兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

医科2023.07.29 講演

[保険診療のてびき] 
がん疼痛への対応 ~鎮痛薬のうまい使い方~
(2023年7月29日)

神戸大学医学部附属病院 緩和支持治療科・特命教授 山口  崇先生講演

はじめに
 疼痛はがん患者において苦痛をもたらす代表的な症状で、合併頻度が高いことが報告されている。そのがん疼痛に適切に対応し、がん患者の生活の質(QOL)を維持・向上させることは緩和ケアの重要な役割の一つと言える。
 がん疼痛に対する症状緩和治療の中心を担うのは薬物療法であるが、その中でも"オピオイド鎮痛薬"と"非オピオイド鎮痛薬"が基本薬剤となる。
【オピオイド鎮痛薬】
 "オピオイド"とは、アヘンアルカロイドの作用点であるオピオイド受容体に結合し薬理作用を示す薬物の総称である。その中で鎮痛薬として使用されるものが、オピオイド鎮痛薬である。オピオイド鎮痛薬の基本的な薬理作用は、痛覚伝導路の上行系におけるシナプス乗り換え部分(脊髄後角、視床、大脳皮質)におけるシナプス伝導を抑制する作用と、脳幹部分において下行性抑制系を賦活化し、脊髄後角でのシナプス伝達を抑制する二つの作用により強力な鎮痛作用を発揮すると考えられている。オピオイド鎮痛薬の代表的なものとして、モルヒネ・オキシコドン・ヒドロモルフォン・フェンタニルが挙げられ、それぞれの特徴を理解することが、臨床現場において適切なオピオイド鎮痛薬の選択につながる。
・モルヒネ
 モルヒネは肝臓においてグルクロン酸抱合を受け、約10%がmorphine-6-glucuronide(M6G)に、約60%がmorphine-3-glucuronide(M3G)に代謝される。M6G、M3Gとともに、約10%が未変化体モルヒネのまま尿中に排泄される。M6Gは、モルヒネと同様にオピオイド受容体に対して作用し(opioid agonist)、鎮痛作用や消化器症状・傾眠・呼吸抑制などの有害事象にも関連する。
 一方、M3Gは、鎮痛活性はないものの、神経興奮性を惹起することが報告されており、せん妄・ミオクローヌス・痙攣などの有害事象や痛覚過敏にかかわることが想定されている。これまでの研究では、腎機能低下とモルヒネによる有害事象の発生の相関が報告されており、腎機能障害例ではM6G・M3Gの血中濃度が高いことが同時に報告されていることから、腎機能障害例ではこれら代謝産物の蓄積が有害事象に関与していることが想定されている。したがって、腎機能障害合併例(目安として、eGFR 30ml/min以下)においては、モルヒネの使用を避けるのが望ましいと考えられる。
 一方、一般的にグルクロン酸抱合の機能はCYP代謝と比較すると肝障害による代謝機能低下の影響を受けにくいとされており、グルクロン酸抱合で代謝されるモルヒネは肝転移や肝障害合併症例でも比較的影響を受けにくいと考えられる。また、呼吸困難や咳嗽などの呼吸器症状の症状緩和効果が期待できるため、疼痛と同症状が併存している場合はモルヒネが合理的な薬剤選択となる。
 しかしながら、前述の通り、腎機能障害例ではモルヒネおよび代謝物の蓄積に伴う有害事象リスクが上昇するため、使用を避けるのが望ましい。同様に、透析により除去されるため、透析中に安定した血中濃度維持ができない可能性があり、透析患者でも使用を避ける。
・オキシコドン
 オキシコドンは肝臓において、CYP3A4により約70%がノルオキシコドンへ、CYP2D6により10%以下がオキシモルフォンへ、それぞれ代謝される。ノルオキシコドンは臨床的に影響がある薬理活性はなく、オキシモルフォンはopioid agonistではあるものの産生量が非常に少ないので臨床的には影響は無視できる。ノルオキシコドン・オキシモルフォンと共に、約10%は未変化体で尿中排泄されるため、重度の腎機能障害例(目安として、eGFR 10ml/min以下)ではオキシコドンの蓄積による有害事象の懸念があるものの、軽度~中等度の腎機能障害では比較的安全に使用できると考えられている。
 ただし、透析により除去されるため、透析中に安定した血中濃度維持ができない可能性があり、透析患者では使用を避ける。
 また、CYPによる代謝であるため、多発肝転移による正常肝細胞量の減少や肝血流低下などによる代謝低下の影響を受けやすく、注意が必要である。
 さらに、CYP3A4阻害薬との併用で血中濃度上昇が報告されており、CYP誘導薬との併用では血中濃度低下が懸念されるため、薬物間相互作用への注意が必要である。
・ヒドロモルフォン
 ヒドロモルフォンはモルヒネと同様に肝臓においてグルクロン酸抱合を受け、約40%がhydromorphone-3-glucuronide(H3G)に代謝される。その他の代謝物は非常に産生量が少ないため、臨床的には無視できる。H3Gは鎮痛活性はないものの、M3Gと同様に神経興奮性を惹起することが報告されている。そのため、重度の腎機能障害例におけるヒドロモルフォン使用によるせん妄や昏睡を生じた例が報告されているので注意が必要である。
 また、透析により除去されるため、透析中に安定した血中濃度維持ができない可能性があり、透析患者では使用を避ける。一方で、グルクロン酸抱合による代謝のため、肝転移や肝障害合併症例でも比較的影響を受けにくいと考えられる。
・フェンタニル
 フェンタニルは肝臓において、CYP3A4により90%以上がノルフェンタニルに代謝される。ノルフェンタニルは臨床的に影響がある薬理活性はないとされる。そのため、腎機能障害例においてもフェンタニルの血中濃度は影響を受けにくい。
 また、分子量が比較的大きく、タンパク結合率が高い、分布容積が比較的大きい、脂溶性、などの性質から透析によって除去されにくいとされ、透析中でも安定した血中濃度が維持されやすい。したがって、重度の腎機能障害例や透析患者におけるオピオイド鎮痛薬としては第一選択と考えられる。
 ただし、フェンタニル貼付薬は開始/増量後の血中濃度安定まで72時間程度要するため、迅速な増量ができない。そのため、急速に痛みが悪化するような不安定な状況での使用は避けるべきである。
 また、CYP3A4で代謝を受けるため、薬物間相互作用への注意が必要である。フェンタニルはモルヒネと比較して便秘の合併が有意に少ないことが報告されており、その点は利点である。
おわりに
 上記のような各薬剤の薬理的・臨床的な特徴を踏まえ、(1)可能な投与経路、(2)他の症状の併存、(3)臓器障害の合併、(4)痛みの経過が安定しているか、(5)薬物間相互作用、などを考慮し、患者個々の状況に合わせたオピオイド鎮痛薬の選択を行っていくことが肝要である。

(7月29日、薬科部研究会より)

※学術・研究内検索です。
歯科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(医科)
2017年・研究会一覧PDF(医科)
2016年・研究会一覧PDF(医科)
2015年・研究会一覧PDF(医科)
2014年・研究会一覧PDF(医科)
2013年・研究会一覧PDF(医科)
2012年・研究会一覧PDF(医科)
2011年・研究会一覧PDF(医科)
2010年・研究会一覧PDF(医科)
2009年・研究会一覧PDF(医科)