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学術・研究

歯科2015.02.15 講演

歯科定例研究会より 顎骨と全身 −画像診断医の立場から−

松本歯科大学歯学部 歯科放射線学講座 同大学院歯学独立研究科 硬組織疾患制御再建学講座教授
田口  明先生講演

1.はじめに
 顎骨の最大の特徴は「歯」が存在することである。歯を喪失すれば顎堤吸収が起こって骨全体の形態は著明に変化し、骨量も減少していく。この現象は他の骨には存在しない。また歯が炎症巣になるため、炎症により歯槽骨の骨梁構造は容易に変化する。全身の骨も炎症による変化はあるが、頻度的には格段に顎骨で多い。加えて下顎骨は馬蹄形をしており、骨への力のかかり方が異なる。上顎骨は上顎洞が近接し、その影響を受けやすい。
 全身の骨とはさまざまな面で異なる顎骨は加齢により変化を起こすが、米国国立衛生研究所が2000年に報告した骨粗鬆症の定義を考えた場合、顎骨が骨粗鬆症性骨折を起こすとは考えにくい。本稿では全身の骨粗鬆症との関連から、顎骨の骨変化を述べていく。また動脈硬化や乳がん、痴呆症と顎骨あるいは口腔との関連についても若干の知見を述べる。
2.顎骨骨量の加齢変化−骨粗鬆症との関連
 顎骨のうち、歯が存在しない領域としては下顎頭と下顎枝が挙げられる。炎症の影響を受けにくい点で、全身の骨と同様の変化を呈しそうである。人体において下顎頭の骨密度と腰椎骨密度との関連を検討した論文はYamadaら(Bone, 1997)のもののみである。彼女らは定量的コンピュータ断層撮影法(QCT法)を用いて下顎頭の海綿骨密度を測定した。下顎頭骨密度は男女とも加齢により全身骨と同様に低下していった。特に女性では、閉経後に急激に骨密度が低下した。しかも若年成人女性では、下顎頭と腰椎の骨密度が非常に高い相関を呈していた。一方で男性での相関はなかった。下顎頭の骨密度は女性の全身の骨とほぼ同様の変化を呈すると考えられる。ただし顎関節は変形を伴うものもあり、また関節円板も転位するため、これらが骨密度に影響をすることは考えられる。
 同様に歯の影響を受けない下顎枝部の海綿骨密度と大腿骨密度との関係についてわれわれは、パノラマエックス線写真に画像処理の技術を用いて227人の日本人女性で検討を行った。大腿骨密度は二重エネルギーX線吸収測定法(DXA法)を用いて測定した。結果、下顎枝部海綿骨密度は加齢により著明には低下しなかったが、大腿骨密度により正常、骨量減少および骨粗鬆症と分類した場合、正常女性に比べ有意に下顎枝部海綿骨密度は骨粗鬆症女性で低下していた。下顎枝部海綿骨密度は全身の影響を受けていることがうかがえた。
 上顎骨歯槽部の海綿骨密度は、CTを用いたわれわれの検討では加齢により低下していた。特に上顎臼歯部で著明であった。Lindhら(Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod, 2004)は18人白人男女でQCT法による上顎骨前歯部の骨密度がDXAでの腰椎骨密度(r=0.6)と有意に相関したと報告している。上顎骨歯槽部の海綿骨密度は全身骨と中等度の関連を有することがうかがえる。一方で下顎骨歯槽部の骨密度も腰椎や大腿骨の骨密度と中等度の相関を有すると以前から報告されてきたが、Jonassonら(Bone, 2006;Bone, 2011)は近年、視覚的な海綿骨骨梁の3分類が前腕骨密度と関連することおよび骨粗鬆症性骨折リスクと関連することを報告した。ただしわれわれが最近検証したところでは、3分類が比較的曖昧であり観察者間の再現性が極めて悪いことが示唆された。もう少し再現性のよい指標が適切かもしれない。
 皮質骨内部にはハバース管とフォルクマン管という栄養管が走行しているが、骨粗鬆症患者では管が拡大し、最後には癒合して皮質骨は薄くなる(図1)。パノラマエックス線写真では下顎骨下縁皮質骨が明瞭に観察できるため、この変化を図2のように三つに分類できる。われわれはこの形態分類および皮質骨厚み(オトガイ孔下)が腰椎・大腿骨骨密度、骨代謝マーカー(骨吸収と骨形成の速度)および骨粗鬆症性骨折リスクと極めて関連することをこれまで報告してきた。欧米でもこれらの知見の追試は終了している。この部位は下顎骨基底骨部であり、歯や咬合の影響を受けにくいため、関連を有したものと思われる。この指標を用いて愛知県などでは医師会・歯科医師会および行政が協力して、骨粗鬆症患者スクリーニングを2007年から大規模に行っている。また形態指標を自動化してデジタルパノラマで自動スクリーニングが行えるパノラマ装置が朝日レントゲン社より市販された。
 これに対して同じ基底骨でありながら、海綿骨の変化は全身と大きく異なることがわれわれの研究で明らかになった。すなわち、加齢によって骨密度が上昇したのである。この知見は海外の研究者からも報告されている。なぜそのような変化となるかは不明であるが、馬蹄形の下顎骨で特に歯がなくなり顎堤吸収が進んだ場合、下顎骨の強度を維持するシステムが働いているのではないかとの仮説もある。今後、より詳細な検証が必要である。
3.動脈硬化、乳がんおよび痴呆症との関係
 Brownerら(Lancet, 1991)が低骨密度と心臓血管病変との関連を報告して以降、多くの研究者も同様の報告をしてきた。心臓血管病変、特に動脈硬化の起点は血管内皮機能異常であるため、全身の低骨密度化は血管内皮機能異常と関連する可能性がある。実際にわれわれは2004年、骨粗鬆症患者で血管内皮機能異常が進んでいることを報告した。ということは、パノラマエックス線写真の皮質骨指標で骨粗鬆症と考えられる人は血管内皮機能異常が進んでいる可能性がある。
 実際にわれわれはその点についても検討したところ、骨粗鬆症とスクリーニングされた人では血管内皮機能異常が進んでいた。血管内皮機能異常の段階であれば、食生活や運動で機能が改善できる。従来から歯周病と心臓血管病変は関係があると言われてきたが、われわれの検討では歯周病を治療する、あるいは歯磨き回数を増やすだけでも血管内皮機能は良くなっていった。
 一方で動脈硬化の最終段階ではアテロームが石灰化を起こすため、パノラマエックス線写真でも総頸動脈部にX線不透過像を指摘できる。これは1980年代初頭に米国のFriedlanderらが提唱したものであり、このような像がある場合は心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高いと報告している。ただし日本人で実際にどうなのかについての検証は少ない。
 歯をなくすと痴呆が進むという報告が幾つかあるが、そのメカニズムについては不明のままである。歯からの脳への刺激がなくなるためとも言われているが真偽が定かではない。われわれは痴呆のリスク因子である微小脳梗塞(ラクナ梗塞)と口腔衛生状態との関係について検証を行った。結果、ラクナ梗塞の増加には歯周病の進行が関与していることを世界で初めて見つけ出した。ただし歯周病の進行を食い止めることにより、ラクナ梗塞の増加が止まるか否かは今後の課題となる。
 骨量あるいは骨密度が減少すれば骨粗鬆症となる。では、骨量や骨密度が多すぎるとどうなるのか?Zhangら(N Engl J Med, 1997)の報告では、骨量が多い女性の場合、乳がんのリスクが上昇するとされている。乳がんの発症にはエストロゲンに対する累積暴露が関与するため、骨量と関連していたと考えられる。つまりエストロゲンに多く暴露すれば骨量は増加するが、乳がんリスクも増加するということである。とすれば、乳がんリスクの高い女性は、パノラマエックス線写真での下顎骨下縁皮質骨厚みが厚いはずである。実際に治療前乳がん患者とそうでない女性を比べた場合、皮質骨厚みは有意に乳がん患者で厚くなっていた。乳がんによる日本での年間死亡者数は約1万人であることから、パノラマエックス線写真から乳がんリスク女性を将来スクリーニングできればと思われる。
4.おわりに
 顎骨の加齢変化あるいは全身との関連はいまだ不明の点が多い。今後多くの研究者によりその全容が明らかにされた時、歯科医が全身疾患のスクリーニングに関与し、国民の健康に多大に寄与していくものと思われる。

図1 下顎骨断面の模式図。骨粗鬆症になるに従い、皮質骨内部の栄養管は拡大して最後には癒合し、皮質骨は薄くなる
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図2 パノラマエックス線写真による皮質骨形態分類。図1の概念をパノラマに適用したものである
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