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学術・研究

歯科2015.05.15 講演

歯科定例研究会より 『科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2015年改訂版』の読み解き方

獨協医科大学医学部口腔外科学講座 主任教授  川又  均先生講演

2010年版旧ガイドラインについて
 2010年10月に(一社)日本有病者歯科医療学会を中心として(公社)日本口腔外科学会、(一社)日本老年歯科医学会と合同で「科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2010年版」が上梓された。このガイドラインは多くの医療従事者に活用され、日本医療機能評価機構のEBM医療情報事業(Medical Information Network Distribution Service:Minds)のWebsiteに2013年9月から掲載されると、掲載直後は2000アクセス/週で見られていた。この2010年版の旧ガイドラインでは、ワルファリンのような抗凝固薬やアスピリンなどの抗血小板薬で抗血栓療法を受けている患者の抜歯に際し、抗血栓治療を中断すると、致死的な血栓塞栓性疾患が高い確率で引き起こされることを示している。さらに、原疾患がコントロールされており、抗血栓療法が適切に施行されている患者においては、抗血栓療法継続下に抜歯を行っても、重篤な出血性合併症は起こらない、と推奨を行っている。ただし、患者のその他の出血性リスクは十分に配慮し、適切な止血操作が必要であるとも、記載されている。ワルファリンによる抗凝固療法を受けている日本人患者においては、そのコントロールがPT-INRで3.0を超えなければ、適切な止血処置により止血は可能である、と推奨されている。さらに、上記以外にも多くの臨床課題(Clinical Question:CQ)に対して、合計23の推奨を行っている。
ガイドライン改訂の必要性
 しかしながら、2010年版のガイドラインも作成後5年が過ぎようとしており、その間、多くの新しいデータが出される一方、新規抗凝固薬(直接トロンビン阻害薬:ダビガトラン、第Ⅹa因子阻害薬:リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)が販売された。また、2010年版のガイドラインでは抗血小板薬に関してはアスピリン、塩酸チクロビジンに関する記述がほとんどであり、それ以外の多くの新規抗血小板薬については言及していない。さらに、ガイドラインの作成方法も多くの方法が発表され、Mindsは国際的に多く採用されているGRADEシステムを検討しつつ、わが国の医療にとって最も適切な診療ガイドラインのあり方とその作成方法を提案している。このような背景において、(一社)日本有病者歯科医療学会主導で本ガイドラインの改訂を行うこととなった。
ガイドライン改訂の体裁、改訂作業
 改訂は最新のMindsの手法(2014年版)に則って行った。各委員はMindsの主催するセミナーやワークショップに参加し、最新のガイドライン作成技法を勉強しつつ改訂作業を進めた。新規CQ案の提示、パブリックコメントの収集、新規CQの最終決定、参考文献の収集、一次選別、二次選別、構造化抄録を作成した。当初、すべてのCQに対して、最新のMinds2014システムで改訂を行うべく準備を始めた。しかしながら旧Mindsシステム(Minds2007システム)からの変更点が、参考文献をすべてシステマティックレビュー(SR)して、エビデンス総体を作り、それに基づいた推奨をする、ということであった。これは旧CQに対する164の参考文献、さらに最近5年間に出された57の論文すべてを読みなおし、それぞれのCQに対して組み合わせてSRを行うという作業が必要になってくる。
 今回の改訂の主たる目的は、新規経口抗凝固薬(直接トロンビン阻害薬:ダビガトラン、第Ⅹa因子阻害薬:リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)服用患者の抜歯をいかに安全に行うかの新たな推奨を書くことである。したがって、旧CQの改訂作業に多くの時間を割かれるのは本来の目的から離れてしまうとの判断で、旧CQに関する改訂はMinds2007システムで5年間の新たな情報を盛り込むに留めることとした。
2015年改訂版ガイドラインの特徴

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図 2015年改訂版ガイドライン

 2015年改訂版ガイドラインは、3部で構成されている(図)。第1部は、本ガイドラインで用いている用語の解説、ワルファリンの作用と遺伝子多型、人種差に関する解説、抗血栓療法の変遷に関する解説を行った。第2部は、新規経口抗凝固薬服用患者あるいはアスピリン、塩酸チクロビジンに加え、それ以外の抗血小板薬の服用患者、さらに複数の抗血栓治療薬を服用している患者の抜歯をいかに安全に行うかという新規CQに対し、2014年Mindsシステムで推奨・解説を行った。第3部は、2007年Mindsシステムで作成された旧CQとその推奨・解説を旧システムで改訂した。
 第2部の内容の一部を抜粋して要約すると、「新規経口抗凝固薬服用患者で、原疾患が安定し、至適量が投与されている患者では、新規経口抗凝固薬を継続投与のまま抜歯を行っても、適切な局所止血を行えば重篤な出血性合併症を発症する危険性は少ないとされている(エビデンスレベルC)。ただし、科学的根拠を示す報告は少なく、今後のデータの蓄積が必要である」。本ガイドラインを読む場合は、この推奨の部分だけではなく、なぜこのような推奨を行ったかを詳細に記述している解説文をぜひ読んでいただきたい。なお、第3部(旧CQに対する推奨)は、基本的に旧ガイドラインから変更はなく、新規の論文を追加し、それに応じて記述の変更を行った。
2015年改訂版ガイドラインの評価
 委員一同、本改訂ガイドラインが完成されたものであるとの認識は持っていない。現時点で、最良と思われる論文を集めて、可能な限り客観的に推奨、解説を書いたつもりである。なお、改訂ガイドラインは外部評価委員(抗血栓療法に造詣の深い循環器専門医、脳卒中専門医、口腔外科に関連のある弁護士)の査読(いわゆるAGREEⅡ評価)を受け、高い評価を得た。今後も、多くの読者から建設的なご批判をいただき、次回改訂の参考にしたいと思っている。
 本ガイドラインの改訂は医療従事者のみならず、多くの患者様が待ち望んでおり、時を得た発表をせねばならないと肝に銘じて委員一同がんばってきた。なんとか発表にこぎつけたとはいえ、新規経口抗凝固薬服用患者の抜歯に関しての論文は、ほとんどが私見に基づいた総説であり、いわゆるMinds方式によるシステマティックレビューに値する論文が存在しなかった。次回の改訂時には、これらのCQに対してもエビデンスの高い論文が出ていることが期待できるので、もっと強い推奨をご提示できると期待している。
最後に
 『まず、抗血栓薬の一般名と共に商品名(ワーファリン®、プラザキサ®、イグザレルト®、エリキュース®、リクシアナ®、バイアスピリン®、パナルジン®、プラビックス®など)を認識する。抗血栓療法を受けている患者の抜歯に際し、歯科医にとって最も重要なことは、原疾患の状態が安定しているかを把握することである(血が止まらないことを心配することではない)。凝固機能に関する臨床検査値を知ると同時に、原疾患の状態を医科主治医に確認しておく必要がある。また、抗血栓療法患者の抜歯に際して、抜歯による重篤な出血性合併症は起こらないが、健常人に比べて、止血困難であることは当たり前のことであり、十分な止血操作ができれば局所止血が可能であるということを歯科医は肝に銘じておかないといけない。』(2015年改訂版ガイドラインより)
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