兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

歯科2016.08.07 講演

歯科定例研究会より
摂食嚥下障害の評価と訓練の実際(下)

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 
老化制御学系口腔老化制御学講座高齢歯科学分野准教授 戸原  玄先生講演

(前号からのつづき)
2.摂食・嚥下機能の評価
(2)不顕性誤嚥のスクリーニングテスト
 刺激物をネブライザより噴霧して経口的に吸入させ、咳反射を誘発させる方法をテストに利用したものである(図3)。このテストは誤嚥の有無ではなく不顕性誤嚥の存在を評価していることに注意して使用する。不顕性誤嚥検出の感度および特異度は高く12)、脳血管障害、頭頸部腫瘍、神経筋疾患、呼吸器疾患など嚥下障害の主たる疾患別にテストを用いた場合にも有用13)、30秒以内に1回咳が出た場合を咳反射が誘発されたとする簡易な判定方法でも感度および特異度は低下しない14)、さまざまな濃度を用いた場合にも1.0%濃度のクエン酸溶液が有用15)、メッシュ式の小型ネブライザ(図3)を用いても不顕性誤嚥検出に有用なテストが可能16)であることなどが報告されている。
(3)嚥下内視鏡検査(VE:Videoscopic evaluation of swallowing)
 VEは経鼻的に内視鏡を挿入して咽頭部を観察したまま食物を摂取させる検査方法である。誤嚥や不顕性誤嚥の有無、嚥下後の咽頭残留の状態や位置を確認し、さらにはそれらのような異常所見を減らす方法や、適応となる訓練方法を考えるためのもので、ベッドサイドに持ち込んで検査を行うことも可能である(図4左)。
 近年では訪問診療の必要性の高さから、小型化、携帯化についてのさまざまな改良がなされ、エアスコープ(株式会社リブド)を用いて、ワイヤレスでiPad(アップル社製)を用いたVEも可能となった(図4中央)。画質はやや落ちるものの、セッティングの簡便さや得られた動画の管理のしやすさなどの利便性は著しく高い。また、在宅や施設などで検査を行う場合には関連職種の同席のもとで行うことで、得られた検査結果から適応と判断される訓練などをその場で指導するのが望ましい(図4右)。要介護者、高齢者に対する医療を考える場合に不可欠なキーワードである他職種、多職種連携の肝は、相手が必要な専門的な情報を分かりやすく共有できる"場"を提供することにあるだろう。
3.開口に関する研究
 われわれは"噛む"ことだけではなく"口を開けること"に着目した。嚥下時には舌骨上筋の働きにより喉頭が挙上するが、同筋は開口筋でもある。実際の嚥下障害患者に対して最大開口位まで開口させた状態で10秒間保持するのを1回として、5回1セットで1日2セットの開口訓練を毎日行わせたところ、1カ月後に舌骨上方移動量、食塊の咽頭通過時間および食道入口部開大量に有意な改善が認められた17)。訓練メニューが簡便であるために、専門職種以外でも行いやすい訓練である。ただし、顎関節症の患者や、習慣性に顎関節が脱臼している患者には適用を控えた方がよい。
 さらに開口力測定器を作成し健常者の開口力を測定した。その結果、男性の開口力は約10㎏、女性は約6㎏であり、男性の筋力が有意に高いが年齢と開口力との相関は認められないこと、健常であれば60歳代までは開口力が低下しないことが分かった18)。引き続き関連する研究を行っているため今後報告したい。
4.胃瘻に関する調査結果
 最後に、平成23年度から行われている胃痩に関する調査の結果をいくつか報告したい7)。
 胃瘻をもって生活している患者をリハビリテーションの場面に乗せるための機会が必要であるために、必ず必要となる胃瘻交換の場面において前号記のMWSTとFTによるスクリーニングテストを行った結果を示す(図9)。その結果、少なくとも1割から2割の患者に誤嚥が認められない、つまり経口摂取復帰への可能性があることが分かった。
 次いで在宅や施設に入居している胃痩患者に対して、実際にVEを行った結果を示す(図10)。PAS(Penetration Aspiration Scale)は誤嚥のスケールで、1が誤嚥なし、6から8が誤嚥ありを示すものである19)。良かったものとの記載は、検査中に最も良好であった嚥下の状態を示したという意味である。その結果、約8割の患者に対して誤嚥せずに飲み込む方法を探すことが可能であり、同様に嚥下後の咽頭残留も6割の患者が避けることができた。
5.まとめ
 摂食・嚥下障害への対応に必要な評価、訓練、および胃瘻に関する現状などについて紹介した。今後数十年間、日本の超高齢社会は引き続く。可能性のある患者をリハビリテーションの場面にのせて、訪問診療の場面でも専門性の高い対応が行えるようにすることが重要である。(8月7日講演)

参考文献

12)Wakasugi Y, Tohara H, Hattori F, Motohashi Y, Nakane A, Goto S, Ouchi Y, Mikushi S, Takeuchi S, Uematsu H: Screening Test for Silent Aspiration at the Bedside. Dysphagia 23(4), 364-370 (2008)
13)若杉葉子,戸原玄,中根綾子,後藤志乃,大内ゆかり,三串伸哉,竹内周平,高島真穂,津島千明,千葉由美,植松宏:不顕性誤嚥のスクリーニング検査における咳テストの有用性に関する検討.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌12(2), 109-117(2008)
14)鈴木瑠璃子:摂食・嚥下障害患者の咳閾値と咳テストのクエン酸至適濃度の研究.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌16(1), 13-19(2012)
15)Sato M, Tohara H, Iida T, Wada S, Inoue M, Ueda K: A Simplified Cough Test for Screening Silent Aspiration. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 93, 1982-1986 (2012)
16)Wakasugi Y, Tohara H, Nakane A, Murata S, Mikushi S, Susa C, Takashima M, Umeda Y, Suzuki R, Uematsu H: Usefulness of a handheld nebulizer in cough test to screen for silent aspiration. Odontology (2012) in press
17)Wada S, Tohara H, Iida T, Inoue M, Sato M, Ueda K: Jaw Opening Exercise for Insufficient Opening of Upper Esophageal Sphincter. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 93, 1995-1999 (2012)
18)戸原玄,和田聡子,三瓶龍一,井上統温,佐藤光保,飯田貴俊,鰕原賀子,岡田猛司,島野嵩也,石山寿子,中川量晴,植田耕一郎:簡易な開口力測定器の開発−第1報:健常者の開口力,握力および年齢との比較−.老年歯科医学雑誌26(2), 78-84(2011)
19)Rosenbek JC, Robbins JA, Roecker EB, Coyle JL, Wood JL: A penetration-aspiration scale. Dysphagia 11(2), 93-98 (1996)

図3 咳テスト
1830_01.jpg
図4 嚥下内視鏡検査
1830_02.jpg
図5 舌が萎縮した症例に対して適用した舌接触補助床
1830_03.jpg
図6 軟口蓋挙上不全例に対して適用した軟口蓋挙上装置
1830_04.jpg
図7 開口訓練
1830_05.jpg
図8 開口力測定器
1830_06.jpg
図9 胃瘻交換時のスクリーニングテストの結果
1830_07.jpg
図10 施設もしくは在宅療養中の胃痩患者に対するVEの結果
1830_08.jpg
※学術・研究内検索です。
医科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(歯科)
2017年・研究会一覧PDF(歯科)
2016年・研究会一覧PDF(歯科)
2015年・研究会一覧PDF(歯科)
2014年・研究会一覧PDF(歯科)
2013年・研究会一覧PDF(歯科)
2012年・研究会一覧PDF(歯科)
2011年・研究会一覧PDF(歯科)
2010年・研究会一覧PDF(歯科)
2009年・研究会一覧PDF(歯科)