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学術・研究

歯科2018.04.29 講演

歯科定例研究会より
習慣性咀嚼側に生じる咬合性外傷(2018年4月29日)

神奈川県川崎市・内田歯科医院 院長  内田 剛也先生講演

はじめに
 利き手、利き足、利き眼、利き耳などの側性と同様に、咀嚼においても側性があり、習慣性咀嚼側(噛み癖のある側)と表現されており、健常有歯顎者では、多くの場合、大きな影響を与えることなく存在しています1)。しかし咀嚼の偏りが顎関節症2)に関連する報告もあり、偏りの程度によっては顎口腔系に大きな影響を与える場合もあります。
 片側性関節円板前方転位している症例では、転位側が習慣性咀嚼側となり、硬い食品を咀嚼する際にはその傾向が強くなることが皆木ら3)により報告されています。
 この関節円板前方転位側は、顎関節症で最もよく見られる病態であり、顎関節症患者の約60〜70%に認められます。転位側での作業側側方運動時に顆頭の運動範囲が増加することから4)、転位側の歯や歯周組織に過大な力が加わることが考えられます。
 顎関節症と咬合性外傷との関連性を研究した荒木ら5)の報告では、顎関節痛障害(Ⅱ型)と顎関節円板障害(Ⅲ型)で、顎関節の患側と同側での咬合性外傷の存在に相関性を報告しています。
受圧サイドの支持力の向上から荷重負担の制御
 中等度以上に進行した歯周炎では歯周組織の支持能力が低下するため、2次性咬合性外傷を生じます。このため外傷性咬合のコントロールがプラークコントロールと同様に重要となります。
 これまで咬合性外傷のコントロールは、力を受け止める側(受圧サイド)の支持力の向上を目的として、病的移動した歯の歯軸やトゥースポジションの改善、広範囲な連結固定や、残存歯の保護の観点から可撤性部分床義歯やインプラント補綴による欠損補綴が行われてきました。
 しかし最近では、加わる外傷的な咬合力(荷重負担)のコントロールを目的とした認知行動療法や覚醒時ブラキシズム、日常の習慣(態癖)などにも注目が払われてきています。
習慣性咀嚼側と顎関節円板転位側
 片側性の関節円板転位側と習慣性咀嚼側には一致性があると報告されています3)。著者もこれまで、習慣性咀嚼側(噛み癖のある側)では外傷的咬合による知覚過敏症や咬合痛、歯の異常な咬耗、歯髄の失活、度重なる補綴装置の破損や脱離、進行した歯槽骨吸収や歯の病的移動を認める症例を多く経験してきました。長期的に歯周組織を安定させ、機能を維持するためには、歯周組織に炎症や咬合性外傷を誘発しないように配慮することが重要です。
 関節円板転位を伴う症例では「受圧サイドの支持力の向上を目的とした歯列保全のための口腔機能回復治療」に加え、「外傷性咬合力(荷重負担)の制御を目的とする顎位の是正(顎関節治療)や認知行動療法」を、メインテナンスやSPTを考慮して治療計画に取り入れていく必要があると感じています6)
咬合と顎関節症
 現在「咬合は顎関節症の原因としての関連性が少ないという見解」が一般的となっています。しかし、顎関節治療と咬合を切り離すことができるかというと不可能であり、顎関節症状発現と同時に咬合の不調和が生じ、非生理的咬合となります7)
 関節円板転位で経過の短い症例では保存的治療により生理的咬合を回復できる症例も少なくはありません。しかし転位後の経過が長い症例(顎関節に生じた異常症状に自覚のないまま経過したと思われる症例)では、習慣性咀嚼側で歯や歯周組織がダメージを受けて、進行した咬耗や歯冠破折、垂直性骨吸収や歯の病的移動などにより咬合高径の低下を生じている場合が少なくありません。
 顎関節の保存的治療により顎位の改善が得られた結果、下顎は前下方に移動し、臼歯部では咬合接触が失われ咬合の不調和が生じることになります。そのような症例では、咀嚼機能改善のために治療介入により治療的咬合を獲得する必要性があります(図1,2)。
顎関節円板転位とブラキシズムによるさまざまな咬合性外傷
 著者が歯科医師になった30年前に比べ、プラークコントロールの不良によるう蝕は激減しましたが、咬合由来(マイクロクラック)のう蝕が増加してきていると感じています。
 例えば「ちゃんと歯ブラシしているのに虫歯になった」と不平をもらされる患者さんの首の状態を拝見するとストレートネックとなっていることが多いと感じています。ストレートネックとなっている患者さんでは下顎が後退位をとります。この状況にブラキシズムが加わると、7番(あるいは歯列の最後方歯)に荷重負担となり、歯は圧下されてフェストゥーンやプロービング時の出血、歯の破折を認めることも少なくありません。
 PCやタブレットの普及が進み、ストレートネックの患者さんの数は増加していると考えられます。歯ブラシだけではう蝕の予防ができない場合もあることを含め、歯や歯周組織へのダメージを与える外傷性咬合の存在を、患者さんに啓蒙していく必要が出てきています。
 顎関節円板転位のある症例では転位側での習慣咀嚼とブラキシズムにより、咬耗が進行して側方運動のガイドがグループファンクションとなっている場合も少なくありません。
 そのような症例では、軽く噛み合わせて側方運動した時の作業側顆頭の移動量は0.3〜1.2㎜なのに対して、最大に噛みしめた時の移動量はその2〜3倍に増大します。このため軽く噛み合わせて側方運動した時に作業側で犬歯から第2大臼歯まで均等にガイドしているグループファンクションでは、睡眠時のパラファンクションでグラインディングを行うと、顎関節に近接する後方歯ほど著しくジグリングが起こります。このため第2大臼歯に荷重負担が生じます8)(図3)。
 この際、下顎の頬側咬頭は機能咬頭であり加わった力を支持組織の比較的広い範囲に分散でき歯冠破折や歯周組織破壊までは至りませんが、上顎では非機能咬頭である頬側では、力が頬側に集中し冷水痛や咬合痛、動揺、歯周組織が健常であれば歯根破折を生じることになります。
まとめ
 習慣性咀嚼側(噛み癖のある側)では、知覚過敏症、歯の失活、歯の破折以外にも、歯内療法や歯周治療に対する組織の改善が思わしくないなどの影響を認めることが少なくありません。このためメインテナンス時には、プラークコントロールだけではなく、顎関節と下顎位の安定にも配慮し、患者さんにも生活習慣での姿勢が下顎位に大きく影響することを認識してもらうことは、プラークコントロールと同様に大切なことだと思います。
(追記)
 本内容をより良く理解していただくために「小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療:デンタルダイヤモンド社」と「日本臨床歯科補綴学会の基本8カ月コース」を推薦致します。
(4月29日、歯科定例研究会より)

参考文献
1)佐々木真、吉川建美、細井紀雄。習慣性咀嚼側に関する検討−健常有歯顎者について−。日咀嚼誌、12:43-48, 2002.
2)檜山成寿、今村尚子、小野卓史、石渡靖夫、黒田敬之。習慣性咀嚼側の発現と咬合因子。顎機能誌、6:1-10, 1999.
3)Ratnasari A, Hasegawa K, Oki K, Kawakami S, Yanagi Y, Asaumi JI, Minagi S. Manifestation of preferred chewing side for hard food on TMJ disc displacement side. J Oral Rehabil, 38:7-12, 2011.
4)大沼智之、森田修己。正常者と関節円板前方転位復位型患者における側方滑走運動時の作業側顆頭の運動解析。補綴誌、44:808-813, 2000.
5)荒木久生、宮田 隆、申 基迵、元村洋一、小林之直、池田克己ほか。歯周疾患といわゆる顎関節症が併発した症例についての臨床的検討。日歯周誌、37:158-168, 1995.
6)内田剛也、松島友二、長野孝俊、五味一博。顎関節症状を有する重度慢性歯周炎患者への包括的治療の1症例。日歯保存誌、61(1)48-57, 2018.
7)小宮山道。顎関節症に関するドグマ−顎関節症の治療における補綴歯科治療の役割は何か−。補綴誌、3:329-335, 2011.
8)小出 馨。小出馨の臨床が楽しくなる咬合治療 クラウン・ブリッジ(有歯顎)の咬合ポイント(1)。第1版、デンタルダイヤモンド社、東京、2014, 58-65.

図1 関節円板前方転位症例では顎位是正により下顎は前下方に移動し、患側臼歯には咬合間隙が生じる
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図2 顎位是正後に生じる臼歯部咬合間隙を補綴で対応
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図3 グループファンクションの最後臼歯の受ける負担過重
1880_04.jpg
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