兵庫県保険医協会

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学術・研究

歯科2013.11.23 講演

「保険でより良い歯科医療を」兵庫連絡会市民講座(2013年11月23日)より
歯から始まる健康長寿〜歯がないと卒中れる!?転ぶ!?〜

広島市総合リハビリテーションセンター 医療科部長  吉田 光由先生講演

はじめに
 「元気で長生きしたい」というのは、すべての人の共通した希望だと思われる。厚生労働省は、昨年度初めて2010年の健康寿命を発表した。
 ここでは、健康寿命として「日常生活に制限のない期間の平均」が平成22年国民生活基礎調査と生命表をもとに算出してあり、その結果は、男性で70.42歳(平均寿命79.55歳)、女性で73.62歳(同86.30歳)となり、男性では約9年、女性では約12年程度の要介護期間が存在しており、この期間の短縮に向けた介護予防の取り組みが、健康長寿の延伸に向けた大きな課題といえる。
 65歳以上の「死亡原因となった疾病」と、「要介護の原因となった疾病」を比較すると、前者では「がん」、「心疾患」などが上位を占めるのに対し、後者では、「脳卒中」、「高齢による衰弱」、「転倒・骨折」などが多く、介護予防には、脳卒中予防と転倒予防が重要であることが言われている。
 最近の研究結果などから、これら脳卒中予防や転倒予防に歯科は大きく関われる可能性が示されつつある。このことについて、ここに紹介したい。
脳卒中と歯科
 脳卒中患者の口腔内状態について調査したわれわれの研究は、50歳代の脳卒中患者の残存歯数(18.4±9.4本)が、厚生労働省歯科疾患実態調査の平均残存歯数(24.1±6.1本)に比べて、有意に少なくなっていることを報告している1)。また、残存歯数の少ない者の方が、10年程度の観察期間の後に有意に多くの脳卒中を発症していたという報告もいくつか認められる2)
 歯を喪失するような生活悪習慣と脳卒中のリスクとなる生活悪習慣には似たところも多く、乱れた食生活や喫煙など、歯科での歯科疾患指導がひいては脳卒中予防につながる可能性が考えられる。
 歯周病と脳卒中を引き起こすような全身疾患との関連についても、最近いろいろと解明されてきている。動脈硬化を起こした血管壁のアテローム(血管壁への沈着物)の中から歯周病菌が多数見つかっていたり、心臓の弁膜に血栓をつくる原因(心原性内膜炎)の起炎菌となっていたりすることが報告されている3)。また、脳卒中の基礎疾患のひとつである糖尿病は、歯周病との間に相互に密接した関係があることも示されている4)
 このように、早期に歯を喪失している者では、脳卒中のリスクも高まっている可能性がある。したがって、このような患者を診た場合、血圧測定を行ったり、身長や体重を測定することでBMIを確認したりして、そのリスクを判断し、適宜内科等への紹介を行うことで、歯科でも脳卒中予防に貢献できるものと考える。
転倒予防と歯科
 残存歯数の少なくなった者で、開眼片足立ち時間などが有意に短くなることが報告されている5)。われわれも、前京都府立医大看護学科・木村みさか教授らと共同で行った調査において同様の結果を見出しており、両側の臼歯部の咬合がすべてそろっているアイヒナーの分類のA群の者は、上下の歯の咬み合わせがないC群と比べて、開眼片足立ち時間や脚筋力が有意に長いこと(図1)。また、重心動揺計を用いた検査から、重心軌跡長や重心軌跡面積といった指標がそれぞれ有意に安定していたことを明らかにしている(図2)。
 さらに、これらA群の中から、上下顎のすべての歯がそろっている35人を選択して天然歯群とし、C群の中で上下無歯顎で総義歯を装着している者のなかから、年齢や性別、BMI等を一致させた35人を総義歯群としてマッチドコントロール群を作成、両群の身体計測結果ならびに重心動揺検査の比較を行った6)。その結果、自分の歯がすべてそろっている天然歯群が総義歯群よりも開眼片足立ち時間が有意に長く、重心動揺検査でも、重心軌跡長や重心軌跡面積が有意に安定していることが示された。
 歯を支えている歯周組織のひとつである歯根膜は、身体の位置感覚などの深部知覚を司っていることが報告されており7)、頭位の安定に役立っているものとされている。したがって、このような開眼片足立ち時間の延長や重心の動揺は、歯の喪失による歯根膜の喪失によるものと考えられる。
 また、健常高齢者の2倍も転倒リスクが高いと言われている認知症高齢者146人を対象として、咬合関係と転倒回数を比較するという調査研究も実施している8)。その結果、調査時点から過去1年間に2回以上転倒していた者が41人(男性10人、女性31人、平均年齢83.1±6.4歳)、1回以下の者が105人(男性32人、女性73人、平均年齢81.9±6.9歳)であり、両者の性別、年齢に有意な差はなかった。
 認知機能をみるMMSE(mini mental status examination)においても、2回以上転倒した者で9.6±6.7,1回以下の者では11.8±6.3と有意な差は認められなかった。
 一方、これらの対象者を、残存歯のみで臼歯部の咬合を維持している残存歯群、義歯により臼歯部の咬合を維持している義歯群、臼歯部に咬合がない崩壊群に分けてみたところ、2回以上転倒した者で崩壊群が有意に多いという結果になった。さらに、崩壊群の中から10人の者に義歯治療を実施、義歯装着後1年間の転倒回数を調べたところ、死亡者1人、歩けなくなった者2人を除く7人すべてで、転倒回数が減少していた。
 さらに最近、Yamamotoらは9)、65歳以上の健常高齢者1763人を3年間追跡調査した結果、残存歯数が19本以下で義歯を使用していない者は、20本以上の者と比べて、2.5倍転倒するリスクが高いことを報告している。
 転倒して骨折することは、寝たきりとなる大きな原因の一つである。これらの結果は、歯を喪失した者にとって義歯は、まさに転ばぬ先の杖となるのかもしれないことを示唆しており、介護予防、介護の重症化予防に大きくつながる可能性を示している。
口から始まる健康長寿
 歯科は、医科とは別の教育体系の中で発展してきたため、口腔は医療の中から取り残されてきた感は否めない。一方で、今日のような超高齢社会となるまで、歯科がこのような状況に何ら問題を感じてこなかったことも事実である。
 われわれが、口腔の機能の低下した、いわゆる要介護高齢者を診るようになったのは、つい最近のことである。したがって、口腔機能の維持・向上が健康長寿にもたらす効果はまだまだ計り知れないものがある可能性がある。なぜなら、口腔は食べることを通じた生命の源であると同時に、話したり笑ったりといった生活の源でもあるからである。
 21世紀の超高齢社会のなか、われわれ歯科の果たす役割は、口腔機能の維持改善を通じた健康寿命の延伸である。このことを立証していくことが、われわれ歯科に課せられた使命であることを強く意識して、日々の臨床を行っていきたいものである。

参考文献
1)Yoshida M, Murakami T, Yoshimura O, Akagawa Y, The evaluation of oral health in stroke patients. Gerodontology 29(2):e489-493, 2012.
2)Yoshida M, Akagawa Y, The relationship between tooth loss and cerebral stroke. Jpn Dent Sci Rev 47:157-160, 2011.
3)Grau AJ, Becher H, Ziegler ㎝, Lichy C, Buggle F, Kaiser C, Lutz R, Bültmann S, Preusch M, Dörfer CE. Periodontal disease as a risk factor for ischemic stroke. Stroke. 2004;35:496-501.
4)Bullon P, Morillo JM, Ramirez-Tortosa MC, Quiles JL, Newman HN, Battino M. Metabolic syndrome and periodontitis:is oxidative stress a common link? J Dent Res. 2009;88:503-518.
5)Yamaga T, Yoshihara A, Yoshitake Y, Kimura Y, Shimada M, Nishimuta M, Miyazaki H. Relationship between dental occlusion and physical fitness in an elderly population. J Gerontol A Bio Sci Med Sci 2002;57A: 616-620.
6)Yoshida M, Kikutani T, Okada G, Kawamura T, Kimura M, Akagawa Y. The effect of tooth loss on body balance control among community-dwelling elderly persons. Int J Prosthodont 2009;22:136-139.
7)Gangloff P, Louis JP, Perrin P. Dental occlusion modifies gaze and posture stabilization in human subjects. Neurosci Lett 2000;3: 203-206.
8)Yoshida M, Morikawa H, Kanehisa Y, Taji T, Tsuga K, Akagawa Y. Functional dental occlusion may prevent falls in elderly individuals with dementia. J Am Griatr Soc 2005;53:1631.
9)Yamamoto T, Kondo K, Misawa J, Hirai H, Nakade M, Aida J, Kondo N, Kawachi I, Hirata Y. Dental status and incident falls among older Japanese:a prospective cohort study. BMJ Open. 2012;2. pii:e001262. doi: 10.1136/bmjopen-2012-001262.

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