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学術・研究

医科2022.07.28 講演

世界における糞便移植の現状と将来展望(上)
[診内研より535] (2022年7月28日)

藤田医科大学医学部先端光学診療学講座教授  大宮 直木先生講演

はじめに
 ヒトの腸管には1000種を超える腸内細菌が口腔内から肛門に至るまで幅広く生息しており、その総数は100兆個を超えるといわれている。近年、次世代シーケンサーの登場により、培養によらない腸内細菌叢の網羅的な解析が可能になると、腸内細菌叢の異常が多くの疾患に関与していることが判明し、腸内細菌叢と疾患のかかわりが注目されるようになった。
 腸内細菌叢の攪乱であるdysbiosisは感染性腸炎をはじめとする腸管の感染症のみならず、炎症性腸疾患や肝臓疾患、糖尿病やメタボリックシンドロームなどの代謝疾患、自閉症などの精神疾患など腸管外の様々な疾患にも関与していることが明らかになってきた。
 腸内細菌をターゲットとした治療としては以前よりプロバイオティクスやプレバイオティクスが薬剤やサプリメントとして用いられているが、近年では腸内細菌叢をターゲットとした糞便移植療法(fecal microbiota transplantation:FMT)が新たな選択肢として注目されている。ただし、現時点で有効性が確立されているのはClostridioides difficile感染症(Clostridioides difficile:CDI)のみで、他疾患に対するFMTは研究段階である。
 本稿では、FMTの方法、消化管疾患に対するFMTの効果や偶発症など最近の話題に関して概説する1)
1.FMTの方法
 ドナーは60歳未満が望ましいとされ、記述式の問診とFMT前4週間以内の採血、便検査によるスクリーニングが必要である。便は排泄後6時間以内に処理し、50g以上、最低でも30gが必要である。具体的には生理食塩水で機械または用手的に混和、濾過する。凍結する場合はグリセロールを終濃度10%で添加し、-80℃で凍結、FMT直前に37℃の湯浴で融解して6時間以内に使用する。CDIのFMTにおいては嫌気的条件下での便処理は必須ではなく、また新鮮便でも凍結便でもCDIに対する効果は同じと報告されている。
 腸内細菌の3分の1は芽胞を形成し、酸素抵抗性であるが、炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)や過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)の患者は嫌気性菌が減少しているため、嫌気処理によるFMTの方が良いかもしれない。
 CDIに対するFMT前には抗菌薬でClostridioides difficileの菌量を減らしておくことが勧められ、具体的にはFMT前に少なくとも3日間はバンコマイシンかフィダキソマイシンで治療し、FMT直前12~48時間前に抗菌薬は中止することが推奨されている2)
2.Clostridioides difficile感染症(CDI)
 CDIは抗菌薬使用等により腸内細菌叢の数や種類が減少し、菌交代現象が生ずることで発症する。治療は、メトロニダゾールやバンコマイシン、フィダキソマイシンによる抗菌薬治療が主流であるが、繰り返す再発例に対しては、近年腸内細菌叢のdysbiosisを劇的に回復させるFMTが欧米を中心に世界中で行われるようになっている。
 FMTは近代医学ではアメリカのEisemanらが偽膜性腸炎に対する効果を1958年に発表したのが最初で3)、次いでスウェーデンのSchwanらは嫌気的に調整された便を用いたFMTの再発性CDIに対する有効性を1983年に発表した4)
 2000年頃より高病原性株の出現により重症例含めCDI患者数は増加し5)、2013年にオランダのvan NoodらがFMT単回投与で81%、複数回投与で94%の劇的なCDI再発抑制効果と腸内細菌叢の多様性回復を示した報告6)を皮切りにFMTは一気に世界中に広まった。アメリカやオランダでは全国規模の糞便バンクが設立され、再発性CDIの治療に用いられている。2017年に発刊された米国医療疫学学会(The Society for Healthcare Epidemiology of America: SHEA)/米国感染症学会(The Infectious Diseases Society of America: IDSA)の改訂ガイドラインでは2回以上の再発例にはバンコマイシン漸減療法、バンコマイシン後のリファキシミン、フィダキソマイシンと並んでFMTが推奨されている7)
 2021年に公開された欧州臨床微生物感染症学会(European Society of Clinical Microbiology and Infectious Disease: ESCMID)の成人CDIに対する治療ガイダンスでは初期治療は可能な限りdysbiosisの原因となった抗菌薬を中止した上で、第一選択肢はフィダキソマイシン、第二選択肢はバンコマイシン、どちらも使えない場合はメトロニダゾールとなっている。ベズロトクスマブ(トキシンBヒトモノクローナル抗体)はうっ血性心不全患者には使用注意だが、高齢(65歳以上)かつ医療施設発症、3カ月以上の長期入院、抗菌薬併用、酸分泌抑制剤投与などの再発リスクの高い場合でフィダキソマイシンが使えない場合は使用を検討する。
 2回以上再発した際の第一選択肢はFMT、重症難治性CDIに対してはバンコマイシンまたはフィダキソマイシン、外科治療、およびFMTやチゲサイクリン点滴静脈内投与も考慮となっている8)。2021年に公開されたThe American College of Gastroenterologyのガイドラインでも2回以上の再発例はFMTが勧められ、また劇症型でバンコマイシンやメトロニダゾール点滴静注に不応性で外科治療を躊躇する状況ではFMTが勧められている9)
 Ianiroらは再発性CDI患者290人(抗菌薬治療群181人、FMT治療群109例)を前向きコホート研究で比較したところ、血流感染症は抗菌薬群22%に比しFMT群は5%と低く、在院日数でも抗菌薬群27.8日に比しFMT群は13.4日と少なく、90日後の生存率も抗菌薬群61%に比しFMT群は92%と高かったと報告している10)。また、筆者らはCDIで寝たきりの高齢者がFMTにより全身状態、認知症状が改善し、便中腸内細菌叢はもとよりウィルス叢、短鎖脂肪酸濃度が上昇していたことを報告した11)
 アメリカ疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)発行の「アメリカにおける薬剤耐性の脅威2019年レポート」によればCDI患者は抗菌薬使用の適正化により2015年を境に徐々に減少傾向であるが、2017年のアメリカにおける年間感染者数は223,900人、年間死亡者数は12,800人と依然多く、年間の医療コストは10億ドルに上り、脅威レベル「urgent(緊急)」の5病原体の一つとしてリストアップされ(ちなみに他の四つはカルバペナム耐性アシネトバクター、Candida auris、カルバペナム耐性腸内細菌科細菌、薬剤耐性淋菌)、政府主導で感染対策が行われている12)
 対照的に日本ではCDIに関する認識度は低く、医療現場においても行政においてもCDIへの感染対策は欧米と比べ著しく遅れている。過去日本ではCDI発生率は低いとされてきたが、最近の多施設前方視的調査において、調査した12病院全体のCDI発生率は7.4/10,000 patient-daysと欧米同様に高いことが明らかになった。外来受診する下痢患者においてはCDIが疑われないことが多く、日本での市中感染の実態は不明である13)

(次号につづく)

文献
1)大宮直木.特集:消化管疾患と感染の最前線 15. 糞便移植療法の最近の話題.診断と治療 2022;110:927-932.
2)Cammarota G, Ianiro G, Tilg H, et al. European consensus conference on faecal microbiota transplantation in clinical practice. Gut 2017;66:569-580.
3)Eiseman B, Silen W, Bascom GS, et al. Fecal enema as an adjunct in the treatment of pseudomembranous enterocolitis. Surgery 1958;44:854-9.
4)Schwan A, Sjolin S, Trottestam U, et al. Relapsing clostridium difficile enterocolitis cured by rectal infusion of homologous faeces. Lancet 1983;2:845.
5)He M, Miyajima F, Roberts P, et al. Emergence and global spread of epidemic healthcare-associated Clostridium difficile. Nat Genet 2013;45:109-13.
6)van Nood E, Vrieze A, Nieuwdorp M, et al. Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile. N Engl J Med 2013;368:407-15.
7)McDonald LC, Gerding DN, Johnson S, et al. Clinical Practice Guidelines for Clostridium difficile Infection in Adults and Children: 2017 Update by the Infectious Diseases Society of America(IDSA)and Society for Healthcare Epidemiology of America(SHEA). Clin Infect Dis 2018;66:987-994.
8)van Prehn J, Reigadas E, Vogelzang EH, et al. European Society of Clinical Microbiology and Infectious Diseases: 2021 update on the treatment guidance document for Clostridioides difficile infection in adults. Clin Microbiol Infect 2021.
9)Kelly CR, Fischer M, Allegretti JR, et al. ACG Clinical Guidelines: Prevention, Diagnosis, and Treatment of Clostridioides difficile Infections. Am J Gastroenterol 2021;116:1124-1147.
10)Ianiro G, Murri R, Sciume GD, et al. Incidence of Bloodstream Infections, Length of Hospital Stay, and Survival in Patients With Recurrent Clostridioides difficile Infection Treated With Fecal Microbiota Transplantation or Antibiotics: A Prospective Cohort Study. Ann Intern Med 2019.
11)Gotoh K, Sakaguchi Y, Kato H, et al. Fecal microbiota transplantation as therapy for recurrent Clostridioides difficile infection is associated with amelioration of delirium and accompanied by changes in fecal microbiota and the metabolome. Anaerobe 2022;73:102502.
12)2019 AR Threats Report. CDC Antibiotic / Antimicrobial Resistance(AR / AMR)
13)国立感染症研究所、厚生労働省健康局、結核感染症課.〈特集〉日本のClostridioides difficile感染症.病原微生物検出情報(月報)Infectious Agents Surveillance Report(IASR)2020;41 No.3(No.481).
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