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学術・研究

歯科2015.05.10 講演

歯科定例研究会より 抜歯と合併症

尼崎中央病院 歯科口腔外科部長  佐々木 昇先生講演

 抜歯とひとくちに言っても、指でも抜けるような容易なものから1時間以上もの格闘を要するような困難なものまで、難易度はさまざまである。したがって抜歯を始める前に、レントゲンや口腔内所見にもとづいて難易度を正確に判定する「眼」が必要である。

へーベルと鉗子
 抜歯に使う器具は言うまでもなくヘーベルと鉗子だが、鉗子で抜歯できる症例は鉗子を使い、ヘーベルは鉗子で抜歯できない症例に用いるのが原則である。水平埋伏はもちろん歯根の肥大や湾曲、開大、骨癒着のある難症例は、適切に分割を行うことで容易に抜歯できるようになる。このような症例はヘーベルの適応になるが、ヘーベルをどこにかけるか、それによって歯はどのように動くか、どこが脱臼の抵抗になっているか、を考えれば、おのずと分割の方法は見えてくるものである。下顎埋伏智歯といえば近心を分割除去するものと思い込んでいる人がいるが、そうではない。遠心を分割除去すべきケースもあることを知るべきである。またヘーベルは主として軸回転運動により歯根膜腔を拡大させて抜歯するものであり、単純なテコ運動を多用してはいけない。
 鉗子を使う場合、振り子運動を行う歯科医師が多いが、単純な振り子運動だけでは効率はよくない。手首をやわらかく使って、回転やひねりを加えることによって抜歯は容易になることが多い。一般に柱状根の場合は回転運動、板状根の場合は振り子運動を主体として脱臼を図るが、板状根でもわずかに回転運動を加えることで脱臼は容易になる。このとき鉗子が歯頸部にぴったりと適合していることが重要である。歯冠をしっかり把持して初めて振り子運動も回転運動も的確に行うことが可能になる。また歯をしっかり把持していなければ歯を誤飲・誤嚥させる危険もある。抜歯時にインレーや冠が脱離することも珍しくないので、これらの誤飲・誤嚥にも注意しなければならない。
難抜歯への対応
 難抜歯の代表として下顎水平埋伏智歯を挙げる歯科医が多いが、勘どころを押さえれば決して難しいものではない。それよりもむしろ深い上顎埋伏智歯や智歯以外の残根の抜歯で難渋することが多い。また真っ直ぐ、あるいは遠心に傾斜した下顎埋伏智歯も要注意である。「水平でないから」と甘く見て手を出し、抜歯できずに紹介されてくる症例にしばしば遭遇する。このような歯をどのように抜歯するかはケース・バイ・ケースで、一律に論じることはできないが、歯の分割や骨の削除を要することが多い。ただし私の経験では、上顎の埋伏智歯で歯の分割を行うのは非常に困難で、仮に分割がうまくいっても、ヘーベルのかけどころがなくなってかえって難しくなることもある。こういう場合は骨削除を優先させたほうがよい。
 下顎水平埋伏智歯の抜歯で重要なのは分割の方向である。ヘーベルの使い方、ヘーベルをかけたときの歯の動く方向、舌側皮質骨の保存、などをじっくり考えれば、分割方法はおのずと決まってくる。また粘膜骨膜の切開・剥離をきちんと行うこと、基本に忠実に各ステップを確実にこなしていくこと、ひとつのステップができていないのに急いで次のステップに進まないこと、などが重要である。
 抜歯にあたっては、左手の有効活用も心がけるとよい。左側の歯を右手で抜歯しようとすると、自分の腕が術野をクロスすることになって術野の確保が妨げられる。もし左手でヘーベルや鉗子を自在に操ることができれば、術野は格段によくなり抜歯も容易となる。筆者は左側の歯は左手で抜歯するようにしている。「左手なんてとんでもない」とお思いの方もおられようが、要は慣れだけである。簡単な症例から少しずつ練習していけば、そんなに難しいものではない。
上顎洞穿孔等について
 抜歯に伴う下歯槽神経麻痺および上顎洞穿孔は、どんなに注意していても起こるときには起こるものである。これらは歯と下歯槽神経・上顎洞との位置関係によって生じるものなので、暴力的な抜歯をしない限り歯科医の責任ではない。トラブルを回避するためには、術前にリスクについて十分説明して理解させ、発生したときには速やかに然るべき医療機関へ紹介するしかない。
 上顎洞への穿孔は、径が小さければ自然に閉鎖することが多い。目で見てはっきりと穴が見える場合は閉鎖術を行ったほうがよい。口蓋粘膜を使う方法もあるが、一般には頬側粘膜骨膜弁を用いる方法のほうが容易である。粘膜骨膜弁を作製し、その基底部で骨膜のみを切ることにより弁を伸展させることができる。
 穿孔部の頬舌径が大きい場合には、それだけ大きく弁を移動する必要が出てくる。適切に減張切開を行うことでかなりの移動距離を得ることができるが、あまりに大きく移動させると口腔前庭(齦頬移行部)が狭く浅くなり、補綴を行う上で不利になる。このような場合はレジンシーネで穿孔部を塞いで時間を稼ぎ、穿孔部が十分に縮小してから粘膜骨膜弁で最終閉鎖を行うのも一法であろう。
 減張切開の技術を用いれば、抜歯窩を閉鎖創とするのは容易である。そうすれば抜歯後早期に補綴へ移行することができる。特に嚢胞を摘出したような場合に活用するとよい。ただし下顎臼歯部に応用するときには、減張切開でオトガイ神経を損傷しないよう注意が必要である。
抜歯後出血と患者の服用薬剤
 近年、抜歯に伴うトラブルとして抜歯後出血が増えている印象がある。心房細動や脳梗塞に対してNOACと総称される抗凝固剤が処方される症例が増加しており、これは従来のワーファリンよりも抗凝固作用が強いため、時として止血困難に陥ることがある。現在わが国で保険適用になっているNOACにはプラザキサ、エリキュース、イグザレルト、リクシアナ(いずれも商品名)の4剤がある。ワーファリンや抗血小板剤を処方されている場合は抜歯後の止血に難渋する症例はほとんどないが、NOACは止血が非常に困難なことがあるので、臨床歯科医は患者の服用薬剤を詳細にチェックすべきである。当然のことではあるが、改めて注意を喚起したい。
 ちなみに当院では、抜歯後出血として紹介されてくる症例のほとんどが「不良肉芽の取り残し」によるものである。このようなケースでは掻把と圧迫だけで止血できる。抗凝固剤や抗血小板剤を投与されている症例では、出血を恐れるあまり不良肉芽の掻把を適当に済ませてしまう(あるいは全く掻把しない)傾向があるようである。しかし、それはかえって術後出血の原因になる。したがってこういうケースほど徹底的に不良肉芽を掻把するよう心がけるべきである。圧迫以外の止血法、たとえば止血鉗子の使い方や縫合法、電気メスの活用、各種止血剤(材)の特徴をマスターしておくのは言うまでもない。
(5月10日講演、見出しは編集部)
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