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学術・研究

歯科2012.07.05 講演

歯科定例研究会より ドライマウスと唾液腺 ―今日からできる口腔ケア―

大阪大学大学院歯学研究科高次脳口腔機能学講座
顎口腔機能治療学教室教授 阪井 丘芳先生講演

はじめに
 超高齢社会をむかえて、日常生活に支障をきたすさまざまな疾患や症状が注目されるようになりました。ドライマウス(口腔乾燥症)も、その一つです。
 近年、医科、介護領域において、全身状態の管理のために口腔ケアが重要視されるようになり、一般歯科臨床においても大切な診療領域となってきています。
唾液腺の解剖
 唾液腺には、耳下腺、顎下腺、舌下腺という大唾液腺と、口腔内の粘膜下に、多数の小唾液腺が存在します。唾液は腺房と呼ばれるブドウの房のような形をした部分で作られ、導管を通って分泌します。
 最大の唾液腺である耳下腺は漿液腺であり、粘性の低い、いわゆるサラサラとした唾液を分泌します。上顎第二大臼歯付近の頬側粘膜にある耳下腺乳頭に、開口部があります。
 顎下腺は、漿液腺と粘液腺の混合腺で、比較的粘度のある唾液を分泌します。ワルトン管を通して、舌下小丘部にある開口部から唾液を分泌しています。
 舌下腺も顎下腺と同様、漿液腺と粘液腺の混合腺で、口底部の粘膜下で顎舌骨筋の上に存在します。舌下小丘部にある開口部と、口底部にある舌下ヒダから唾液を分泌しています。
 小唾液腺は口腔内に広く分布し、それぞれの腺上の粘膜から分泌します。
 大唾液腺も小唾液腺も、その基本的な構造は同様であり、多数の小さな導管と腺房からなる枝分かれ構造となっています(図1)。
唾液の成分と機能
 唾液は、動物の身体維持に欠かせない重要な機能を持っています。口腔は、空気や食物などの入り口であり、常に外界の雑菌にさらされています。常在菌も存在し、口腔内の機能維持に貢献しています。唾液には、これらの細菌の増殖を抑える抗菌作用があります。また、消化作用や歯の再石灰化作用もよく知られた働きです。
 唾液には、納豆やオクラに含まれる粘り気をだすムチンというタンパク質を含みます。フランスパンやクッキーのような硬いものが接触しても、傷が付かないように口腔粘膜をコートしています。さらに、粘膜保護をするだけでなく、唾液の粘り気が作用すると、食塊がまとまりやすく、嚥下がスムーズになり、食塊形成、摂食嚥下に重要な働きをしています。水だけでは食べ物をまとめることができず、誤嚥してしまったご経験をお持ちの方もおられると思います。
 また唾液には、成長因子が含まれています。1986年のノーベル賞で脚光を浴びた上皮細胞成長因子(EGF)や、神経成長因子(NGF)です。EGFは、上皮細胞の成長を促進させる働きがあります。コーエンという学者が唾液腺から抽出したEGFを歯の発生過程中の別のマウスに注射して、歯の萌出を早めたという実験が有名です。
 動物が傷口をなめるのは、抗菌作用だけではなく、修復を促進させる働きも関連していると考えられています。NGFは、神経細胞の分化、維持に関与しています。
 このように唾液は単なる水ではなく、身体の機能維持に重要な働きを有しています。
ドライマウスの原因
 ドライマウスの原因を調べると、唾液腺そのものの損傷、萎縮があります。これには、シェーグレン症候群、顔面の腫瘍などに対する放射線治療、外傷などがあげられます。これらの場合でも、唾液腺のすべてが機能を果たせなくなるわけではありません。
 唾液の分泌は、自律神経のはたらきに支配されているため、ストレスによる神経性要因がドライマウスを生じます。健常者でも緊張などによって唾液分泌が少なくなるように、ストレスによって交感神経の働きが強まり、唾液分泌が減少する状態を示します。さらに、機能的に唾液腺は正常であっても、睡眠薬、精神安定剤、抗うつ薬や降圧剤、胃薬、抗アレルギー剤、風邪薬、抗コリン剤などの薬剤の副作用でドライマウスになります。
 最近の文献では、5種類以上の薬剤を服用すると、副作用が出やすくなる傾向があるそうです。糖尿病や腎臓病の合併症として、利尿が進むと体内の水分不足になり、ドライマウスが生じる場合があります。患者さんが診察に来られたら、問診で服用中の薬剤と基礎疾患を確認することが大切です。
ドライマウスの診断
 ドライマウスの治療に当たる前に、病気の原因を知るために問診を行います。原因別に、対症療法が異なってくるためです。
 ドライマウスの検査としては、まず、安静時の唾液分泌量と刺激時(ガム咀嚼)の唾液分泌量を調べます。当病院のドライマウス外来の場合、ドライマウスの患者さんのほぼ10%は、シェーグレン症候群の患者さんです。シェーグレン症候群を疑う場合、ドライアイの症状も出ますので、涙液量の検査も行います。また、自己抗体の有無を調べるために、血液検査などをする場合もあります。
 実際に、シェーグレン症候群の患者さんが強いドライマウスの症状を認めるわけではありません。意外にも、前述した多剤服用に伴う副作用やストレス、筋力低下に伴う症状である場合が多く、的確に診断することが必要です。
ドライマウスの治療の手順
 ドライマウスの治療は、(1)原因除去ができそうなもの、(2)原因除去が困難そうなもの、(3)原因除去できるかもしれないもの、に分類して行います。
(1)原因除去ができそうなもの
 薬の副作用や糖尿病などがあげられます。これには主治医と相談の上、薬の変更や糖尿病の治療を勧めます。
(2)原因除去が困難そうなもの
 シェーグレン症候群、放射線治療後、老化・脳血管障害などがあげられます。根本的な治療は困難ですが、患者さん本人に対症療法を説明し、実践していただきます。
(3)原因除去できるかもしれないもの
 筋力低下、ストレス、口呼吸などがあげられます。筋力低下には筋力アップのための筋機能療法、ストレスに対しては薬剤よりむしろ、気分転換のための運動や音楽を勧めます。
 過度のストレスを伴う心因性のドライマウスには、心療内科的な対応が必要となり、精神科と共観して治療を進める場合もあります。口呼吸に対して、鼻中隔湾曲症や慢性鼻炎などの原因がある場合には耳鼻咽喉科の診察を勧め、習癖だけの場合には生活指導を行います。
 実際には、これら三つの複合で症状が発現していることが多いため、丁寧に原因を一つずつ減らしていくことが大切です。
 処方薬を使う場合、塩酸セビメリン、塩酸ピロカルピン等の唾液分泌を促進させる薬剤を用います。漢方薬を用いることもあります。唾液腺に障害を受けながらも、唾液腺自体に一部でも働く細胞があれば、刺激により、唾液分泌を促すことができます。
 原因にかかわらずドライマウスに対しては、保湿剤の使用をすすめます。保湿剤を配合した洗口液・ジェル・スプレー、人工唾液、トル、これらは患者さんの症状に応じて試していただきます。生活指導として、部屋の保湿、食事の変更、生活習慣の見直しなどをすすめます。
 ドライマウスに起因する粘膜障害に対しては、含嗽薬、軟膏、内服薬(抗真菌薬)で粘膜のトラブルにも対処します。う蝕や歯周病などがある場合は、よく噛めるように歯の治療を同時進行します。また、唾液が減ると虫歯や歯周病になりやすいので、適宜、治療やクリーニングを行い、生活指導も行います。
唾液腺刺激と機能回復
 以上のような治療と平行して、唾液腺を毎日刺激すると効果が上がります。ガムを噛む、食物をよく噛む、味覚刺激するだけでなく、筋機能療法、唾液腺・口腔粘膜マッサージなども含まれます。
 われわれが日頃の臨床で、唾液腺・口腔粘膜マッサージを続け直接唾液腺を刺激すると、重度のドライマウスであっても、唾液分泌を再開し、自覚症状が軽減する症例を多く見かけます(参考文献1参照)。
 食後や就寝前、うがいをして口を潤してからこのマッサージをするように指示し、患者さん本人にさせてもよいでしょう(図2)。
ドライマウスと口腔内環境の変化
 ドライマウスになると口腔環境の変化が起こり、風邪を引きやすくなり、肺炎が起こりやすくなると言われていますが、どうしてでしょうか? 
 口腔内には、多種にわたる微生物が存在し、一定の常在微生物叢を形成しています。すでに定着している常在微生物叢は外来菌の定着を阻止し、宿主の外来菌に対する感染防御機構の一端を担い、ビタミンの供給やリンパ組織の発育促進など宿主に有益に働いて共生関係を保っています。
 しかし、唾液の性状の変化や分泌量の減少により唾液の防御作用が損なわれると、口腔内微生物叢のバランスが崩れ、う蝕や歯周病が生じます。唾液分泌が減少し、自浄性の低下、口腔乾燥が生じると、口腔内pHの低下が生じます。また、プラークpHの低下も生じます。カンジダは低いpHで発育を繰り返す能力があり、唾液量低下による酸性化と関連していると思われます。
 カンジダは危険性が低いと考えがちですが、免疫能が低下した場合、カンジダに伴う真菌性(カンジダ性)肺炎が重篤化すると治療は困難になります。すなわち、口腔機能が低下して、誤嚥が生じやすくなると、肺炎のリスクが高まることが予想されます。
さいごに
 一般の方でも、ご自宅で予防的にドライマウスに対処していただけるように、ドライマウスの入門書を作りました。診察の前に患者さんの理解が深まれば不定愁訴が減るだけでなく、診療室の受付に置かれると、チェアタイムの縮小にも役立つと思っています。
 さらに、歯科医院だけでなく、内科、外科、耳鼻科を含めた医療機関、介護施設においても摂食機能療法を行う際にも有効だと思います。ご参考になれば幸いです。

〈参考文献〉
1)『ドライマウス-今日から改善・お口のかわき-』阪井丘芳著、医歯薬出版
2)阪井丘芳「唾液腺・口腔粘膜マッサージ -唾液の機能と口腔ケア-」日歯生涯研修ライブラリー No.0708

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