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学術・研究

医科2022.06.11 講演

ワクチンの効果と安全性
HPVワクチンと新型コロナウイルスワクチンを例に
[診内研より534] (2022年6月11日)

名古屋市立大学大学院医学研究科 公衆衛生学分野教授  鈴木 貞夫先生講演

ワクチン総論:ワクチンとはどういうものか
 世界保健機関(WHO)が2019年に発表した「世界の健康に対する10の脅威」に、大気汚染・気候変動やインフルエンザ大流行とともに「ワクチン忌避」が選ばれた。もともとワクチンは感染症を回避する最も費用対効果の高い方法のひとつであり、多くの人命を救ったのみならず、歴史的にも、天然痘、ポリオなどの多くの感染症に対し、撲滅、激減など絶大な効果をあげてきた。
 自らが積極的にワクチンを接種して自らの予防に役立てるのみならず、接種できない人たちの感染症防護の盾になることで、その人たちの疾患発症リスクを減らして(集団免疫)、医療従事者の疲弊防止、最終的には医療崩壊防止の一助となる(社会防衛)。少なくとも、コロナ禍第5波の死亡抑制に対して、ワクチンの果たした役割は大きかった。
 しかし、予防接種に対する疑念の始まりとされている、ウェイクフィールド論文(MMRワクチンと自閉症の偽りの関連性)がThe Lancet に掲載されてから、小児期のワクチン接種を避ける動きが着実に強まった。多くの研究者の追試により科学的に完全に否定された今なお、この誤った主張や無責任な報道によって、不安を感じた保護者の中にはワクチン接種を見合わせる人がある。
 現在の日本では、定期接種のワクチンでも接種そのものは「努力義務」であり、接種しない自由や権利は認められている。しかし、誤った考え方に基づくワクチン忌避は、個人レベルのものはまだしも、他人に悪影響を及ぼしてはならない。また、科学的な誤謬、誤った論理展開、真偽不明のエピソードを、あたかも真実のようにメディアが報道することも問題である。ワクチンの理想への思いは別にして、接種対象者の意思決定プロセスへの情報提供、アドバイスに留めるべきと考えている。
 しかし、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」という医師法第一条の条文を遵守するためにも、正しい情報を発信することを心がける必要がある。
各論1:HPVワクチンの安全性と名古屋スタディの経緯と結果、意義と現状、展望
 ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症は子宮頸がんの原因であり、この感染症を防ぐことで子宮頸がんの発生を防止するというのが、HPVワクチンの基本的な考え方である。このワクチンを使用するためには、安全性と有効性が確認されていることが必須である。名古屋スタディの目的はこのうち「安全性」の部分である。
名古屋スタディの背景(研究の経緯)
 名古屋スタディは、「全国子宮頸がんワクチン被害者の会 愛知県支部」と「愛知県HPVワクチン副反応対策議員連絡会」が、名古屋市長の河村たかし氏に調査の要望書を提出し、市長が実施回答した2015年に計画され、名古屋市立大学公衆衛生学分野が調査解析を担当した分析疫学研究である。
 接種が広く行われていた時期の接種対象女性全員を対象とし、国内で唯一の「分析疫学」としてデザインされたものである。
名古屋スタディの方法と結果
 対象は、名古屋市在住の1995-2001年度生まれの女性全員(71,177人)で、無記名郵送アンケートによる分析疫学調査である。
 目的変数は、(1)小学校6年~現在の「症状」の有無(主解析)、(2)症状による医療機関の受診の有無、(3)現在の症状の有無と頻度、(4)症状による学校生活、就職などへの影響で、症状の24項目(月経不順、ひどく頭が痛い、物覚えの悪化、計算ができない、漢字が思い出せない、体が意思に反して動く、手や足に力が入らないなど)は、市を通じて被害者の会と調整した。
 返送総計は30,793人分(回答率43.4%)、解析対象は接種、年齢の不明を除いた29,846人であった。
 主解析では、24症状の発生のいずれも、年齢調整オッズ比で1を有意に超えるものはなく、リスクにはなっていなかった。医療機関受診と現在の症状への影響も、いくつかは有意であったが、散発的なものにとどまっていた。症状の学校生活などへの影響、重複症状のリスクは認められなかった。以上より、HPVワクチンと接種後症状の関連はないと判断した。
名古屋スタディの反響と展望
 名古屋市のHPVワクチンの名古屋データに関して、査読のある英文誌から2編の論文が出版されている。ひとつは、「名古屋スタディ」(鈴木・細野論文)、もうひとつは,日本看護科学雑誌(JJNS)出版の八重・椿両氏の「八重・椿論文」である。この二つの論文の結論は異なっている。その異なる結論について、根拠となる「結果」がどのように出されたものかについて検討することが、最も本質的な議論と考える。
 結果がここまで異なる2論文が同時並行的に存在することの問題(著者の責任も含め)について認識されていない。まず、「ここまで結果が異なるものの両立は不可能」というコンセンサスを確認のうえ、「どっちが不適切なのか」ということを検証していくのがロジカルと思われる。
 私個人としては、アカデミーで議論すべき課題と考える。
各論2:新型コロナウイルスワクチン、効果と安全性、メディアの報道
 ワクチンはもともとpopulation strategyの道具であり、個別医療の進んだ現代の先進国の医療と相いれない。個人の免疫力を高め、接種率を上げ、社会防衛として機能するのが理想であるが、「社会防衛」的な側面に言及しにくい風潮にある。RCTができない市販後の研究は、比較妥当性を保つことが難しく、ワクチンの安全性をエビデンスで示すことは難しい。特にメディアは、ジャーナリズムの五つの基本原則(権力監視、ファクト重視、社会批判、弱者の代弁、透明性)に則って展開する性格上、どうしても反ワクチン方向に傾きやすい。
 副反応のメカニズムが分からないから、疫学的に、数を数えて「実際に多いかどうか」を見ることで因果関係を調べているのに、個々のケースで臨床診断として「因果関係が分かる」と考えている人は多いし、メディアもこのあたりの認識がはっきりしない。HPVワクチンの経験からムードに流されないよう、警戒してやってきたが、感染症の収束局面で、急速にワクチンの副反応が強調されるようになってきている。真に科学的で倫理的な感染対策について、コンセンサスが必要である。
終わりに
 変異株が出なければ、世界のコロナ禍もこれで一区切りかと思う。これから、様子を見ながら、国を再開することになるが、慎重に行うことと、変異株の出現への注意、対策を怠らないことが重要だと考える。コロナ禍前の状態に「戻す」のではなく、応用可能な「new normal」をめざしたい。また、感情論でなく、科学と根拠、倫理に根差した政策、報道を希望する。

(6月11日、診療内容向上研究会より)

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