兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2021.09.18 講演

[保険診療のてびき] 
心不全−その病態から新規薬物治療まで−(上)(2021年9月18日)

神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科部長  古川  裕先生講演

はじめに
 超高齢社会を抱えるわが国では、高齢心不全患者が急速に増加し、効果的な診療体制の構築が大きな課題となっている。このため、全ての医療者はもちろんのこと、広く一般市民に心不全を正しく理解してもらう必要があることから、2017年10月には、「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。」とする一般の方々向けの定義が、日本循環器学会と日本心不全学会から発表された。心不全診療の場も専門性の高い医療機関からより多くの医療機関へと広がりつつあり、各地域の事情に沿った地域連携が不可欠な状況になっている。
 心不全はあらゆる心疾患が進行すると辿り着く症候群であり、中等症以上の心不全の予後は不良である。左室駆出率(LVEF)が低下した心不全(HFrEF)に対する薬物治療はレニン・アンジオテンシン系阻害薬、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬といった心保護薬を中心とし、顔ぶれは長年変わらなかったが、最近、いくつかの新しい心不全治療薬が日本で使用可能となり、これら新規薬物治療薬の治療対象や注意点などに関する理解が必要となっている。
心不全の病因、病態と診断
 心筋梗塞などの冠動脈疾患、拡張型心筋症などの心筋疾患、心臓弁膜症、高血圧性心疾患など、あらゆる心疾患が進行すれば心不全に陥る(図1)。こうした疾患の多くは加齢により有病率が高くなるため、高齢であればあるほど心不全の有病率は高くなる。心不全は心臓の機能障害により、うっ血と低灌流の二つの病態のいずれか、または両者による臓器・組織障害を来す症候群である。
 うっ血に関しては、左房→僧帽弁→左室→大動脈弁→大動脈以降の動脈の左心系での血流うっ滞により、そのさらに上流にある肺にうっ血が生じ、呼吸困難などの症状を呈する左心不全と、右房→三尖弁→右室→肺動脈弁→肺動脈の右心系での血流うっ滞により全身のうっ血を生じ、浮腫や胸水・腹水貯留などが生じる右心不全とで症状、所見が異なる(図2)。左心不全であっても重症では右心不全も合併し、両心不全の状態となる。
 心不全には病期、症状、経過と病態、LVEF、血圧、血行動態などさまざまな観点からの多くの分類法がある。そのうち、LVEFによる分類では、LVEFが低下した心不全(HFrEF)、保持された心不全(HFpEF)、軽度低下した心不全(HFmrEF)、回復した心不全(HFrecEF)に分類される。HFpEFにはHFrEFで治療効果が証明されている心保護薬の多くが効かないという問題がある。
 心不全は上記のような症状、身体所見の他、心エコー検査などの生理検査やBNP/NT-proBNPなどの採血検査などにより診断される。とりわけ心エコー検査は、心臓の形態や機能に関して非常に多くの情報が非侵襲的に得られるため、心不全の病態や原因の把握、治療方針の決定のために欠かせない検査である。
心不全診療における地域連携
 急性心不全あるいは慢性心不全の急性増悪により緊急入院となる高齢心不全患者は併存症を多く持ち、治療への反応が悪く、在院日数が長くなり、急性期拠点病院の病床を圧迫し、地域の急性期診療への大きな負担になる。
 高齢心不全患者はもともとADLが低いことが多い上に、心不全入院により入院前よりもさらにADLが低下して自宅や施設に戻ることも多い。再入院予防には心臓リハビリテーションなどによる包括的な疾病管理や身体機能の維持が効果的であるが、高齢心不全患者の多くは入院中も心リハ室での集団リハ参加まで辿りつけず、個別のプログラムでリハを受けることになり、退院後の外来心リハへの通院もできない。そのため、在宅リハなど、居住地かその近隣でのリハビリが必要となる。したがって、心不全患者の疾病管理では、急性期病院から在宅までの関係する多職種の医療者が、地域連携を通して患者情報や診療方針・目標を正確に共有して、シームレスな医療を提供することが鍵となる。
 当院では、神戸市内の訪問看護ステーションとの連携により、心不全患者の在宅リハ連携を行っている。当初行った無作為化試験では、(1)介護保険の見直しと適正使用、(2)連携する訪問看護ステーション所属の認定理学療法士による積極的在宅訪問リハビリ、(3)電子ツール(バイタルリンク)を用いた遠隔診療・セルフモニタリングにより、心不全入院から退院後6カ月間での死亡/再入院、医療費を有意に減少させ、身体機能を改善させることが示され、以降も可能な範囲で通常診療として継続している。
 心不全患者が増加するなか、慢性期の診療の場をできるだけ急性期病院から地域のクリニック等に移すとともに、各医療機関が持つ機能によって、急性期〜回復期にかけての診療の役割分担を行うことも重要である。
 神戸市と近郊の医療圏では、多くの急性期病院、回復期病院、クリニックが参加し、神戸市医師会の協力も得て、神戸心不全ネットワークを構築・運営し、定期的な講演会や多職種の医療者向けの勉強会を開催、神戸版心不全手帳を用いた診療の標準化、効率化、質の向上を目指している。また、情報発信の場としてWEBサイトを開設しており、COVID-19の第1波により当院含め神戸の急性期病院に院内クラスター感染が相次いだ際には、病床運用ページを開設し、地域の循環器急性期診療機能を維持すべく情報交換を行った。

(次号につづく)



図1 心不全の定義と原因となる基礎疾患(加齢との関係)

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図2 心不全の病態:左心不全と右心不全、うっ血と低拍出

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