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学術・研究

医科2025.07.19 講演

知っているようで知らないせかい~HbA1c~(3)(全5回)
[診内研より561] (2025年7月19日)

遠別町国民健康保険診療所 院長 江橋 正浩先生講演

(前号からのつづき)
12.GAが実際の血糖コントロールに比べ低値になる場合(図6)
【病態解説】
⑨ネフローゼ症候群
⑩甲状腺機能亢進症
⑪副腎皮質ステロイド投与
 上記の三つの病態では、アルブミン代謝が亢進するため、GAが実際の血糖コントロールに比べて低値となる5)9)
⑫高度肥満
 高度肥満ではアディポサイトカインの分泌が亢進し、アルブミンの異化が亢進するため、GAが実際の血糖コントロールに比べて低値を示すと考えられている5)
13.では、この症例(図1)では?
 まず、HbA1cのHPLC法と免疫法に関しては、HPLC法の方が9.5%と高いことから、④~⑧のいずれかが疑わしい。さらに、GA/HbA1cがHPLC法、免疫法ともに変化していることを考えると、⑧の異常(変異)ヘモグロビンの一部の可能性が最も高いと考えられます。どうやら、この症例は、異常(変異)ヘモグロビンのようです。
14.異常ヘモグロビンとは?
 通常とは異なったアミノ酸配列のα鎖・β鎖から構成されるヘモグロビンの総称です。
 ヘモグロビン中の1アミノ酸だけが置換されている場合が多く、2021年7月までに1800種以上の異常ヘモグロビンが発見・報告されています。
 ヘモグロビン中のアミノ酸置換が起こることで、コンフォメーションや表面電荷が通常と変化してしまい、HbA1cをHPLC法で測定する場合は、正常なクロマトグラム波形を描かない場合が多く、正確なHbA1cを測定することが難しくなります。逆に、クロマトグラム波形に変化があることが、異常ヘモグロビン発見の契機になることもあります。アミノ酸置換の部位によっては、免疫法や酵素法など他の方法でもHbA1c測定に影響する場合があり、実際には、異常ヘモグロビンの確定は難しいです。
15.代表的な異常ヘモグロビン
 異常ヘモグロビンで最も有名で保有者が多いのはHbS(sick cell anemiaの頭文字S)です20)
  1910年 Herrichが鎌状の赤血球の変形を発見した
  1949年 PaulingとItanoが電気泳動で正常とは異なる泳動パターンを示すことを発見した
  1957年 Ingramが、HbSはアミノ酸一残基の変異であることを証明した
 HbSのホモ結合は、発熱、脱水、組織のpH低下などの条件下で、Hb分子が赤血球内で重合し、鎌状(三日月)様に変形します。変形した赤血球が毛細血管を詰まらせ、四肢・関節・腹部の疼痛を起こし、その後、溶血性貧血を起こします。この繰り返しで、重度貧血と成長障害が出現します。
 ただし、アフリカ大陸やアメリカやヨーロッパで多いのは、溶血性貧血は起こさないヘテロ接合体であるとも言われています。
 熱帯熱マラリア原虫による悪性マラリアは、ホモやヘテロの鎌状赤血球症患者ではこれらの赤血球変異がない正常人よりも頻度が低いことがわかっています。HbSをもった赤血球で酵素分圧が低い場合、ヘモグロビン凝集のため熱帯熱マラリア原虫の増殖が弱まるのです。マラリア感染症との関係から、本来生存に不利な変異が、マラリア感染症のため生存に有利に働いたため、高い変異頻度となったと考えられています21)
 他に、世界的に多い変異として、HbC、HbE等があります。(HbにはCもEもありました!)HbEは東南アジアや中国に高い頻度でみられ、そのホモ結合体は重症の溶血性貧血を起こします。以上のように、重篤な症状を引き起こすアミノ酸変異があるヘモグロビンは、異常ヘモグロビン(Abnormal Hb)と呼ばれてきました。
16.本当に「異常」なのか?
 異常ヘモグロビンの存在が知られ、研究が進んでいき、その後多くの変異が発見されました。しかし、Hbの安定性や酸素運搬能・親和性などを調べられるようになると、「アミノ酸置換はあるものの、Hb機能そのものは異常がない」タイプのものがほとんどであることがわかってきました。
 実際、2021年7月までに1841種類の変異Hbが見つかっていますが、このうち
 鎌状赤血球を示す2種類 
 不安定(unstable)Hb155種類 
 メトヘモグロビン13種類 
 酵素親和性上昇102種類 
 酵素親和性低下48種類 
 以上の合計320種(重複あり)以外の、約1500種類(約81%)は、全くの無症状であり、検査などの過程で偶発的に発見されたものでした。
 アミノ酸置換があるだけで、病気の原因にならないのに、「異常(abnormal)」という呼び方はふさわしくないことから、兵庫医大の宮崎先生が、「異常(abnormal)」ではなく「変異(variant)」という表現を提唱しています22)
17.日本での変異ヘモグロビン
 日本でも多数の変異ヘモグロビンが発見されています。2021年で日本だけで約200種類以上、その頻度は正確なデータはないものの、1/1000~1/3000と決して、まれではありません。日本全国さまざまな場所で発見されており、日本人特有の型というものはありません。ほとんどは臨床的に無症状で、HbSはまれです。
18.HPLC法における異常(変異)ヘモグロビンの測定モデル
 HPLC法では、クロマトグラムが視覚的にわかります。正常なクロマトグラムではA1cとA0が分離され、それぞれにピークがあります。もし異常Hbが存在すると、通常とは異なる部位にピークが出現し、異常高値/異常低値もしくは測定不能という結果として現れることから、その存在を疑うことができます(図7)。
 図8のように、HbA1cが異常低値を示すとき、HbA1cと血糖値を比較し、臨床的におかしくないかまず評価します。HbA1c低値検体の留意点としては、
①実際に低血糖状態が続いていた。
②血球寿命が短縮する病態があった。
 古い血球(安定型A1c高値)が減り、新しい血球(安定型A1c低値)の比率が増えると、実際の血糖に比べてHbA1cは低く出る。
③造血剤(エリスロポエチンなど)を投与した。
 造血剤の投与により新しい血球比率が増加するため、血糖値に比べてHbA1cが低値となる。
④異常(変異)ヘモグロビンの存在
 A0ピークの中に異常ヘモグロビンのピークが隠れてしまう。
 図9のように、HbA1cが異常高値を示すときも同様に、実際の血糖値と比較し、臨床に即しているかを、評価します。
 HbA1c高値検体の留意点としては、
①実際に高血糖状態が続いていた。
②異常(変異)ヘモグロビンの存在。
 SA1cピーク付近に異常ピークがあり、被るような形で描出されてしまうため、異常高値となってしまいます。
 クロマトグラムの縦軸最大値は15%であるが、SA1c15%以上の検体であっても、ピークは欠けてしまうが測定自体は正確に行われています。
【異常(変異)ヘモグロビン発見の ヒント(まとめ)】
①HPLC法測定結果 ⇒ 装置フラグで視覚的に確認可能
・クロマトグラムに異常があるか?⇒ 未知ピークに注意
・HbA1cのピーク形状に異常があるか? ⇒ ピークが太い
②SA1c値が血糖値や前回値と極端に乖離していないか?
 ⇒血糖異常値、HbA1c正常範囲など

(2026年1月25日号につづく)

参考文献
5)古賀正史.グリコアルブミン,フルクトサミン.総合臨牀 2008;57:1922-7.
9)糖尿病専門医研修ガイドブック 改定第3版.東京:診断と治療社;2007. p.151-4
20)Pauling L, Itano HA, Singer SJ, Wells IC. Sickle cell anemia molecular disease. Science 1949;110:543-8.
21)熊本大学輸血・細胞治療部HP (https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/disease/anemia/HbS/index.html)2025/7/8確認
22)宮﨑彩子.Hb異常症がHbA1cに与える影響.兵庫医科大学医学会雑誌 2021;46:15-20.

(7月19日、第623回診療内容向上研究会より)

図6
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図7
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図8
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図9
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