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学術・研究

医科2023.07.22 講演

臨床推論におけるキーフレーズとミミッカー
[診内研より539] (2023年7月22日)

京都大学大学院医学研究科医療経済学分野 博士課程 長野 広之先生講演

はじめに
 臨床推論は掴みどころのないプロセスである。医師になりたての頃、上級医が診断に至る思考過程が全くわからなかった。診断された疾患を勉強しても、また症候からその疾患を診断できるのか自信が持てなかった。本講演では私が経験を積む中で臨床推論を上手に行うポイントと考えたキーフレーズとミミッカーの二つについてお話した。
 本項では紙面の都合上、ミミッカーについて説明する。キーフレーズについてご興味のある方は拙書『ジェネラリストのための内科診断キーフレーズ』をお読みいただきたい。
臨床推論に関する二つの思考プロセス
 臨床推論は病歴を含めた患者の物語を聞くことから始まる。そして身体所見、各種検査などを加えて情報を収集する。収集した情報を統合、解釈しそれらを適切に「Problem」として表現、そして仮説を形成する。
 一方、医師は日々の臨床経験や勉強から各々の疾患がどのようなプレゼンテーションで目の前に現れるか、経過をたどるかなどを学び、それをillness script(病気のシナリオ)として蓄積している。診断の過程においてはProblemや仮説に合うillness scriptを検索・選択し、診断する流れである(N Engl J Med. 2006;355(21):2217-2225.)。この過程で収集した情報の統合・解釈は無意識下で処理の速い直観的思考(System1)と意識的で処理の遅い分析的思考(System2)から成ると言われている(表)。
 直観的思考は潜在意識下で行われるヒューリスティックである。得た情報の解釈に合うillness scriptを自身の臨床経験・知識から瞬時に選択する。一方で、分析的思考はアルゴリズムやフレームワーク、語呂合わせ、臓器別・病因別、そして解剖学的知識などを用いて網羅的/論理的に思考を進めていくプロセスになる。
 どちらが適切と一概に言えるわけではなく、医師の臨床的経験や目の前の状況、文脈によって適している思考は異なる。実際の思考過程はどちらか単一ではなく、相補的、協同的に作用し、臨床医の思考は二つを行ったり来たりすると言われている(Dual process theory)。
診断エラーにおける認知的要因
 しかしこんなことはないだろうか?
 忙しい朝5時の救急外来に右側腹部痛を主訴に60代男性が搬送されてきた。このような痛みは初めてであり、痛みで眼を覚ましたと言う。あなたは尿路結石を鑑別の第一に考え、腹部超音波検査と腹部CT検査を行ったが、結石や水腎症は認めなかった。しかし、あなたは忙しく疲れていたこともあり、結石は流れていったと考え鎮痛薬を処方し、患者を帰宅させようとした。
 本症例では医師は急性の側腹部痛の主訴を含めた患者の情報から尿路結石を直観的に診断した。しかし、検査所見は尿路結石と合致しない結果であった。本来は鑑別診断を建て直さなければいけない場面であるが、忙しさや疲れがそれを妨げたと思われる。
 このように診断のプロセスの中で問題が生じ、診断の間違いや遅れ、見逃しにつながることを診断エラーと呼ぶ。診断エラーというと対応した医師の知識や技術が足りなかったのではないかと思われるかもしれない。
 しかし、診断エラー100症例、592要因を分析した研究では知識や技術の問題だったのはわずか11要因であり、多くは認知や医療システムの問題だった(Arch Intern Med. 2005;165(13):1493-1499.)。診断プロセスにおける認知には多くのバイアスが関わり、代表的なものに早期閉鎖(Premature closure)がある。
 早期閉鎖はある疾患を思いついた際に他の可能性を考えることを止めてしまうバイアスであり、先程の研究でも診断エラーにおける認知的要因の多くを占めていた。
 認知バイアスに陥りやすい要因としては身体的・精神的疲労(睡眠不足、疲労、認知過負荷)、患者への陰性感情、診療への邪魔、引き継ぎ患者を診療している等が挙げられる(BMJ Qual Saf. 2013;22 Suppl2(Suppl2):ii58-ii64)。
 このような時、本来は分析的思考が補うべきなのであるが、認知的過負荷の環境下では思考は直観的に偏り、二つの思考過程を切り替える柔軟性を失うと言われている(CJEM. 2014;16(1):13-19.)。
認知バイアスを防ぐため-ミミッカ-症例から学ぶ
 認知バイアスに陥らないために、メタ認知やフィードバック、診断タイムアウト、チェックリスト、多職種連携、疲労をためない工夫など様々な方法が言われているが、ミミッカーを用いたpivot and cluster strategyを紹介する。これは直観的思考で想起した疾患を軸(pivot)の診断とし、その病気に表現型が近い鑑別疾患群(cluster)、つまりミミッカーたちを用意しておき、自動的に頭の中に展開する(分析的思考)ことで思考を停止させず、診断を網羅するという考え方である(Int J Gen Med. 2012;5:917-921.)(図)。
 ミミッカーリストを作る際に考えることとして、pivotの疾患のillness scriptの熟知、疾患のどの表現型(症状や検査所見)に着目するか、ミミッカーの頻度や緊急性、自身のミミッカーの経験などがある。尿路結石の典型的なillness scriptとしては「尿路結石の既往のある、30~50代の男性の急性発症の側腹部痛、嘔気」である。具体的な尿路結石のミミッカーとして以下のようなものが挙げられる。
(1)結石性腎盂腎炎
(2)腹部大動脈瘤
(3)腎梗塞
(4)虫垂炎
 上記の症例では脈を触れてみるとirregularly irregularであり、心電図を取ると心房細動であった。採血ではLDH上昇、造影CTでは腎実質内の造影不領域を認め、腎梗塞と診断された。
終わりに
 ミミッカーについては出会う頻度の高い疾患について準備しておくと使いやすい。拙書『臨床推論の落とし穴 ミミッカーを探せ!』では尿路結石以外にも急性冠症候群、肺炎、喘息、敗血症、感冒/インフルエンザ、クモ膜下出血、虫垂炎などのミミッカーについて紹介している。臨床推論の切り口としてミミッカーが皆様の役に立てば幸いである。

(2023年7月22日、診療内容向上研究会より)


表 直観的思考(System1)と分析的思考(System2)
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図 pivot and cluster strategyの考え方
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