兵庫県保険医協会

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学術・研究

医科2025.07.19 講演

知っているようで知らないせかい~HbA1c~(1)(全5回)
[診内研より559] (2025年7月19日)

遠別町国民健康保険診療所 院長 江橋 正浩先生講演

0.ご挨拶
 北海道の北の果て、遠別町で内科医として勤務している江橋正浩(えばしまさひろ)と申します。このたびは、この歴史と伝統ある研究会にご招待いただき、誠にありがとうございました。出身は茨城で、自治医大25期(2002年)卒業です。臨床検査専門医と小児科専門医を所持しており、今回は臨床検査の視点でお話させていただきます。
1.HbA1cとは?
 HbA1cは、糖尿病の指標として、広く知られています。患者さんも外来受診ごとに、自分の「ヘモグロビン(HbA1c)はどう?」と聞いてくるほどです。これほど汎用され、周知された検査は他にないかもしれません。
 しかし、皆さんは、そもそも「HbA1c」のこと、本当によくご存じですか?
 HbA1cがあるなら、A1aとかA1bもあるのか、AがあるならBもあるのか、A0とかA2もあるのか、など不思議に思いませんか? どうして、HbA1cだけが血糖の評価に用いられているのでしょうか。そして、いつからそれは用いられ、どのような原理なのか。皆さんはきちんと理解し、答えることができますか?
2.ある「宿題」との出会い
 10年ほど前、僕は自治医科大学臨床検査医学教室に所属し、専門医の研修をしていました。一日の研修が終わりの帰りがけ、指導医の一人で、当時准教授だった先生から、なにげなく、「はい」とたった3行の紙(図1)を渡され、「それ宿題にするから、来週までにどんな病態か考えてきて」と言われました。
 紙を受け取った直後も、時間が経過しても、何度その紙切れをみても、さっぱり意味が分かりません。GAって、なんだっけ? HbA1cの後ろに書かれているHPLCとか免疫法の意味も分かりません。全く意味不明の宿題でした。お手上げです。ただし、そういう時、臨床検査専門医には、強い味方がいます。検査室に常駐する検査医の横には、とても頼りになる「臨床検査技師」の皆さんがいるのです。彼らは本当に良く勉強し、親切で、まじめで、頼りになります。神様、仏様、臨床検査技師さま、なのです。この宿題をもって、相談にいくと、すぐいろいろ調べて、教えてくれました。
3.HbA1cの定義
 HbA1cは、国際臨床化学連合(International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine:IFCC)により、「β鎖N末端のバリンが安定的に糖化されているヘモグロビン:β-N-(1-deoxyfructosyl)-Hb」と定義されています1)。グルコースは赤血球の膜を自由に通過でき、糖化はグルコース濃度に依存します。糖化部位は複数個所あり、βVal-1が60%と最大で、βLys-17,20,66が18%、αLys-7,16が18%などとされています。
4.HbA1cの歴史
 1958年Allenによって、血色素のsubtypeが分類され、そのうち、成人HbA1は、a、b、c、d、eの5分画に分かれることがわかりました。HbA1aはあったのです!! このうちHbA1cは約6%となっています。ただ、この時点では、HbA1cと糖尿病の関係は触れられていませんでした35)
 HbA1cと糖尿病の関係を初めて示唆したのは、山口県立医大(当時)の臨床病理学講座・柴田進先生でした。血糖200㎎/dL以上の患者において、寒天電気泳動(pH7.0)でHbAより陰極側、CMC Chromato-graphyでHbA1cより前に分画される物質を見出し、Hb F like substance, Hb diabetesと命名し、1962年に発表しましたが、日本国内での報告だったこと、この物質の本体が何かまでは踏み込んで究明されていなかったため、残念ながら国際的に認知されることはありませんでした36)
 世界的には、サミュエル・ラーバー博士が、柴田先生とは異なる電気泳動法で、糖尿病患者に異常なヘモグロビンを見出し、1967年に発表、1968年に論文化しました37)38)
 1971年にTriveli博士が、BioRex70を用いた陽イオン交換クロマトグラフィーで糖尿病患者のHbA1cが高値を示すことを報告し、1976年にKoenig博士が、HbA1c値が空腹時血糖値とよく相関することを報告したことで、全世界が注目し、検査は急速に普及し、研究・開発も爆発的に増加しました。
5.HbA1c測定法
 HbA1c測定のゴールデンスタンダードは、高速液体クロマトグラフィーHPLC(High performance Liquid Chromatography)法です。Triveli博士の最初の測定もHPLC法ですし、基準測定法(KO500法)もHPLC法になります。
 糖化されたヘモグロビンは、糖化されていないヘモグロビンと比べて陽性荷電が減弱します。この陽性荷電の差を利用し、陽イオンカラムを用いて、血中のヘモグロビンをクロマトグラフィーで分離するのがHPLCの原理です1)
 Hbは、カラムの持つ荷電との相互作用により、陽性荷電の小さい方からA1a、A1b、HbF、不安定型A1c(labile-A1c:LA1c+)、安定型A1v(stable-A1c:SA1c)、A0の6分画に分離されます。これらはβ鎖N末端近傍の電荷状態がことなり、A1aから陽性荷電が増え、徐々に陽イオン交換充填剤(ゲル)(マイナス電荷をもつ)との親和性が大きくなり、その分溶出に時間がかかるようになります。この流れは一定ではなく、A1a~LA1c+までは一気に、急速に進み、可逆的ですが、SA1cになるところである程度の時間を要し、SA1c以降は不可逆的になります。
 そして、すべてのHbに対するSA1cの割合が、私たちが普段使用しているHbA1cとして示されることになります。
 (図2)は、2015年3月10日に私自身の血液を用いて行ったHPLC法の結果になります。SA1cは視覚的に黒く色付けされ、わかりやすくなっています。HPLC法の良い点は、このように、視覚的に分布がわかりやすく、異常(変異)ヘモグロビンを確認しやすい点にあります。
6.免疫法(ラテックス凝集法)(図3)
 未感作ラテックス液中に溶血させた試料を添加すると、HbA1cと他のHb蛋白が競合してラテックス表面に吸着し、固相化されます。
 検体中にはラテックス量と比べ過剰の総Hbが存在し、また、HbA1cと他のHb蛋白の未感作ラテックスへの吸着には差がないため、ラテックス表面に固相化されるHbA1c量は、溶血試料中のHbA1cの比率を反映します。
 次に、固相化したHbA1cに特異的な抗ヒトHbA1cモノクローナル抗体を添加し、ラテックス-HbA1c-抗ヒトHbA1cマウスモノクローナル抗体複合体を形成させます。この複合体を抗マウスIgGヤギ抗体で凝集させると、吸光度が変化し、この変化量を利用してHbA1c比率を測定するというのが、免疫法の原理です。
 この方法には複数の試薬があり、それぞれ抗体の抗原認識部位が異なります。どの試薬を使っているのかをきちんと理解しておく必要があります。
 例えば、デタミナーL HbA1c(協和メデックス)の場合、抗ヒトHbA1cモノクローナル抗体が、β鎖N末端の6位までのアミノ酸を認識します3)
7.酵素法(図4)
 はじめに、前処理で赤血球を溶血させ、Hbをメト化します。
 次に、プロテアーゼを添加してHbA1cのβ鎖N末端の糖化ペプチド(fluctosyl-Valine-Histidin:f-VH)を切り出します。
 f-VHにフルクトシルペプチドオキシダーゼを反応させ、過酸化水素水を生成させ、これとペルオキシダーゼの発色反応で生じる青色色素の吸光度を測定し、HbA1c濃度を求めます。一方で、メト化Hbの吸光度からHb濃度を求めます。Hb濃度を分母に、HbA1c濃度を分子にして、HbA1c割合(%)を算出します4)
 酵素法は、免疫法のような範囲での認識ではなく、アミノ酸をピンポイントで切断できるという利点があります。

参考文献

1)柏木厚典.糖尿病入門HbA1cの国際標準化.DIABETES UPDATE 2012;1:24-30.
2)宮本博康,染谷茜,吉澤辰一他.HPLC法によるHbA1c測定におけるHbF補正の注意点や補正域と有用性に関する検討.医学検査2013;62:3-9
3)柿沼泰久,大藤正和.新しい診断基準-国際化をめぐってQuestionデタミナーL HbA1c「デタミナーL HbA1c」の測定原理と基礎的検討について教えて下さい.肥満と糖尿病2010;9:434-6.
4)泉 雅子,大井加代子,黒田 雅顕他.酵素法を用いた汎用自動分析装置用グリコヘモグロビン測定試薬「ノルディアHbA1c」の性能評価.JJCLA 2009;34:902-10.
35)Allen, D.W., Schroeder, W.A. et al:Observation on the chromatographic heterogenecity of normal adult and fetal hemoglobin -a study of the effects of crystallization and chromatography in the heterogenecity and isoleucine content-. J. Am. Chem. Soc., 80:1628-1632, 1958.
36)柴田進ほか:糖尿病患者の血液に見出される異常血色素成分について.日血会誌,25:327, 1962.
37)Rhaber, S.:An abnormal hemoglobin in red cells of diabetes. Clin. Chim. Acta., 22:296-298, 1968.
38)Rhaber, S., Blumenfeld, O. et al:Studies of an unusual hemoglobin in patients with diabetes mellitus. Biochem. Biophys. Res. Commun, 36:838-843, 1969.

(次号につづく)
(7月19日、第623回診療内容向上研究会より)

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