医科2025.07.19 講演
知っているようで知らないせかい~HbA1c~(4)(全5回)[診内研より562] (2025年7月19日)
遠別町国民健康保険診療所 院長 江橋 正浩先生講演
(12月15日号からのつづき)
19.その差は、本当に、有意なのか?
ここで、一つ、ごく自然で、シンプルな疑問が浮かんでくる。そもそも、検査は誤差のあるもので、ほんのちょっとの変化はそもそも「有意」なのかという点である。現在日常検査は信頼性の高い測定法で相対誤差±5%以内が維持されている。(各施設の臨床検査技師に精度管理のことを聞くと教えてくれます。つまり6.0%の患者ならほぼ確実に5.7~6.3%に収まるため、仮に0.4%以上離れれば、それは有意差と判断してよいことになります。20.血糖値との乖離の留意点(図10)
①真の血糖よりHbA1cが高め(偽高値)となるとき急速な血糖改善の場合、HbA1cの改善が数値上追いつかず、偽高値を示す。
鉄欠乏性貧血では、赤血球寿命が短く、若いHbばかりで、偽高値を示す。
②真の血糖よりHbA1cが低め(偽低値)となるとき
急激に血糖高値になると、HbA1cへの評価に間に合わないため、偽低値を示す。
溶血などで赤血球寿命が短いと高い血糖に浸されたHbが減り、偽低値を示す。
③偽高値・偽低値どちらにもなってしまいうるもの
異常(変異)ヘモグロビン
【ポイント】
・HbA1cは「Hbの一部分をみている」のであり、HbA1cを測定するときには、常に、患者背景の「貧血/治療経過の有無など」の存在を疑うようにする。
・Hb値の同時測定も定期的に行い、意味のある数字化を確認する必要がある。
21.HbA1cの各測定法における、認識部位の違いについて
図11のように、HbA1c測定では、SA1c(β鎖N末端にグルコースが安定して結合した)認識部位に違いがあり、この差が、測定値の差として現れてくることがある。どの方法が、その患者にとって一番良い(正しい)血糖測定方法なのかは、単純に優劣はつけられず、それぞれの方法の利点・欠点を認識したうえで、患者ごとの判断が求められる。
22.追加すべき検査について
①問診や、一般的な血液検査、生化学検査により、表に挙げた異常(変異)Hb以外の原因を除外する。(※そもそも異常Hbなら症状あるはず)②酵素法(別の測定)によるHbA1c値を測定する。酵素法では、β鎖N末端から7位までを認識するため14)本症例では実際の血糖コントロールと乖離する可能性が高いと予想される。
③HPLC法によるHbA1c値を、他社の機器あるいは、同じ会社の機器で旧型や新型の機器で測定する。測定値の変動の仕方により、過去に報告された異常(変異)Hbとの対比が可能な場合がある16)。
23.異常(変異)ヘモグロビン診断に必要な検査
①高分離HPLC法汎用されているHPLC法によるHbA1cの分析時間は約1分間である。また、高分離HPLC法の分析時間は約40分である。そのため、実際の血糖コントロールと汎用HPLC法でのHbA1c値に乖離はあるものの、異常ピークが検出されなかった例で、高分離HPLC法を用いることにより異常ピークが検出でき、異常(変異)Hbを疑うきっかけとなる場合がある17)。この方法は、自動グリコヘモグロビン測定装置を販売している検査機器メーカーに分析を依頼することが可能である22)。
②異常Hbを検出するためのスクリーニング検査
ヘモグロビン分画や、等電点電気泳動、逆相高速液体クロマトグラフィーにより、異常(変異)Hbが存在する可能性を指摘できる場合がある。ヘモグロビン分画では、異常(変異)Hbの量が少ない場合や、血液を溶血させる状態によっては検出が困難な場合も多い。また、すべての異常(変異)Hbを検出しうるスクリーニング検査はない。
③不安定Hbを検出するための検査
イソプロパノール沈殿試験や、熱変性試験、Heinz小体生成試験などが挙げられる10)。
④異常Hbのアミノ酸一次構造解析
異常Hbの異常ペプチドを単離し、アミノ酸組成を分析する。その後、正常なペプチドと比較し、アミノ酸置換を推定する18)。
⑤ソフトイオン化質量分析
グロビンをトリプシンで消化し、逆相HPLCにかけ、イオン化質量分析を行う。グロビンα鎖、β鎖の異常鎖と正常鎖が混ざった状態で酵素消化し、ペプチドの質量数とアミノ酸配列を記録し、正常と異なるイオン質量のペプチドを見つける。イオンの質量数差からアミノ酸配列が求められ、異常(変異)Hbのアミノ酸変異を見つけることができる19)。
⑥遺伝子解析
末梢血buffy coatから単離したDNAを用いてPCR法を行い、得られた増幅産物についてSSCP(single strand conformation polymorphism)法、ダイレクトシーケンス法、クローニングシーケンス法などを実施し、遺伝子の塩基配列異常の検出と決定を行う10)。
24.この「宿題」(図1)の患者なら、どうするか?
さて、だいぶ寄り道はしましたが、それでは、今回の「宿題」(図1,11月25日号参照)の患者だったなら、どの検査を追加していけばよいでしょうか。ここが臨床検査専門医の力の見せどころです。この症例では、β鎖N末端から6位までのアミノ酸に変異がある異常Hb、あるいは糖化の亢進する異常(変異)Hbが疑われます。
基本的に、臨床症状や現在・過去の血糖変動と矛盾がないかの確認も必要です。家族歴聴取も重要です26)。HPLC法、免疫法、酵素法のうち、試していない他の検査方法で比較してみることも有用です。可能であれば、自施設だけではなく、他の施設や他の機器で測定できれば、その差異が意味あるかどうかを確認できます。
それらを踏まえ、まず推奨するのは、高分離HPLC法です。ここで異常ピークが認められた場合は、過去のデータと対比を行います。これは業者に依頼します。
高分離HPLC法で、異常ピークが認められた場合も、仮に認められなかった場合も、引き続き⑤のソフトイオン化質量分析を推奨します。これでアミノ酸変異を見つけることができ、すでに報告されている異常(変異)Hbのアミノ酸配列と合致すれば、この時点で診断がつく可能性があります。
ソフトイオン化質量分析でも診断が困難であった場合は、遺伝子解析を推奨します。遺伝子解析では、末梢血液から単離できない極度に不安定な異常(変異)Hbを検出できる可能性もあります。もちろん、未知の異常(変異)Hbの発見につながる可能性もあります。
ソフトイオン化質量分析にしても遺伝子解析にしても、大学や研究所レベルの検査ですので、異常(変異)Hbをある程度まで強く疑った時点で、専門の施設へ相談をしましょう。神戸であれば、兵庫医科大学などでしょうか?
(次号につづく)
参考文献10)村上純子.異常ヘモグロビン.日本臨牀 2010;68巻増刊号1:821-4.
14)椹わか菜.貧血や異常ヘモグロビンの人のHbA1cは?.肥満と糖尿病 2013;9:372-4.
16)石黒旭代,山内露子,今田龍市?他.ヘモグロビンA1c値の測定方法間差の現状.医学検査 2014;63:767-72.
17)成瀬桂子,小林泰子,中村信久?他.日常検査用HPLC法HbA1c測定におけるs-A1cとAoピーク間の波形異常より発見された異常ヘモグロビン症の1例.糖尿病 2014;57:118-23.
18)原野恵子,原野昭雄.異常ヘモグロビンの精査.Medical Technology 1997;25:697-704.
19)清水章.変異蛋白質の質量分析による検出-臨床検査への応用-.臨床病理 2003;51:29-42.
22)宮﨑彩子.Hb異常症がHbA1cに与える影響.兵庫医科大学医学会雑誌 2021;46:15-20.
26)小柴賢洋編著.検査データの読み方とピットフォール.金芳堂 2025.p.39-46.
(7月19日、第623回診療内容向上研究会より)
図10 HbA1c値と平均血糖値の間に乖離があるとき
図11












