兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2025.07.19 講演

[保険診療のてびき]
認知症診療の実際とアプローチ(2025年7月19日)

尼崎だいもつ病院 総合診療科・副院長 瀧本  裕先生講演

認知症診断の4ステップ
 認知症は日常生活に支障をきたす症状であり、診断には病歴、問診、身体診察、神経心理検査、脳画像検査が重要である。
 まずは認知症診断の4ステップを以下に挙げる。
1.病歴聴取:患者の生活状況をよく知る家族や周囲の人から詳細に聴取することが重要である。病歴が正確であれば、診察前に認知症の存在を確信できる場合がある。注意点として、本人にもの忘れの有無を深く問うことは控えた方がよい。また、本人を前にして家族にばかり質問すると、本人の機嫌を損なうことがあるので気をつけておく。ただ、認知症診断には生活障害の有無が重要だが、絶対的な基準は存在しない。年齢、性別、生活環境によって評価が異なることに留意する。例えば、50代の男性が携帯電話を使えなくなるのは病的かもしれないが、80代の独居高齢者が最新型の家電を使えないのは病的ではない。したがって、生活能力の評価には個別の質問が必要となる。
2.問診・診察:年齢や季節、最近の出来事などを尋ねることで認知症の兆候を探る。言い訳や取り繕い、家族への助けを求める態度(振り返り徴候)も診断のヒントになる。
3.神経心理学的検査:多忙な外来診療の間で行うことは容易ではないこともあるが、その場合はスクリーニングとしてMini-cogを使用するとよい。なお、HDS-RやMMSEなどの神経心理学的検査は補助的な役割であると考えておく。そして、総合点よりも各項目の失点に着目する。軽度認知障害の検出にはMOCA-Jを勧める。単一の検査結果だけで診断するのは危険で、複数の検査を組み合わせるべきである。以下に、各検査の特徴などを挙げる。
・Mini-cog
 特徴:簡便で短時間で実施可能なスクリーニングツール
 評価項目:3語の即時再生、時計描写、3語の遅延再生。
 利点:短時間で実施可能であり、特別な訓練が不要
 欠点:詳細な認知機能の評価には不向。
・HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)
 特徴:日本で広く使用されている認知症評価ツール
 評価項目:30点満点で、3物品の遅延再生、単語の列挙など 。
 利点:日本の文化に適しており、アルツハイマー型認知症や血管性認知症の可能性を示唆することができる
 欠点:他の評価ツールと比較して、やや時間がかかる
・MOCA-J(Montreal Cognitive Assessment)
 特徴:軽度認知障害(MCI)のスクリーニングに有効
 評価項目:30点満点で、25点以下がMCIの可能性を示唆 
 利点:HDS-RやMMSEよりも糖尿病患者の認知機能障害を見出すことができる
 欠点:実施には一定の訓練が必要
・CDR(臨床的認知症尺度)
 特徴:認知症の重症度を評価するためのツール
 評価項目:趣味、社会活動、家事などの日常生活の状態から評価 
 利点:国際的に広く活用されており、本人だけでなく家族からの情報も基に評価する
 欠点:実施には時間がかかり、詳細な問診が必要
4.脳画像検査:CTやMRIは器質的疾患の除外が目的であり、認知症の有無を判断する手段ではないことに留意する。CT、MRIや臨床経過での判断が困難な場合や、早期診断や型の鑑別のためにSPECTやFDG-PETで機能面を評価する。病理的確証が必要な場合はアミロイドPETやタウPET(研究や一部特殊ケース)を行うことも近年は増加している。
認知症の種類と治療可能な認知症
 さて、認知症には主にアルツハイマー型、血管性、レビー小体型、前頭側頭葉型があるが、治療可能な認知症(正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症など)もある。この治療可能な認知症を早期に診断するのは、まさに初療医の腕の見せ所ではないだろうか。
 認知症のリスク要因には教育、難聴、高血圧、肥満、喫煙、うつ病、社会的孤立、運動不足、糖尿病、過度の飲酒、頭部外傷、大気汚染が含まれ、これらを改善することで認知症の予防効果が期待される。
認知症予防のためのリハビリテーション
 認知症の予防アプローチとして、具体的な主なリハビリテーションを4つ紹介する。
1.回想法:デジタル回想法(パソコンやスマートフォンのデジタル端末で、認知症患者の故郷、趣味、過去に訪れた旅行先などを検索して画像を供覧しながら語り合う)が記憶の想起を促す可能性があり、認知機能およびBPSDの改善に繋がるとされている。
2.認知刺激療法:現実見当識訓練(RO)が有効とされており、見当識障害の人に「今」を伝えることが重要である。例えば、「今は6月15日の午前9時です。爽やかな天気ですよ」などと患者に声をかけることが、見当識を意識させる契機になると思われる。ちなみに、認知機能低下が顕著で回答することが困難な患者に対して、質問攻めにすることは逆効果である。
3.認知リハビリテーション:日付の確認や季節の話題、ゲームや回想法、作業療法、学習などが行われる。
4.音楽療法:受動的音楽療法と積極的音楽療法の2つのアプローチがある。受動的音楽療法はリラクゼーションや回想音楽療法を目的に用いられ、焦燥性興奮、行動障害、不安を改善させる効果が示されている。積極的音楽療法では、患者が歌唱、楽器演奏、ダンスを行い、肯定的感情の喚起や自信の向上を目的としている。
軽度認知障害(MCI)の診断と対応
 さて次に、MCIの診断基準と課題について説明する。MCIは、認知機能の低下があるが認知症の診断基準を満たさない状態である。PetersenらやNIA-AAによる診断基準では、記憶障害を中心に、複雑な生活動作に軽度の支障があることが含まれる。臨床的課題としては、①診断基準が抽象的で、検査方法によって結果が異なる。②実際には認知症に進展している患者がMCIと診断されることが多い。③医師の裁量による診断のばらつきがある、ことが挙げられる。MCIは以下の3つに分類される。①Amnestic MCI(記憶障害が中心)、②Multidomain MCI(複数の認知領域に軽度の障害)、③Single nonmemory domain MCI:記憶以外の単一領域に障害。なお、背景疾患の検索も重要で、Amnestic MCIではアルツハイマー型認知症の前駆状態が疑われる。
 ところで現時点では、MCIから認知症への進行を予防する有効な薬物療法は確立されていない。非薬物療法(運動、食事など)も有効性は示唆されるが、十分なエビデンスはないのが実情である。
 また、臨床的に診断が困難な場合があるが、その際の適切な対応としては、①経過観察を重視し、半年~1年後の再診を勧める。②病態に応じて説明し、困ったときに受診するよう促す。③MCIと診断された場合でも、生活障害が目立つようになれば認知症と診断し直す。そして認知症診断は、初回診断が絶対的診断名ではないことに留意しつつ、医学的診断よりも患者・家族が何に困っているかを把握し、まずは環境調整などで支援する姿勢が重要と考える。
 軽度認知障害や軽度認知症は診断が非常に難しく、診断基準も抽象的で曖昧な部分が多い。そのため、診断には時間をかけた病歴聴取と問診・診察が重要であり、神経心理学的検査や画像検査はあくまでも補助的に用いるべきである。診断が困難な場合には、経過観察と患者・家族への支援を重視することが求められる。

(7月19日、薬科部研究会より)

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