兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.05.29 講演

[保険診療のてびき]
SDGs等から熱中症を考え、体液管理と経口補水療法の活用(2021年5月29日)

三田市・医療福祉センターさくら院長 兵庫医科大学特別招聘教授 服部 益治先生講演

はじめに

 熱中症が重大な健康被害として日本で注目されたのが2010年の夏です。「高齢者が自宅で倒れたり、睡眠中の死亡事例が目立つ」との報道に対し、市民の反応は「屋外でも、炎天下でもないのに、夜に、なぜ死亡?」でした。また「日射病、熱射病は聞いたことがあるけれど、熱中症って何?」と、「熱中症」の用語さえ社会で認識されていなかったのです。
 2000年以降の環境省データでは熱中症の年間死亡数は200~500名で推移していましたが、2010年は1731名死亡と急増しました。この事態は地球温暖化とともに今後想定以上の健康問題になると考え、2012年に『教えて!「かくれ脱水」委員会』(https://www.kakuredassui.jp/)を立ち上げ、委員長を仰せつかり、環境省とともに活動してきました。その中、昨年来の「コロナ禍」は熱中症の新たな懸念材料となり、一層の対策が必要です。

熱中症(脱水症)で気になる四つの背景

(1)地球温暖化はじめ地球環境の悪化です。2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の励行を継続しなければ温暖化が進み、熱中症被害はじめ新型コロナ後の新たな感染症出現にも関連します(https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/1028.html)。
(2)気象庁は、10年ぶりに「気温平年値」の統計期間を1991~2020年に更新しました。昨年までの平年値よりも、今年の平年値は0.1~0.5℃程度高くなります。昨年の「今日は平年より暑い日なので注意」が、今年は「平年並みの気温」の予報となる日もあります。「平年並み」を過信せず、油断しないことです(https://www.jma.go.jp/jma/press/2103/24a/210324_heinenchi.html)。
(3)新型コロナウイルス禍による自粛のために運動不足となり、体液の貯蔵庫である筋力量を減少させ、熱中症の本体である脱水症に陥りやすくなっています。
(4)マスク着用によって、呼気による放熱が抑えられ、またマスクで口腔内湿潤となるため脱水症に気づきにくくなり、例年以上に熱中症に陥りやすいのです。また外気(夏は熱気)の頻繁な換気が求められ、熱中症リスクは想像以上です(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_coronanettyuu.html)。

熱中症による真意「脱塩水症」になりやすいヒト(恒温動物)と暑熱順化

 ヒトは恒温動物で、生命維持の体温範囲(34~42℃)が狭く、自らの体温を一定に保つ必要があります。
 熱中症の環境評価は、気温のみでなく暑さ指数(湿球黒球温度;WBGT)で考えましょう。ヒトの熱バランスに影響を及ぼす(1)気温、(2)湿度、(3)輻射熱の三つを取り入れた指標です(https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php)。
 気温上昇・湿度上昇・風流減少で、体温が上昇しかけますと、発汗(NaClを含む体液)の放熱で対応しますが、塩っぱい汗は脱水症(造語;脱塩水症)につながります。生体の恒常性には体液管理が求められます(https://www.kakuredassui.jp/stop/knowledge/whatis/whatis03)。
 脱水症の予防には、皮膚の血流を増やして熱放散を促し、ナトリウム喪失の少ない発汗、すなわち効率の良い発汗のため、日頃からの「暑熱順化」をお勧めします(https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2104/02/news114.html)。
 また熱中症が心配な状況では、「こまめな水分補給(1時間毎100ml~200ml)」が予防となります。一方、一気飲み(400~500ml以上)は、体液の急激な増加(浮腫)に対し、尿の排出を促そうとして脳下垂体から抗利尿ホルモン(尿量の抑制効果)の分泌を低下させます。その結果、尿の排泄量が増え、脱水症の改善を妨げるため逆効果となります。

熱中症は重症度で考える

 熱中症は「暑熱障害による症状の総称」で、「暑熱環境にさらされた」という状況下での体調不良はすべて熱中症の可能性があります。熱中症の対応は重症度を「具体的な治療の必要性」の観点から分類しています(表1)。
 熱中症になった時、自分自身や周囲の人がとるべき行動の基本は、熱中症(熱中り)を「身体の火災」と考え"FIRE"の消火です(表2)。

体液補充の「経口補水液」の活用(経口補水療法)

 熱中症リスクがある時や陥りかけた時は、経口補水液の活用が重要です(https://www.kakuredassui.jp/usefulinformation/ort/ort01)。脱水症対策としての経口補水液の吸収メカニズムは、水分と電解質が口からカラダの中に入り、食道、胃を経て、体内の水分吸収の80%が行われる小腸へと移動した時に、糖分がナトリウムイオンと結びつく結果、水分が小腸粘膜から吸収されるというものです。これは、ナトリウムイオン・ブドウ糖の「共輸送機構」と呼ばれる小腸の重要な働きです。この働きは、下痢をしていても正常に作動することが分かっていますので、下痢をしていても、経口補水液は身体に取り込まれ、脱水状態を緩和してくれます。小腸での水分吸収を促すためには、ブドウ糖とナトリウムイオンの濃度比率が2:1を超えない組み合わせが良いのです。
 熱中症はじめ脱水症リスクの年齢因子は乳幼児と高齢者です。脱水症の治療に点滴がありますが、予防から改善までを考えますと経口補水液の活用となります。
 特に高齢者は、日頃から体液が減少傾向(造語;「かくれ脱水」)で在宅生活が長くなりますと、筋肉の衰えとともに嚥下障害がみられることも少なくありません。液体でむせやすい場合は、ゼリー状のタイプの経口補水液を利用しましょう。

まとめ

 都市化による地球温暖化は「熱波災害」であり、熱中症対策は人類の課題です。熱中症から体液管理の重要性を再確認し、暑熱順化で予防を心がけるとともに、経口補水液を常備しておきましょう。

(5月29日、薬科部研究会より)



表1 熱中症の症状と重症度分類
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表2 熱中症の応急処置"FIRE(火災)"
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