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学術・研究

医科2025.02.15 講演

なぜ人は依存症になるのか~日常診療で見かける依存症~
[支部研究会より] (2025年2月15日)

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長 松本 俊彦先生講演

若年女性における市販薬乱用の増加
 近年、精神科医療の現場では、10代、20代といった若年者の市販薬使用症患者が顕著に増加している。全国の有床精神科医療施設で治療を受けた薬物関連精神疾患患者の悉皆調査によれば、2018年以降、10代で最も多く乱用されている薬物は、大麻でも危険ドラッグでも覚醒剤でもなく、市販薬となっている。
 これは単に、危険ドラッグ、覚醒剤、大麻といった違法薬物を乱用する若者が少ない分、市販薬を選択する10代の割合が相対的に増えた、という話ではない。患者の絶対数が増えているのだ。事実、危険ドラッグ乱用禍のピークであった2014年と比較すると、2024年には10代の薬物使用症患者数はなんと6倍に増加している。
どんな市販薬が乱用されているのか?
 乱用されている市販薬の多くは、鎮咳薬と感冒薬、特に「パブロン・ゴールドA®」(以下パブロン)、「エスエスブロン錠®」(以下ブロン)、「メジコンせき止め錠Pro®」(以下メジコン)が多い。
 ブロンとパブロンには、延髄の咳中枢に直接作用して咳を抑える成分としてジヒドロコデインリン酸塩が、そして、交感神経系に作用して気管支を拡張する成分としてdl-メチルエフェドリン塩酸塩が含有されている。前者はオピオイドであり、わが国では麻薬及び向精神薬取締法によって麻薬として、そして後者は、覚醒剤取締法によって覚醒剤原料として、それぞれ規制されている。いうまでもなく、ともに依存性や好ましい向精神作用を有している。
 最近ではメジコンを乱用する患者も増加している。メジコンは、オピオイド成分を含まない「非麻薬性」鎮咳薬と銘打って市販されているが、そのことはただちに「安全」を意味するわけではない。この薬剤に鎮咳作用を持つ成分として含有されるデキストロメトルファン臭化塩(以下デキストロメトルファン)は、NMDA受容体拮抗薬に分類され、ケタミンやフェンサイクリジンといった違法な幻覚薬と類似した薬理作用を有する。したがって、大量摂取時には、幻覚が誘発されたり、あるいは、セロトニン症候群を呈したりする危険がある。
市販薬使用症患者の臨床的特徴
 近年の市販薬使用症患者の増加は、たとえば規制強化によって入手困難となった危険ドラッグの代替物として、市販薬が選択されるようになったからではない。というのも、かつて危険ドラッグを乱用していた10代患者は、男性に多く、早期に学業から離脱し、他にも非行・犯罪歴を持つ者が多かったのに対し、近年市販薬を乱用する10代患者は、女性が多く、現在高校在籍中、もしくは少なくとも高校は卒業しているなど、学業からの早期離脱はなく、非行・犯罪歴もない、いわゆる「よい子」が多いからだ。加えて、かつての危険ドラッグ乱用患者とは異なり、精神疾患を併存する者が顕著に多い。特に目立つのは、ストレスやトラウマに関連する心因性精神疾患(ICD-10?F4)や神経発達症(ICD-10?F8)の併存である。
 以上を踏まえると、市販薬乱用の背景には併存精神疾患に由来する心理的、感情的苦痛への対処としての側面があるのかもしれない。その点ではリストカットなどの自傷行為と共通した機能があり、実際、市販薬乱用と自傷行為の併存は多い。
 しかし、過剰摂取(Overdosing; OD)による市販薬乱用は、自傷行為といくつか異なった点がある。第1に、行為の視覚的モニタリングが不可能であり、第2に、行為と結果とのあいだに時間的遅延があるため結果のコントロールが難しく、そして最後に、非致死的結果の予測が困難である。その意味では、市販薬使用症患者からよく聞かされる、「こんなんで(市販薬ODで)死ねるとは思ってないけど、ワンチャン死ねたらそれはそれでラッキー」という非常に投げやりな言葉は、案外、正鵠を射たものといえるだろう。
なぜ若者は市販薬にアクセスするようになったのか?
 市販薬乱用を呈する若年女性患者は、従来、自傷行為や摂食障害といった問題で精神科医療にアクセスしていた一群と思われる。しかし、何らかの事情から市販薬へのアクセスがよくなり、現在の市販薬乱用エピデミックを呈しているのだろう。
 では、なぜこの一群が、あたかも一斉蜂起したかのごとく市販にアクセスし始めたのだろうか? もちろん、SNSの影響が皆無とは思わないが、それは主として情報拡散という二次的な役割でしかない。第一義的な原因は、まちがいなくドラッグストアの増加によるものだ。
 現在、ドラッグストアチェーン業界は8兆円を超える市場規模に成長し、毎年国内にはおよそ1000~1500店舗ずつドラッグストアが新規開店している。しかも、ドラッグストアは、安価な化粧品の品揃えが充実している。このことは若年女性の集客に大きく貢献し、結果的に市販薬へのアクセスを高めている可能性がある。
 今日のドラッグストアチェーン隆盛は政府の施策によって生じている。まず、登録販売者制度の創設(2009年)だ。それによって、薬剤師不在でも店舗開業が可能となり、店舗数は劇的に増加した。それから、「セルフケア・セルフメディケーションの推進」も無視できない。これは、医療費削減のために国民の安易な医療機関受診を抑えるべく、健康診断と市販薬活用を推奨する施策だ。その一環として実施されている施策として、スイッチOTCの推進(処方薬の市販薬化)や、セルフメディケーション税制(2017年)がある。
 店舗のみならず、インターネット上での市販薬販売に関する規制緩和も重要だ(2014年)。AmazonなどのEC(Electronic Commerce)サイトで市販薬売り上げランキングを確認するたびに、筆者は何とも悲しい気持ちになる。というのも、ベストセラー商品を見ると、乱用者に人気のあるブロン、パブロン、メジコンといった3大乱用市販薬は常時売り上げランキング上位を占めているからだ。製薬企業を支えているのは、真にその薬を必要としている人たちよりも、不適切に使用している人たちなのかもしれない。
おわりに
 最近、私学を中心に、校則で「市販薬OD禁止」と定めている学校がちらほら出現していると仄聞する。これは由々しき事態だ。というのも、今日、少なく見積もっても高校生の60人に1人に市販薬OD経験があることがわかっている。この事実は、学校全体で見ると、相当数の市販薬乱用経験者がいる、ということを示している。それなのに校則で禁止されたならば、問題を抱える生徒は一体誰に相談したらよいのだろうか? いや、そもそも、「停学」「退学」の危険を冒してまでSOSを出す者などいるのだろうか?
 2017年より文部科学省は、学校における自殺予防教育として「SOSの出し方教育」を全国実施しているが、それにもかかわらず、児童・生徒における自殺者の増加に歯止めがかからない理由はここにある。学校に「安心してSOSを出せる場所」「安心して失敗を話せる場所」がないからなのだ。

(2月15日、神戸支部研究会より)

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