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学術・研究

医科2022.09.10 講演

日常診療に役立つ"おなかの診かた"
[診内研より536] (2022年9月10日)

大船中央病院内科 中野 弘康先生講演演

はじめに
 日常診療でおなかに関連した症状を診る機会は多いものの、患者の病歴はあまり吟味されず、診察もそこそこに、検査ありきとなる現場を多く目撃します。
 開業医の先生方には、患者の語る病歴を大切にし、特異度の高いフィジカルを積極的に探しにいくことで、日常診療を楽しみ、腹部の愁訴で来院した患者を適切に診断・治療に繋げられるのをゴールとしたいと思います。
急性腹痛
 初動は、何はともあれ、緊急性の高い病態を判断します。病歴聴取に並行して、患者の全身状態とバイタルサインを生理学的に解釈します。大事なキーワードが"カテコラミン・リリース"です。身体的ストレスが人体に与える生理的反応を示すコトバで、腹痛患者では、血圧(脈圧開大)の上昇/心拍数・呼吸数の増多/顔色の変化/冷汗の有無を中心に確認すると良いでしょう。これらが認められた場合は、循環動態が不安定な病態や炎症性病態を考慮し、敗血症、急性腸管虚血、汎発性腹膜炎、消化管穿孔、急性膵炎などを念頭に迅速なアクションが求められます。
 痛みの病歴聴取はOPQRSTに沿って聴取すると漏れがなく有効です。こと、腹痛診療においてはこのうちonset(発症様式)とtime course(時間経過)を重視します。onsetおよび間欠痛/持続痛を明らかにすることで病態生理が把握できますし、さらに、患者の訴えから、痛みを内臓痛、体性痛、関連痛に分類して腹痛の病変局在を把握します。
 特に緊急で介入すべき腹痛かどうかは、"突然発症の腹痛"をいかにdetectするかにかかっています。痛みが突然生じたかをただ問診するのではなく、"痛みがあったときに何をしていたか?"と聞いてみることを勧めます。そのときの状況が克明に記憶できていれば、それはすなわち突然発症の腹痛に他なりません。
 突然の腹痛を確認したら、"血管性病変・結石・穿孔"の三つを念頭に置き、続いて痛みが間欠痛か持続痛かを確認します。間欠痛は"疝痛(colicky pain)"とほぼ同義で、消化管や尿管などの平滑筋を有する管腔臓器が狭窄ないし閉塞したときに、それを解除するべく律動的に収縮する際に生じる痛みを指します。消化管由来の痛みは内臓痛かつ間欠痛であり、痛みは間欠期にはほぼ消失しますが、閉塞・狭窄の部位が下部消化管に行くに従い、間隔が長くなる傾向にあります。腸閉塞では、腹痛の間隔を把握することで画像検査の前に、おおよそ閉塞している部位が予想できますので、この知識は知っておいて損はありません。また、胆石の痛みはしばしば疝痛と表現されますが、胆石発作(胆石の胆嚢頸部への嵌頓による痛み)は基本的に持続痛であり、その点から"疝痛"ではありません。
 一方、持続痛は緊急的な介入を要する病態が多いです。筆者は、持続的な腹痛を確認した時点で、鑑別疾患を(1)血管由来の痛み、(2)胆石・胆嚢炎、(3)膵炎、(4)腹膜炎の四つに絞ります。さらに血管性の痛みでは、血管が詰まる(腸間膜動脈血栓症・心筋梗塞)/捻じれる(腸捻転・絞扼性イレウス)/破れる(腹部大動脈瘤切迫破裂)/裂ける(腹部大動脈解離)病態を想起します。
 血管性病態では、患者の訴える痛みと腹部の圧痛所見に乖離が生じることが多く、酷く痛がっているのに腹部所見はたいしたことがないときには積極的に血管由来の疼痛を想起します。個人的には聴診器が有用と考えており、腹腔動脈解離では、患者が痛がる部位の直上に聴診器のヘッドを当てて、bruitを確認します。
 胆石・胆嚢炎では右上腹部で緊満した胆嚢が見えるか確認し、右季肋部の圧痛、Murphy signの有無を診ます。膵炎では腹部膨満、天使の弓(Cupid-bow sign)の有無を視診で確認しつつ、高山の圧痛点、マレット・ガイ兆候を確認します。
 いずれも迅速な介入を必要とする病態であり、速やかに検査、治療に移行します。
内臓痛・体性痛・関連痛の考えかた
 小難しい内容と感じてしまいがちですが、実臨床では役に立ちます。内臓痛は間欠痛と置き換えてよく、腹部正中(心窩部~臍)に感じる鈍い痛みと表現され、ウイルス性腸炎や腸閉塞でみられます。たとえば間欠的な下腹部痛を訴える患者の腹部視診で術瘢痕があって、腹壁の上から拡張した腸管の蠕動を確認できたら、これは"visible peristalsis"といって腸閉塞にきわめて特異的な所見で(感度6%、特異度100%、陽性尤度比18.8)、さらに拡張した腸管による腹部膨満があれば、腸閉塞の可能性を高めることができます。このように、フィジカルは合わせ技であり、特異度の高い所見を見つけに行く作業が重要です。
 体性痛は膜由来の局在が明瞭な持続痛で、体動や、深呼吸、咳払いで増悪します。これは胸膜炎や腹膜炎など、膜の炎症を示唆する病歴と理解します。腹膜炎の患者は、横になっている様子を一目みただけで分かります。なぜなら動くと痛みが悪化してしまうので、ベッド上でじっとして動かないのです。尿管結石の患者が痛みのためじっとしていられないのとは対照的です。下肢を伸展すると腹膜の痛みが増強するため、膝を立てていることが多いです。痛みのため前かがみの姿勢を取る歩き方をする患者では、腹膜炎を疑うとよいでしょう。また、"病院に来る途中、歩く振動で痛みが悪化しませんでしたか?"と聴取し、"はい"と返答がかえってきた場合は診察室の椅子に座ってもらう前に、膝踵落としテスト(heel-drop test)や咳テスト(咳払いをさせて痛みが響くか確認する)を追加します。これらが陽性であれば、腹膜炎を想起します。
 関連痛は"デルマトーム"として理解します。胆嚢炎では右肩甲骨背側に痛みが放散し、脾破裂では左肩に痛みが放散します。膀胱尿管移行部に嵌頓した尿管結石では、同側の陰部に痛みが放散します。患者の訴える痛みの場所が解剖学的に説明困難な場合は、関連痛を思い出すと良いでしょう。個人的には、"関連痛を制するものは腹痛診療を制する"と思っています。
慢性腹痛
 慢性腹痛はバイタルサインが安定していることが多く、多くは数カ月前から、場合によっては年余にわたる原因不明の腹痛として来院されることもあります。年齢も思春期から高齢者まで幅広く、すでに他院で血液検査や画像検査はあらかた終わって、それでも痛みを心配して来院する方もいたり、バリエーションは豊富です。
 慢性腹痛はそれだけで一冊の本が書けてしまうほど奥深いので、ここですべてを述べることはできませんが、私の尊敬する内科医、國松淳和先生が、著書『診察日記で綴る あたしの外来診療』で、こういった慢性・再発性の腹痛を訴える患者をみたら考えるべき鑑別疾患をうまくまとめてくださっていますので、ご紹介します。
・機能性消化管障害〈FGID〉(機能性ディスペプシア〈FD〉、過敏性腸症候群)
・胆石発作の反復(胆嚢頸部へ陥頓したり外れたり)
・胆道ジスキネジア(Sphincter of Oddi's dysfunction:SOD)
・上腸間膜動脈症候群、正中弓状靭帯圧迫症候群(MALS)
・好酸球性胃腸炎
・遺伝性血管性浮腫
・腹部てんかん、腹部片頭痛
・前皮神経絞扼症候群(ACNES)
・中枢介在性腹痛症候群(CAPS)
・急性間欠性ポルフィリン症
・鉛中毒
 このうち、私見ではありますが、思春期から30~40歳代の女性の腹痛では、FGID、腹部片頭痛、ACNES、CAPSなどが多い印象をもっています。時折FDとして長年フォローされるも良くならない腹痛にMALSが含まれていることがあります。さらにFGIDに片頭痛が合併したり、FGIDにCAPSが合併したりと一人の患者に複数の病態が併存していることも多く経験します。
 筆者の考える慢性の消化器愁訴に対するアプローチの初動は、器質的な疾患の除外ですので、一度は画像検査(超音波・必要に応じてCTや内視鏡)を行い、炎症性腸疾患や好酸球性胃腸炎などを除外します。クリニックで対応が難しい場合は積極的に高次医療機関に紹介し、器質因を精査する姿勢を重視します。
 ただ、多くの医師(特に消化器科医)は器質因の検索に夢中で、器質的な疾患が否定されたあと、FGIDやCAPSに代表される機能性病態は"私の守備範囲ではないので心療内科や精神科を受診してください"などと言って患者を放してしまいがちです。
 筆者はこの姿勢には賛同できず、こういった慢性の腹部愁訴を訴える患者ほど、再診を繰り返しながら良好な医師-患者関係を構築するのが最も大切と考えています。ゆっくり時間をかけて患者が痛みに悩まされた時間を傾聴によって解きほぐし、一緒に治療に向かっていくという丁寧な作業が重要と思います。
あとは賢く経験するのみ
 急性疾患では、腸炎はもちろん、虫垂炎や憩室炎などはコモンディジーズですので、典型的な病歴とフィジカルを体得します。
 しかし臨床を長くやっていますと、次第にコモンディジーズの奥深さを知ることになります。つまり、コモンな病気だけどレアなプレゼンテーションに出くわすことが多くなります。
 典型的な虫垂炎はPNATFLという順番で症状が進行しますが(Pain→Nausea→Anorexia→Tenderness→Fever→Leukocytosis)、これまで、筆者は40度の発熱と悪寒戦慄のみで受診したり、頻回の下痢が主訴だったり、頻尿が主訴だったり、右鼠径部痛が主訴だった虫垂炎のケースを経験しています。つまりコモンディジーズをたくさん経験するにつれて、症状のバリエーションがあまりに豊富なことに気づきます。こういった場合に賢く経験値を挙げていくにはどうしたらよいでしょうか。
 筆者はこう考えます。患者の病歴を聞いた時点で虫垂炎という診断名が思い浮かばなかったが、のちにやっぱり虫垂炎だったと判明した場合は、患者の病歴を改めて振り返り、どこで推論を誤ったのか、丁寧に振り返る作業を行います。時間はかかりますが、こういった数稽古を繰り返すことによって、精度の高い病歴聴取が行えるようになると感じますし、さらにはフィジカルの腕も上がってくるものと信じています。ぜひ、一緒に頑張っていきましょう。

(2022年9月10日、診療内容向上研究会より)


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