兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.07.17 講演

[保険診療のてびき]
糖尿病の薬物療法最前線(上)(2021年7月17日)

新須磨病院常任学術顧問・糖尿病センター長 東邦大学名誉教授 芳野  原先生講演

はじめに
 わが国における糖尿病の有病率の高さはすでに社会問題化しており、平成28年国民健康・栄養調査では、糖尿病が強く疑われる群(糖尿病有病者)、糖尿病の可能性を否定できない群(糖尿病予備群)はいずれも約1,000万人(合わせて約2,000万人)と推計されています。
 中でも糖尿病治療における喫緊の課題は、若年層における肥満合併糖尿病の増加と糖尿病患者層の高齢化、さらに高齢糖尿病症例における認知症の合併と思われます。一方、糖尿病の薬物療法の目覚ましい進歩も特筆すべきポイントです。10年と少し前のインクレチン製剤の導入に始まり、SGLT2阻害薬の出現と、そのpleiotropic effectのevidence、新規の経口血糖降下剤の出現、さらに週1回投与製剤、あるいは配合注射剤の導入など、専門医でも覚えきれないほどの新たな知見が目白押しです。。
 本稿では肥満合併糖尿病に対するSGLT2阻害薬や経口GLP-1受容体作動薬の応用、あるいは認知症のハイリスク群となる高齢糖尿病症例における経口剤の選択などについて、最近の話題を含めて紹介したいと思います。。
スルフォニル尿素(SU)剤
 まず、我が国で最初に1957年に経口糖尿病薬として世に出たのはSU剤です。後で述べるビグアナイド(BG)剤と同様、歴史が長いので、その効能効果、副作用は随分くわしく研究されています。薬価も安く、血糖低下作用は強力ですが、食後血糖のみならず、空腹時血糖も下げてしまうところが大きな問題になります。また腎臓から排泄されるタイプが多いので、腎機能の低下した高齢症例ではSU剤の血中での長時間の停滞で遷延性の低血糖で意識消失発作として緊急搬送される場合もあり、要注意です。ちなみに高齢者での遷延性の重症低血糖の繰り返しは認知症進展のきっかけになります。そのため、高容量のSU剤は認知症誘発剤になり得るものと捉えるべきと思います。また日本人では、本系統薬剤での合併症進展抑制のデータが乏しく、使用する場合は最小限度にとどめるのが理想的と思われます。
ビグアナイド(BG)剤
 1961年から発売されているBG剤については、一時、乳酸アシドーシスの発症が大きな問題となって、敬遠される時代がありましたが、欧米ではその薬価の低さから、未だに経口血糖降下剤のファーストチョイスとしてのポジショニングとなっています。我が国では国民皆保険制度のおかげで、薬価の低さは大きなメリットとはならず、乳酸アシドーシス以外にも、効果のメカニズムがいまだによく分からないこと、造影剤使用時はあらかじめ中止が必要であること、剤型が大きく飲みにくいこと、消化器症状も出やすいこと、高齢者では要注意であること、などなどの問題点から、ファーストチョイスとはなっていません。古い薬ですが、いまだに新しい血糖低下メカニズムの報告もあり、発ガン作用の抑制、といった目新しい報告もあります。
DPP-4阻害薬
 すでに発売となって10年以上になりますが、合併症進展予防についてのエビデンスは少ないようです。しかし、SU剤と異なり、血糖値が低下すると膵臓β細胞への本薬剤の効果が少なくなり、低血糖のリスクが低いことが大きなメリットになります。また欧米人に比べるとインスリン分泌が2型糖尿病の早期から低下する日本人にはそのインスリン分泌刺激作用による血糖低下効果が好ましく、また医療保険制度の充実から薬価をそれほど気にせずに処方できる医療環境から我が国ではファーストチョイスとなっています。
 なお、低用量のSU剤との併用でその血糖低下作用が増強され、効果的な処方として繁用されています。この場合、少量のSU剤により、血糖低下時にも膵β細胞刺激作用が残り、低血糖が誘発される場合があり、この点も要注意です。
 結局、高齢者においては頻回の低血糖発作が認知症進行の引き金となる現実から、現時点ではDPP-4阻害薬が高齢糖尿病症例に、最もふさわしい薬剤となるものと思われます。
GLP-1受容体作動薬
 インクレチン関連薬としては上記のDPP-4阻害薬とGLP-1受容体作動薬があり、GLP-1受容体作動薬は、インクレチン作用としてはDPP-4阻害薬よりはるかに強力です。最近の研究では、GLP-1は、膵β細胞以外に、脳、心臓、肝臓、筋肉、消化管に多面的な作用を発揮することが知られています。そのほとんどが人体にメリットがある方向に働くようです。つい最近、従来の注射薬製剤以外に経口薬が発売になり、その効果も明らかになりつつあります。血糖管理以外に多くのメリットのあるお薬ですが、腹部症状はその効果そのものと関連し、注射や服用後に腹部膨満、食欲低下などが起こり、QOLを大事にする患者さんには敬遠されることがあります。食欲が落ちても辛くなく、とにかく痩せたいという意思の強い患者さんにとっては理想的な薬剤かもしれません。なお、注射でのGLP-1受容体作動薬については大規模の治療研究で投与開始2〜3年以内に心血管イベント抑制の報告が複数あります。
 また、経口のGLP-1受容体作動薬はその簡便さから今後需要が著しく伸びる可能性があるものと考えられます。
SGLT2阻害薬
 腎尿細管での糖の再吸収を阻止することで、尿に糖を大量に排出させるというメカニズムで、血糖を下げるというシンプルなメカニズムを持つ薬剤で、計算上、1日80g程度の糖を尿中に排泄させるので、毎日300キロカロリーほどロスすることになり、最初は3キロ程度痩せます(その後の体重減少はほとんどなく、その理由はいまだに明快にはなっていません)。発売当初は、尿に糖を出して血糖を下げるなどとは、邪道の薬剤である、などとの評価もありました。また、尿糖強陽性を副作用と報告する主治医もいたのは驚きでした。
 現在では多くの大規模試験でその服用のメリットが報告されています。SGLT2阻害薬投与開始2〜3年以内に心不全あるいは心血管イベント抑制の報告が複数あり、そのエビデンス出現の速さは往時のスタチンでの報告を上回るもののようです。さらに腎機能に対してのメリットの報告もあり、最近では限定的ではありますが、非糖尿病症例にも心不全に対する効果が証明され、医療保険上でも適応病名が追加されています。
 このように多くの大規模治療研究の成果からのエビデンスの報告によって最近その使用頻度が増加している薬剤ですが、投与開始に当たっていくつかの問題点が指摘されています。例えば、高齢患者さんの脱水、尿路感染症、正常血糖範囲でのケトーシスの出現、週術期での投与中止勧告、などが挙げられています。
 やはり、ご高齢で口渇を感じない場合、毎日の飲水を忘れる場合など、本薬剤による脱水のリスクが高まることも忘れてはならないポイントです。

(次号につづく)

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