を扱うが、肛門の専門病院に勤める前は、肛門疾患について系統的に教わることはほとんどなく、たまたま遭遇した肛門疾患に対して、先輩医師が行う診断や処置を見よう見まねで行うというものであった。今から思うと診断からしてかなりいい加減であったものだと反省しているが、その当時は周りに肛門疾患に精通している医師はおらず、実臨床に役立つ教科書もあまり見ることはなかった気がする。
 医師5年目に大学病院で専門研修を行っていた時、たまたま現在の勤務先である所沢肛門病院で研修する機会を得た。まず驚いたのは患者さんの多さと診察の迅速さであった。診察室に次から次へと入ってくる患者さんをテキパキと診察し、症状に応じて処方したり、入院手術を決めたり、小手術を行ったりすることもあった。陪席していると、痔核や裂肛はこのように触れるんだ、痔瘻はこのように診断するんだと、患者さんを診察させていただきながら学んだことを今でも思い出す。手術件数が多く、44床の病院なのに毎日6,7件の肛門手術を行っていた。肛門の手術手技は疾患ごとにほぼ定型化されていたが、同じ疾患でも肛門の状態はまったくと言ってよいほど同じ症例はなく、症例ごとに工夫がなされていた。もともと手術が好きで外科医になったのであるが、所沢肛門病院のように毎日手術ができれば本望だと思い就職させていただいた。

肛門診療に役立つ書籍の執筆

 肛門専門病院に就職し20年余りが経ち、その間に肛門疾患に対する研究、特に後方複雑痔瘻に関する新知見を発表したり、手術も多くの施設に影響を与えるような手技を発表したりしてきた。このように肛門科を中から眺めるようになってみて、実践に役立つ教科書的なものがないことに気づかされた。
 そこで2014年に「肛門疾患-解剖から手術まで-(南山堂)」という肛門専門医に読んでいただきたい書籍を、2019年に「かかりつけ医もここまで診よう!肛門部外来診療マニュアル(南江堂)」という臨床家であれば誰にでも手に取っていただきたい肛門診療の基本になる書籍を執筆した(図1)。
 今回、兵庫県保険医協会でお話しさせていただく機会を得たが、その内容は「かかりつけ医もここまで診よう!肛門部外来診療マニュアル」に基づくものである。講演の内容は痔核、裂肛、痔瘻の3大肛門疾患に加え、皮膚疾患、炎症性腸疾患、骨盤底筋群脆弱による疾患など、日常診療で比較的多く見かける疾患や見落としてはならない疾患の診断と治療について述べさせていただいた。
 今回の講演は、医師はもちろん医療従事者であれば誰でも理解できる内容であったと思っている。本講演がきっかけとなり本書を手に取っていただければありがたいが、本書は疾患のアトラス的なものであり、パラパラ見ていればおのずと頭に入る内容である。本書の知識を身に付けていただければ、肛門部については自信をもって話ができるようになると自負している。

肛門以外の疾患の発見契機にも

 はじめに述べたが、肛門疾患は有病率が高いので患者さんのニーズが多く、患者さんはできればかかりつけ医に診てもらいたいと考えている。加えて、肛門の診察は高額な医療器材などは必要なく、知識があれば比較的簡単なものである。肛門疾患の種類は決して多くなく、診断も難しいものではない。また肛門以外の疾患の発見契機となる。すなわち大腸癌はもとより、その他の大腸疾患、例えば潰瘍性大腸炎・クローン病の早期発見にもつながる。患者さんが「痔」といっても「痔」でないことも多いのである。
 当院の検討では、肛門疾患を持つ患者さんは、持たない患者さんに比べて、大腸癌発見時の進行度が有意に高かった。これは肛門疾患を持つ患者さんは出血しても痔の出血だと考えて放置してしまっている、あるいは患者さんに痔の出血だといわれると医師も安心してしまい、痔疾軟膏などの投与で済まし、検査が遅れてしまうなどという状況が影響している可能性もある。

億劫がらずに肛門診察を

 肛門の診察は大切だと分かっていても、肛門診察を行う医師が少ないのが現状である。講演でも述べさせていただいたが、専門医でなければ肛門を診察したからといって治療まで行う必要はなく、専門医に紹介するのか保存的に診ることができるのか判断できれば十分である。
 指一本を肛門から入れることによって、直腸癌を発見するということもある。この指一本が患者さんの命を救うことにつながるわけである。すべての臨床医にお願いしたいことは、肛門疾患をほんの少し頭に入れていただき、億劫がらずに肛門診察をしていただきたいということである。

(3月13日、診療内容向上研究会より)

図1 栗原浩幸:かかりつけ医もここまで診よう!肛門部外来診療マニュアル、南江堂、東京、2019
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